第四話 敵襲!少年達を襲う鋭い矢と森を駆ける影 ~指揮官のいない素人集団~
・・・隊長のセベロを失い食料も底を尽き、密林の中で立ち往生する30人の少年達。
あくまで行軍の続行を唱える精悍な漁師の息子・マグリスに正論で反論する、華奢で女の子のように可愛らしい少年・セリオン。
・・・対照的な二人の少年。
「・・・絶対にあるさ!ブルータル・デス・エルフの村は!僕達には神の加護があるんだ、絶対に負けはしないんだ!」
・・・古道具屋で買ったような安物らしい長剣を手に熱弁をふるうマグリスと、どちらかと言うとひ弱な感じのセリオンが丁度「前進派」と「撤退派」の代表のように対峙する。
その場の情勢は30人の少年達のうち七割ほどが、出来ればもう故郷に帰りたい「撤退派」のようだった。
「・・・みんな国を護りたくて、ブルータル・デス・エルフ征伐に出たんじゃないか!今更弱音を吐いてどうするんだ!・・・神の御加護を信じて勇気をもって前進しよう!僕達には神様がついているんだ!」
彼の周りには10人ほどの「前進派」の少年達が自然に集まってくる。
みな比較的元気で屈強な少年達である。
「・・・でも・・・ブルータル・デス・エルフなんて・・・本当にいるのかなぁ?」
セリオンは思い出したように小首を首をかしげる。
新たに発明された活版印刷で盛んに喧伝された凶悪で残忍なブルータル・デス・エルフという変異体・・・しかし彼は今になってその存在に疑問を持ち始めたのである。
同じグラムニア王国内でもヴェノームの森に近い村々と、海側の南方の都市ではエルフに対する認識は大きく違う。
森に近い場所にあるヒト族の村では昔からエルフと非常に良好な関係を保っており、交易を通じてエルフ達が平和を愛する種族であることを良く知っている。
森からさほど遠くない村に生まれたセリオンも自分自身の目でエルフの真実を知っており、言葉も交わしたこともあるのだ。
・・・彼の接したエルフはみな一様に穏やかで平和的だった。
一方の、南方の村人は話では聞いてはいるものの、実際にエルフの実物を見たことのない者が大半なのだ。
「前進派」の漁師の息子マグリスも、ブルータル・デス・エルフどころか、ただのエルフ自体、一度も目にしたことはないのである。
彼には、巷に無数に溢れている印刷物に記された、黒い恐ろしい眼をして、狩ったヒト族の頭蓋骨を鎧のアクセサリーにしている凶悪な姿が「エルフ像」の全てなのだ。
「・・・今更何を言っているんだ君は!・・・事実、ブルータル・デス・エルフにいくつも村が襲われているんだぞ!それも皆殺しだ!だから王国軍も征伐に出て・・・僕達もそれに自発的に参加したんじゃないか!そんな弱気な事を言うなら、最初からこの神聖隊に参加なんてしなければよかったんだ!この弱虫めっ!」
マグリスは「撤退派」の頭目と持ち上げられた感のあるセリオンを激しく罵倒する。
「・・・なっ、なにをっ!僕はただ、こんな場所で犬死はしたくないと・・・そう言っているだけだよ!君こそ冷静になれ」
華奢で可愛らしいセリオンもちょっとムきになって反論する・・・一発触発の事態。
・・・その時だった!
・・・ガサッ・・・ガサッ、ガサッ・・・
三十人の少年達が固まって議論している森の中のちょっとした空間から、さほど遠くない場所で何かが動く音が聞こえたのだ!
「・・・い、今のはっ!」
「し、襲撃だっ!・・・ブ、ブルータル・デス・エルフだっ!」
少年達の顔に緊張が走り、咄嗟に円陣を組む・・・といってもそれは戦闘の為のものではない。
皆が恐怖の為にギュッと中央に集まったに過ぎない。
・・・・シュンッ!・・・シュンッ!・・・ヒュウウ~ンッ!・・・
数条の矢が鋭い風音を立て、少年達が固まっている周囲の樹木に突き刺さる!
「ひいいい~っ!矢、矢だああっ!」
「うわあああっ!敵襲だあああっ・・・だ、誰か指揮をっ!指揮しろよっ!」
「おっ、お前やれよおっ!」
「弓矢を持っているヤツは早く反撃しろよっ!」
素人集団の少年軍は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、ただ皆が口々に叫び狼狽えるだけだ。
・・・全員が戦闘経験など皆無、出陣前に発起人で退役軍人のセベロに一週間ほどの基礎訓練を受けただけの烏合の衆である。
「・・・見えたぞ、間違いない!エルフだ!・・・二人?・・・いや、もっといる!」
ただ興奮して騒ぐ少年達の喧騒の中にあって、セリオンは冷静に敵を視認し皆に叫ぶ。
・・・彼はその可愛らしい容姿に似合わず、意外と度胸が据わっているのである。
セリオンの冷静な目は、木々の間を疾風のように走るエルフ達の影を認めた。




