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シナちゃんの音  作者: 茶内
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5話 山北琴子の正体

 弁当を食べながらテレビを観ている時だった。


 スマートフォンがメールの通知を知らせてきた。


 明日の現場の場所がまだ知らされていなかったので、その連絡かと思って見てみると、山北さんからだった。心臓が跳ね上がった。


【昨日はありがとうございました。それで急なんですけど、今日も坂間さんのうちに行ってもよろしいでしょうか。例の音でいくつか分かったことがあるのです】


 わざわざ俺のために調べてくれたのか?それにしても昨日の今日で何が分かったというのか。とにかく、彼女がうちに来てくれるのならなんでもいい。


【了解です。お酒の準備をして待ってます】と返信した。



 ※ ※ ※



 一時間ほどしてから、呼び鈴が鳴った。鍵を開けるとスーツ姿の山北さんがコンビニ袋を持って立っていた。


「昨日の今日ですみません」


 スーツ姿の山北さんは一段と凛々しかった。



 ※ ※ ※ 



 山北さんは祖父の霊前に手を合わせてからちゃぶ台の前に腰を下ろした。


 横に置いていたコンビニ袋に手を入れて、中からスルメとサラミ、それと缶ビールを四本取り出した。缶ビールの一本を取ってプルトップを開けると、先に良治の前に置き、その後に自分の分を開けた。


「それでは、今日もお疲れさまでした」


 言いながら山北さんは自分のビールを掲げた。良治も同じようにして軽く合わせた。


 山北さんは一口飲んでから缶を置き、スルメの袋を開けた。その様子を見ながら良治は本題に入った。


「それで、例の音、何が分かったんですか?」


「さっそくですね」


 山北さんは苦笑いを浮かべながらサラミの袋を開けると、顔を上げて良治と目を合わせた。


「坂間さん、シナちゃんて聞いたことありますか?」


「シナちゃん?・・・いや、聞いたことないな」


 そうですか、と山北さんは頷いて話を続ける。


「シナちゃんは前にこの町内に住んでいた里藤りとうさんというお宅の娘さんです。彼女は今から十年前、七歳の時に行方不明になっています」


良治は相づちも打たずに山北さんの話を聞いている。


「あの音が聞こえる人達は、それを【シナちゃんの音】と呼んでいて、それを恐がってる人は一人もいません」


 山北さんの断定したような物言いに不満を覚えた。


「待ってください、あの音が聞こえてる人がこの町に何人いるかも分からないのに、なんでそんなことが言えるんですか。現に俺は気味が悪いと思ってますよ?」


 山北さんは良治の異論に特に反応を見せずに、ゆっくりとした所作でビールを一口飲んだ。


 昨日と雰囲気が違う。


「あの音がいつから始まったのかは分かりませんが、アレは、誰かが危機に瀕している時に聞こえるようなんです。」


「危機?」良治が聞き返すとハイ、と山北さんは真顔で頷いた。


「危機と言っても内容はピンキリです。ボヤを知らせたり、パチンコの駐車場で車の中に放置されている赤ちゃんがいることを知らせたり、自転車で転んで動けなくなっている老人のことを知らせたり・・・」


「ちょっと待ってください」良治が話を遮った。「どうやって知らせるんですか」


「現場の近くから音が聞こえるそうです。音の方に向かえば困ってる人を発見できるようで」


「・・・バカバカしい。あなたはそんな話を信じるんですか?そもそも、その音とシナちゃんがどう関係があるんですか」


「その音は、言葉として認識できるそうなんです。音がシナと名乗ったと・・・」


「いい加減してください!」良治は反射的に怒鳴った。


「いつまでそんなオカルト話を続ける気ですか!そもそも、いったい誰からそんなホラ話を聞いたんですか!」


 山北さんは声を荒げた良治をしばらく黙って見つめていたが、ふう、と小さく息を吐いた。


「警察官から聞きました。なので嘘ではないと思われます」


 あいつか。三日前に会った老警官の姿を思い出した。夜だったので顔はちゃんとは覚えていないけど、話していた内容は覚えている。


『別に私たちに害を及ぼすわけでもないし、いや、むしろ恩恵に預かることの方が多いくらいなんですわ』


―――本当の話なのか?


「どうかしましたか?」

 山北さんの声で意識が現実に引き戻された。


「いや、別に、なんでもない」


「もうこの話はもうやめますか?」


「別に、大丈夫だけど・・・」


「いえ、気分を変えるためにも昔の話をしましょう」


 山北さんは提案するように言ったが、その声には有無を言わさぬ強引さがあった。


「昔の話・・・?」


「坂間さんは十年前ここに住んでいた時、三橋さんの仕事を手伝っていたんですよね?」


「なんでそんなことを知っている?」


「昨日、話してくれたじゃないですか」山北さんは笑いながら言った。


「そうだっけか・・・」全然覚えていない。


「下水道の調査をしてたんでしたよね?」


「うん・・・」ただの会話なのに、背中を汗が伝った。嫌な予感しかしない。


「私、マンホールの開け閉めってどうやってするのか全然知らなくて、初めて見たのは社会人になってからでした」


「それがなんだって言うんだっ」


 また声を荒げてしまったが、山北さんは気にする様子もなく喋り続ける。


「マンホールの蓋の開閉には十字という工具を使うんですね。十字架の形をした鉄なんで、見たままのネーミングですね。そして蓋は閉めたら最後に、しっかりはめ込むためにこの十字の先端で突くようにして何回か叩くんですね。けっこう大きな音でビックリしたんです」


 山北さんは喋りながらスマートフォンを取り出して操作し始めた。


「その様子を動画に撮らせてもらったんです。坂間さんは見るまでもないですよね。ただ、念の為に確認して欲しいのです。叩いている音を」


 山北さんがスマートフォンの画面に軽く触れると、カァンカァンと聞こえ始めた。


「十字でマンホールを叩く音です。【打音】ていうんですってね」


 良治は下を向いた。もう何も答えるつもりはない。いったい何なんだ、この女は。


 山北さんは良治の顔を覗き込むように見つめて「坂間さん」と呼びかけた。


「この音ですよね?坂間さんがこの町に来てからずっと聞こえてるのって」


 なんと答えればいいのか分からず、持っているビールに口をつけた。すっかりぬるくなっていたが、いくらか気持ちが落ち着いた。


 良治は山北さんを睨みつけた。


「山北さん、あんたさっきからなにが言いたいんだよ?」


 低い声を出したつもりだけどちゃんと言えただろうか。山北さんに動じた様子はない。平然とした表情で良治を眺めながら手にしている缶酎ハイを一口あおった。


「坂間さん、本当はシナちゃんのこと、知ってましたよね?どうしてさっき知らないふりをしたんですか?」


「何を言って・・・」


「この家の向かいに住んでる菅池さんに確認を取りました。三日前に坂間さんと話した時にシナちゃんの名前を伝えたと言ってましたよ」


 良治の言葉を遮るように、山北さんは一息に言った。敬語を使っているが、良治を追い詰めるよう口調だった。。 


 良治は自分の喉がカラカラに渇いていることに気づき、慌ててビールを流し込んだ。喉を通っていくぬるい液体に、もう自分を酔わす力はなかった。


「確かに菅池さんとは話したけど、シナちゃんなんて名前聞いてないな。あの爺さん、ボケが始まってるんじゃないか」


「それなら別の根拠を説明します。実はね、もう分かってるんですよ」


「分かってる?」


 ええ、と山北さんがゆっくりと頷いた。余裕たっぷりの仕草だ。しかしその表情には、良治の表情のわずかな変化も見逃さないという強固な意志を感じさせた。


「打音が聞こえる人と聞こえない人の違いです」


「な、なんだよ、分かってるならさっさと教えてくれよ」


 もう喉が渇いてきた。いったい何だというんだ。


「違いは、【実際にシナちゃんと会ったことがあったかどうか】です。打音が聞こえるのは、シナちゃんと会ったことがある人だけなんです」


「バカ言うんじゃない!俺はそんなヤツに会ったことはない!」


 飲んでいたビールの缶をちゃぶ台に叩きつけた。山北さんは相変わらず平然としている。


「さっきも言いましたけど、あなたが以前ここに住んでいたのが十年前で、シナちゃんが行方不明になったのも十年前。本当に彼女と会った記憶はありませんか?」


「うるさい!帰れ!!いつまでそんな与太話を聞かされなきゃいけないんだ!バカバカしい!」


 何度目かの良治の怒鳴り声に対して、山北さんは気圧された風でもなくゆっくりと立ち上がった。しかし玄関には向かおうとせずに良治を見下ろしている。


「なんだよ、さっさと帰れよ!」


「いま私がした話、本当に与太話だと思ってますか?」


「ああ?」良治がすごんだ。やはり山北さんは動じる様子を見せずに、スーツの内側に手を入れると、白いカード状のものを良治に差し出した。名刺のようだ。


 良治がそれを受け取って確認した瞬間、心臓が跳ね上がった。


【神奈川県警 刑事部 捜査第一課 山北琴子】


「本当は警察バッチを見せるのがセオリーなんだろうけど、あいにく今は職務時間外なので」


 名刺を持つ手が震えた。呼吸が浅くなり、全身から汗が噴き出した。


「あんた、警察だったのか・・・?」


 はい、と山北は頷いた。


「里藤詩奈ちゃんは十年前、行方不明になる一週間ほど前からマンホールをトンカチで叩く遊びをしていたそうです。そして十二月四日に行方が分からなくなったのですが、あなたはその翌日、十二月五日にこの家から出ていきましたね。これはただの偶然でしょうか」


「・・・・・・」


 もう何も答えることが出来なくなった。山北さんそんな良治の様子を見つめながら「明日は」と切り出した。


「私は朝九時には署にいます。話を聞かせてもらいたいのでご自分の意志で来てください。その方が罪も軽くなると思います」


 そういって締めると山北さんは玄関の方に姿を消し、直後に扉の閉める音が聞こえた。


 室内に静寂が戻った。


 良治は山北の名刺をしばらく眺めた後に、それを破り裂いて立ち上がった。


 上着を着て押し入れから旅行カバンを出すと、目についたものを手当たり次第詰め込み始めた。雑な荷造りを終えると、鍵もかけずに外に飛び出した。


――――冗談じゃない、捕まってたまるか。やっぱりこんなとこ、帰ってくるんじゃなかった。


 時刻はまだ夜九時。なんとしても逃げ切ってやる。 


カァンッ


 打音がすぐ近くでした。その音の大きさに思わず足を止めてしまった。


カンッカァンカーンッカカン、カァン


 激しく鳴り出した。すぐ近くから聞こえる。周囲に人の姿はない。


「くそっうるせぇんだよ!」


 無視して走ろうとした時


カァンッ 


 良治の真下から聞こえた。視線を下に向けると、マンホールを踏んでいる。


カァンッ


 間違いない。


 マンホールの裏側から、誰かが叩いている。



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