努
数日後、大樹は静かな構内を歩いていた。何の目的もなく、ただただ歩いていた。そしてしばらく歩き校舎内に入ったころ、大樹は廊下の隅に両足を抱え座り込む女の人が見えた。そして、彼は一歩後ずさった。それもそのはずだった、彼女は大樹の思い人である上田であった。
大樹は一度手を開き、大きく深呼吸をする。そして力強く握りこぶしを作り、一歩前へ足を進めた。彼女との距離が一歩、また一歩と近づいていく。そして四歩程の距離に立った時彼は止まり、辺りを見回した。何を言い出そうか、そう迷っているのだ。そして、意を決したのか彼女を見据えた時、上田が重々しくその顔をあげた。
雪のように白い肌が涙に濡れ、そこに張り付いた一筋の髪が陰りとなっていた。
「大樹くん?」
細りとした声が響く。そして大樹はその声に顔を背けず、確かに呼び返した。
「上田さん」
ハッとした彼女は慌てて顔を拭い、立ち上がった。そして二人の間に一瞬の静寂が訪れた。しかし、それも一瞬のこと。彼女は大樹に一言告げる。
「ごめんなさい」
それだけ言って、上田はこの場を離れようと足を出し離れていく。大樹はまた動けずにいた。先ほどまで大きく見えた彼の背は小さく萎み切っていた。だが、見間違いだった。彼は目元を再び拭う上田を見て、竦んでいた足を懸命に動かし、彼女を追いかけ始めた。そして、彼女から三歩程の距離になった時大樹は大きく言い放った。
「上田さん、俺と付き合ってください!」
そして、言い放ったままもう一歩彼は距離を縮めた。
♢
奇跡だと大樹はいうのだろうか。確かにあの瞬間に彼が彼女と会えたことは偶然だろう。しかし、奇跡とよべるのはそれだけだ。その後の彼と彼女のあれそれは、彼の決断の結果なのだ。そして、彼が下した決断によって成った物語は、それまでに積み重ねられた彼の努力故の帰結であった。
彼は一歩踏み出した。それこそが今に繋がる彼の最大の努力となったのは確かだ。
そして、私もそうするべきだった。
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