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 学生たちの奇妙な集会の次の日。大樹が何を願ったのかは分からないが、彼は再び上田と話す機会があった。

 上田が大学内のコンビニで買い物中の高橋を待つために壁に寄りかかって待っているところに、同じようにして大樹もそこに立っていた。

 しかし、大樹はその女性を上田さんと知って近くにいるのではなかった。そして今でも隣にいる女性があの上田だとは気づいていない。というのは、彼女の普段のイメージとは異なる服装だったからだ。

 彼女のコーデは秋の涼しさを感じさせるものだった。少し丈の長い白いシャツを着て、その下に黒色のほっそりとしたズボンを履いている。普段の彼女は深緑の少し野暮ったい服装を好んで着ていたのだが、それとは大きくかけ離れたものだった。そしてそれ故に彼女が上田だと大樹は気づいていなかった。

 大樹が彼女の横に来て五分が経った。そうしてようやく彼は横にいる女性が上田さんだと気づく。横目にちらりと見た彼は、その驚きから背筋をこれでもかと伸ばし硬直していた。

 そして、同じく彼女の方でも大樹の存在に気が付いたようだった。

「大樹くん?」

 三歩程という微妙な距離を空けて彼女は話しかけた。

 大樹はまさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。少しどもりながら「は、はい。そうです」と弱々しく返す。

「よかった。この前の授業から会ってなかったし、自身がなかったの。あ、この前の授業ではありがとう。その時にお礼を言えばよかったんだけど、タカくんがさっさと帰ろうとするし、次に見た時には居なかったから」

 大樹は何のお礼かあまり分かっていないような顔で「うん」と答える。

 彼女が言ったお礼というのは、大樹が彼女に代わって授業で答えたことだろう。あの日の授業で彼ら三人は一つの班を作り、そしてそのリーダーが上田だった。そして、彼女にマイクが渡されていたのだが、彼女はとっさのことで答えられずにいた。そこで大樹が彼女に代わって答えたという話だ。

「あの時は本当に頭が真っ白になっていて。代わってもらえてなかったら、あのまま大恥をかくところだったよ」

「ああ。いや別に気にしないでください」

 ところで、と彼は気にしていることを聞く。それは彼女の普段とは異なる服装についてのこと。その質問にしれっと彼女の服装を褒めていたのはプラス評価だろう。ただし、彼の質問自体聞かなくてもいいものなのだが、彼にとっては聞かずにはいられない問題なのだろう。

 それに対する彼女の返答は顔を赤らめるというものだった。いや、実際に言った返答は「たまたまです」というものだったが、恥ずかし気に赤らめた顔を背けるその仕草が大樹にとっての返答となっていた。

「お待たせ」

 タイミング悪く、二人の間に割って入るように高橋がやって来た。そして大樹を一瞥し言う。

「ごめんな。これから彼女とメシ行くんだ。だからさ」

 「だから」その後、彼は大樹に何かを言った。状況からして別れの言葉だったのだろう。高橋は上田の手を引いて去っていった。

 そんな彼らを視線で追うだけ、何も言えず、何もできない。大樹と彼らの距離は徐々に離れていった。

「お待たせ」

「うわ!?」

 もともと大樹は上田と同じように待っていたのだが、先ほどの出来事で呆けていたからか、面白いほどに驚きの声を上げた。

「さっき喋っていたのって上田さん?」

「そうだけど。……、見てたのかよ」

「まあね」

 見られていたことを知り大樹は恥ずかし気に頬を掻く。

「でも残念だったよね。大樹は上田さんのこと好きだったのに」

 その言葉に大樹は更に驚いた様子を見せる。そんなに分かりやすい反応ばかりを見せているからバレてしまっていることを彼は知らない。しかし、彼の分かりやすさは反応ばかりか、行動にも出ていた。

 近くの席になったら少し話す。班が一緒になれば少し多く話す。先日の授業にしてもそうだが、そんな小さな行動を昨年一年続けてきていた。しかし、それでいて消極的なのが彼だ。やはりそれ以上の行動は起こさずに、彼女から来る事を待っているようだった。

「大樹はそれでいいの、諦めるの?」

 大樹が本当に望むのであれば、誰彼を構うことなく思いのままの行動こそを行うべきなのだ。一歩踏み出さなければ、奇跡も起きないのだから。応援の言葉に諦観を隠す。

「もういいから、さっさと行こうぜ」

 しかしして、そう言うと逃げるように離れていった。


     ♢


 次に大樹が星野に出会ったのは、とある授業の後だった。早々と教室を出ていく人と対照的にマイペースに支度をしている大樹は、普通の大学生の格好をしている星野を見つけた。あまりにも露骨に見られている星野はその視線に気づき大樹へ話かける。

「君はこの間集会に来ていた子だね」

 近づいてきた星野は軽い調子だ。ひょうひょうとした様子で、以前の様子は微塵も感じ取れない。

「学生だったのですか」

「そう、学生だよ。じゃなきゃ構内に入れないでしょ」

「いや、そうかもしれないですけど。構内であんな宗教まがいの事をしていて、とても同じ学生だと思えませんでした」

「そうかな」

「そうですよ。どうしてあんな事をしてたんですか」

「どうしてって。まあ、楽しいからかな」

「楽しい、ですか」

 大樹は明らかに不快そうな顔をする。

「ああ、誤解しないでくれよ。よくいるじゃないか。相談されるのが好きだってやつ。あれと同じこと。何も違わない。ただそれを、大勢に対して同時にやっているような。そんな感じのこと。もちろん気持ちは真剣だよ。この間の集会、君にはどう見えたのかな」

「宗教にしか見えませんでした」

 そりゃそうだ、と星野は笑う。

「でもね、あれは別にたいしたことないんだ。三つの約束覚えているかい。一つ、具体的な願いであれ。二つ、叶えるまでの道筋を明確に描け。三つ、どうしようもなく叶えたいと思っているか」

「覚えていますよ。それが何ですか」

「なら話は早い。君は願いが叶ったか?」

 それに対して大樹は、叶ってないと答えた。

「それじゃ、君は三つの約束の内どれかを破ってしまったというわけだ。残念。僕の奇跡はその三つを守る人の願いしか叶えられないんだ。思い当たる節はあるかい?」

 詰めるように彼の調子が変わっていく。大樹がそんな彼の様子に押され始めたところで、星野はさっきまでの、ひょうひょうとした様子に戻る。

「とまあ、三つの約束をちゃんと守れるような人は勝手にその夢を叶えられる。そんな仕組みなんだよ」

「それって」

「詐欺じゃないよ。成功のイメージがあるのに、あと一歩を踏み出せない。そんな人たちの背中を押してあげるのが僕たちのやっていることさ。でもそんな僕たちのやり方が君を不快にしたのなら謝罪しよう。代わりといっては何だけど、相談に乗ろうか。何だか思いつめた様子だし。今度は本当の奇跡が見られるかもよ」

 そう言うと星野は、ほっそりとした白い手で大樹の手を持った。有無を言わさない彼の笑みに負けたのか、ポツりと大樹は話始める。

「好きな人がいて……」

「それは誰だい?」

「上田さんって子で」

「どうして付き合わなかったの」

「告白できなかったんです。そんなに喋ったこともなくて。どうやって告白したらいいのかって、悩んでいるうちに、彼女には彼氏ができていて」

「じゃあ、君は彼女とどうなりたいんだい。そして、どうやったらその願いは叶うのかな」

 星野は変わらず微笑みを浮かべたまま、その怪しげな目で大樹をのぞき込む。大樹は黙っていた。答えは分かっているのだろう。しかし、答えられない。押し殺した望みが大樹の唇を震わせていた。

「どうしたんだい。ほら、もう分かっているだろう。

「でもそれは」

「僕には君が何を考えているかは分からないよ。君が彼女と付き合う方法として一番先にそれが君にとってベストの選択なんだよ。君はそれをすることに戸惑はなければいい。ただそれだけさ」



読んでいただきありがとうございます。

後一話で終わります。また、お読みいただけると幸いです。

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