とある会社の社内公募はご丁寧にも全社員応募自由で、評価自由。頭を抱える新人に主任は呆れて物申す。
『ブルジョワ評価企画』参加作品になります。
ぺらっとした方眼紙を広げ、かっかっとペンの先で叩く。線を引いては、止まる。ぐしゃぐしゃっと書きつぶして、握ったペンを手放した。
机の上にカランとペンが転がり、何にも意味をなさない紙切れ一枚残される。
「ああ……、思いつかないわ~」
泣き言ばかり漏れてくる。
社内共有データをのぞけば、膨大な社内公募は閲覧できる。
どうして、みんなこんなに思いつくんだろう。
社員全員参加可能な評価システムまで備えている。これじゃあ、人気投票もかねているみたいで嫌になるわ。
私の名前は、加藤小夜。現在頭を悩ましているのは、商品アイディアの社内公募だ。全社員参加自由、不参加も自由でありながら、評価だけは全社員に許されている。
社内公募に参加しようと思っても、一向に思いつかない。
新商品のデザイン、コンセプト、実用性、それらのアイディアを実現化する、適切な魔法陣作成がいかに難しいか。身に染みる。
別に公募は義務じゃない。出すも出さぬも個人の自由。評価だけして、眺めるも楽しいけど……。せっかくだから、参加してみたいと願望を募らせて、結局は時間だけがすぎてしまう。一念発起して向き合っても、このざまだ。
背もたれに身を投げる。
片手を伸ばして、カタカタと検索して、ずらっと並んだアイディア一覧に目を通す。どこかで見たような魔法陣も多いのに、私は、そんなありきたりなものさえ思いつかない。
評価システムもあるから、評価されているものと、されてないものもはっきりと視覚化されている。評価されるものは徹底的にされるのに、評価されないものは、まったく評価されないシビアな世界だ。
こうやって見える形で結果が出るから、怖気づく。
アイディアを出すとか、出さないとか以前に、評価されなかったらどうしよう。低い評価だったらどうしよう。そんな不安が先立って、方眼紙にちょろっと書いては、自らアイディアを握りつぶすことを繰り返してしまう。
「はあ~」
ため息しか出ない。
臆病者だ。私はただの臆病者。
「情けないわ~」
そう思うなら、最初から白旗あげて逃げてしまえばいいのに、それもできない。
「あこがれはするのよ。社内公募を通して、商品開発部の目に留まって、世の中に自分の商品が出回って、誰かがそれを手にして使ってくれることを……」
夢見るだけは自由でも、現実はものすごく遠い。
「いつまでも、なにやっているんだ」
「うわっち」
いきなり、額に当てられた冷たい感触に、変な声をあげてしまう。
「なんですかいきなり~」
ふてくされて振り向く。主任の稲本晃が立っていた。手には缶コーヒーが二つあり、自販機で買ったばかりのひんやりした感触にやられたのだと理解した。
「こんな遅くまで、残業……じゃないな」
手もとの方眼紙を見られた。私はかっと恥ずかしくなって、両手で覆い隠す。
「なんにも思いつかないんですよ。見ないでください」
「社内公募ね。営業職の俺達なら、見て評価している方が専門だろ。なんせ顧客の声を直に聞ける立ち位置なんだから」
「顧客の声を聴ける立ち位置だから、なにかアイディアでないかって悩むんじゃないですか」
「悩むかあ」
主任は、隣の席の椅子を引き寄せて、背もたれにもたれるように座る。
「公募データ参照しても、出ないのかよ。あきらめればいいだろ」
「ひっどい、ちょっとは頑張ってるぐらい褒めてくださいよ」
「褒められたら、やる気でんの」
「出ますよ。褒められて、伸びるタイプです」
胸を張って、叩いて見せた。
「やる気で、結果出るなら、楽なことねーよ」
缶コーヒーの冷たい底で、ぐりぐりと額を押された。
「受け取れ」
手をぱっと離す。ぼろんと落ちた缶を、私は慌ててキャッチする。
「自由公募なんだ、仕事の合間に出たアイディアを拾うだけだし、大半は今あるものの焼きまわしだろ。商品開発部がガチでやっているのと、戦って残るのなんて、何%の世界だと思っているんだ。大半は、アイディアを出して満足するのが普通なの。
せっかく、魔法が使えるのに、オリジナルの魔法陣一つ作れないまま終わるのがわびしいから出しているにすぎないんだよ。
なにガチで、トップ狙おうみたいに意気込んでんだよ」
「言われなくたって、そんなことわかってますよ。私の作るものが歯牙にもかけられないぐらい。それでも、ちょっとはいいねって誰かに思われたいとは思うものじゃないですか」
主任ははあとため息をつく。
「見て見ろよ」
主任はそう言うと、データを触る。
「大半は、見られてもいないし、評価もされない。後でチェック予定者数があるものはまだましってのが一般的なんだ。軽い気持ちで出して、何にも反応なくて、当たり前。それを受け入れらんねえなら、こういう公募には出さないで、黙って評価者側に回っていればいいんだよ。
評価多いのがレアなんだよ。
そもそも、だいたいの新商品は商品開発部で作られている。こういう公募で拾われるのは、商品開発部では思いつかない、大衆意識を拾った商品だ。社内の研究施設でアイディア練っていれば、どこかで市場との乖離が生まれる、そういうとこを補うために、社内公募と評価がなされているのであって、会社が本気でここから新商品を生み出そうとしているわけじゃない。
あくまで、大衆意識を上手に拾えた上手い奴が偶然、商品化されているぐらいに思っていないと、仕事もおろそかになって、最悪、クビだ」
主任は意地悪そうに舌をだして、親指を立てて、首を切るジェスチャーをする。
私はむっとしてしまう。
「それって、一生懸命やろうとしている人を冒涜しているみたいで、やですね」
「そういうとこが、バカなの」
主任は立ち上がり、隣の席に椅子を戻す。
「アイディアなんて、机にかじりついて出すもんでもないだろ。出るぞ。今なら、メシおごってやる」
主任は自身の飲まなかった缶コーヒーを私の机の上に置いた。
「明日、飲め」
そう言って、背を向ける。
「待ってくださいよ」
追いかけるため、私は急いで、荷物をまとめて走った。
主任に連れられて行くのは、いつもの居酒屋だ。
生ビール二つに、つまみを頼む。夜の主任はお酒は飲むけど、小食。私の方がもっぱら食べる。夜定食を一人分注文した。
「社内公募なんて、お遊びなんだぞ。所詮、趣味程度のことに残ってまですることじゃない。そういうとこで、区切りつけれないうちは、アイディアなんてでないぞ」
そう言って、主任はビールを飲みつつ、枝豆を食べる。
「……わかっているんですけどね。ついついのめりこんでしまうんですよ」
「リアルの仕事優先」
そう言って、また主任は私の額をぺちっと叩く。
「額叩かないでください」
「髪をあげていると、そこ叩きやすすぎ」
「なんですか、そのお前が悪いみたいな弁は! ふてくされますよ」
ビールジョッキを仰いで、主任は何も言わない。
「本当に、ちょっとだけいいねって思われているって実感ぐらい欲しいじゃないですか。そのために悩んでいるんですよ」
「それで、アイディアが出なくなってたら、本末転倒だな」
「ほんと、主任は嫌なことばっかり言いますよね」
「世の中、すべての魔法のアイディアは出尽くしているんだ。どんなに新しいアイディアだと思っても、すべては既存のアイディアの模倣だ。
それじゃあ、古典魔法から魔法陣引っ張ってきたらいいだろってことになるが、それじゃあ、現代社会のサイズや、大衆意識にあわない。
貴族や王族が小競り合いをしていた時代は攻撃的で大掛かりな魔法陣が好まれたが、平和な現代社会だと、より精密に小型化した陣を組み込んだ商品を必要とする。肉眼で見えないサイズの陣の作成と量産、それが最終的な目的だ。
社内公募ってのは、あくまで大衆目線を意識した商品に目がいく。評価するのも大衆だ」
「……主任は、分かってすぎです……」
そこまで分かって、肚くくれたら、悩みませんよ。言いたいことも言えず、私は口をすぼめて、箸をすすめる。
「象牙の塔にこもるか大衆に沿うか。自由判断はできるんだ。大衆に沿うということは、一歩前ではなく半歩前に立つ意識がいる。一歩前にいては誰にも見えない、人は半歩前の背しか見えない」
私は押し黙って、目の前の食べ物を口に運ぶ。お酒は強くないので、水とビールを交互にちびちび口にする。
主任は、肉と枝豆をつまみに、ビール二杯飲み切った。
「腹満たされたら帰るぞ」
そう言って、食べ終えた私を確認し、主任が会計を済ませる。ぽつんと打ちひしがれて椅子に座って待っていた私の腕をつかみ上げた。
「ほら、立てるか」
「たてますよぉ」
「顔、あっか」
「主任は、全然変わりませんね」
膨れつつも、お酒の弱い私は、ちょっとふらっとする。そのまま、主任の手に引かれて子どものように歩いていく。
人目につくところに、作品を発表するのだから、少しは見てもらいたいし、評価もされたい。無視はされたれたくない。そう思うのは普通ではないだろうか。
たくさん評価されているものを見ればうらやましい。どうしてそんなものを描けるのだろうと思ってしまう。評価されれば続けられるし、張りもある。そう思うのは、誰だって普通だと私は思う。
片や、いっさい見向きもされないものもある。それを当たり前として、甘んじて受けろというのも、釈然としない。
見てほしい、評価もされたい、そう思っても、現実は厳しくて、結局、どこかで、私は怖気づいて何もできなくなる。
主任に手を引かれて、歩いていく。程なく、彼の家についた。
「俺、ちょっと仕事したい。先に、風呂つかっといて」
玄関で靴を脱いで、冷蔵庫からまたビールを出して、主任は居間のローテーブルに陣取った。
「はあい」
私は家主の言われるまま、水回りへ向かう。衣類を脱ぎハンガーにかける。棚の籠から、寝間着とタオルを出して、洗濯機の上に置いたら、シャワーを浴びる。ざばっと一日の汗を流して、寝間着を着たら、洗面所に置きっぱなしの歯ブラシで歯を磨いた。
さっぱりした。
居間へ行くと、主任が難しい顔で画面を見つめている。
「主任?」
「俺、ここで、そう言われるの嫌い」
「……晃さん、子どもですか……」
「ほら、こいよ」
手招きされて、晃さんの後ろに座り、画面は社内公募一覧だった。
「小夜は総評価ばっかり気にしすぎ」
「総評価、気にしません。閲覧者数とか……」
「まあね。そこが、数字のインフレ起こるとこだから目立つよな」
晃さんの背中に肩をぶつける。ローテーブルに置いた開けていない缶に彼が手を伸ばす。ぷしゅと開けて、私に手渡す。
「……晃さんはどこ見てんですか。晃さんも時々、公募に出してますよね。知ってますよ。見てますから」
キンキンに冷えた缶を両手で持つ。
「俺かぁ。 平均」
「平均?」
「どんなに個人基準で、評価1から5をつけても、全体としては素人の公募だと分かっているからみんな4から5評価つけてる。その中で、時々、個人基準で1から3つける人もいる。時には、評価の最高点3にしている人だっているんだ。
そういう一個人の趣向を、俺は否定しない。各人の基準でいいんだ。
そんな一部のこだわりある評価層を加えても、平均はその魔法陣の適正値に落ち着くきらいがある。誤差0.2~0.3ぐらいだとしたら、この数字の方が参考値になる」
くぴくぴとビールに口をつけながら、晃さんのうんちくに耳を傾ける。アルコールに弱い私は少しづつほわんとしてくる。
「そんなところ、見てるんですかぁ」
「そっ。だから、総数は気にしない。
商品開発部がひろってくるのも、総数が高いものばかりじゃない。ってことは、何が大事かわかるか」
「なにが大事なの」
お酒のせいで、声が丸くなってきた。
「小夜……、自分で考えろ」
「ええ、ひどぉぉい」
そう言うと晃さんは水回りへ消えていった。
ローテーブルに、未使用の紙とペンがのっていいる。
私はそれを手に取った。
総数より平均に晃さんは着眼している。それは結局、少ない人でも、見てもらって、評価してもらえれば、それだけで、自分のレベルが分かるってことだ。
誰でもいい。少数でも、評価してもらう価値があるんだ。そりゃあ、たくさんの人にみてもらいたい。良い評価も欲しい。
どうせ発表するなら、自分のレベルも知りたい。
一番つらいのは、無視されること。二番目に辛いのは、逃げてなにもしないこと。
残ったビールを私は一気に飲み干した。
私は思いつくまま、紙に魔方陣を描き切る。
ペンを置く。書き終えた紙を掲げて、満足した。
出来上がったことが、うれしくて、顔がほころぶ。
「できたか」
背後から晃さんの声がふってくる。
「できましたぁ。明日、公募にだしてみますね」
へろっと笑うと、晃さんも優し気に笑んでくれた。
「良かったな」
今度は晃さんが私の後ろに座った。
「魔法には原理原則がある。結局は、その原理原則を理解するよう努めて描く。そうすれば、それなりに誰か評価してくれるもんだよ」
むぎゅっと晃さんが抱きついてくる。肩と首にすり寄って、ささやく。
「なあ、小夜。他の奴の前で、酒飲むなよ」
「……晃さん、始める前、いっつもセリフ一緒……」
くすくすと私は笑ってしまう。
「定番が一番効くんだよ」
「なんですか、それぇ」
「わかりやすい方が、スイッチ入りやすいだろ」
最後までお読みいただきありがとうございます。
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