3話 シナちゃん
翌日の仕事は規定の就業時刻に終わった。着替えて外に出ると空はまだ明るい。
弁当と酒を買って帰宅すると、向かいの家から人が出てきたところで、目が合った。
腰の曲がった爺さんだ。無遠慮に良治のことをジロジロと見てくるので良い気はしないけど、今後どのような付き合いになるか分からないので一応挨拶をした。
「こんには、一昨日からこの家に住むことになった三橋の甥です」
すると老人は「ああ、ああ、」と納得したように何度か頷きを繰り返した。
「小島さんから聞いてるよ」
昨日会った婆さんは小島という名前らしい。ついでに例の件のことを訊いておこう。
「あの、夜になると鉄を叩いてるような音が聞こえるんですけど、あれはなんですか?」
ああ、あれか。と爺さんは二回、頷いた。こんな動きをする赤い牛の置物を思い出した。
「あれはな、シナちゃんだよ」
「しなちゃん?」
「ああ。前にこの町に住んでいた女の子だ」
「その子があの音を出してるんですか?」
そうだ、と爺さんは頷いた。
「何のために?」
「何のためって、この町を守ってくれてるからだよ」
爺さんは当然のことだという口調で言った。昨夜の警官も似たようなことを言っていた。
「町を守ってるって、あの音はなんなんですか?それにシナちゃんて何者なんですか?」
「そんなの、ここに住んでりゃそのうち分かる」じいさんはそう言って家の中に入っていった。
「なんなんだよ、あのじじい・・・」
とりあえず爺さんの家の表札を確認すると【菅池】と書かれていた。
※ ※ ※
たいして旨くもない弁当を食べながら考えるのは、やはりあの音の事だ。
なんだよシナちゃんて。十年の間に何とも不気味な町になったものだ。あまり考えずに引っ越してきたのは間違いだったかもしれない。とにかく誰か、若くてまともそうな人に話を聞こうと思った。
ちょうど明日は休日なので、調べてみよう。良治は弁当をかきこんで缶酎ハイをあおった。
今日は音が聞こえる前に寝ようと決意していた。
※ ※ ※
翌日、昼頃に家を出た良治が向かったのは近所の公園だった。
そこには子供連れの女性が何組かいて、良治が公園に入ると彼女達は一様に警戒する素振りを見せた。平日の昼間に男が一人で公園に入ってきたらこんなに警戒されるものなのか、と学習しつつ彼女達に頭を下げた。
「こんにちは、僕は一昨日すぐそこの家に越してきた者なんですけど、ちょっと教えてほしいことがありまして」
「なんですか?」
群れの一人が恐る恐るといった様子で返事をしてくれた。
「この辺りて、夜に変な音が聞こえませんか?鉄同士をぶつけあうような」
女達は顔を見合わせて首を傾げた。
「ちょっと分からないんですけど・・・」そう言いながら一人が砂浜で遊んでいた子供を呼び寄せて後ろに回らせた。どんだけ俺のことを警戒しているんだ。
本当に知らないのか、これ以上不審な男と関わり合いたくなくて知らないふりをしているのか、判断できなかったので良治は頭を下げて公園から出ていった。