敗
大学二年生の秋、佐藤大樹は失恋した。それは熟しもしなかった約一年物の恋である。理由は明確。彼は愛しの女性、上田に対して何らアプローチをしてこなかったからだ。きっと彼の頭の中ではチャンスは向こうから転がってくる、その時にでも彼女の心を射止めればいいなどと考えていたのだろう。そして、結果は先の通り佐藤大樹は失恋した。
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大学二回目の夏休みが明けしばらく経った頃の事、大樹は他学科との合同授業に参加していた。普段ならば幾分席に余裕もあっただろう。しかし合同授業という事もあり、授業開始ギリギリにやって来た大樹に座れる席はなかった。そんな彼は座れる席がないかと辺りを見回し、隅から隅へと歩きながら探し始める。そこへ彼の肩を叩く男がいた。短髪の髪は明るく染め上げられ、ワックスで固められている。見るからにチャラそうな男。
その男こそ失恋の原因となる高橋だった。
高橋は、そろそろ授業も始まるというのに席に着けていない大樹を見かねたのか「席が空いているのだけど、良ければ隣に来ないか」と誘いに来たのだ。そんな彼が大樹の恋する上田の恋人であることをまだ知らない。
故にのこのこと付いて行き地獄を見たのだった。
その時の大樹の驚きようと言えばどのように形容したものだろうか。何せ上田は男の影が一切見えない女だったのだ。彼女は普段仲の良い女友達と三人組で大学生活を送っていた。しかしそれはそうと、一人でいるところの方がよく見かけるし、仲の良い友人たちがいない時には教室の端っこの方で一人授業を受けている。見た目は黒髪でおしとやか、しかしどこか暗そう。そんな印象の女だった。男の影など見えるはずがないと大樹は考えていたのかもしれない。
だからこそ油断したのだろう。
普段一人でいる彼女に恋人ができるはずがない。そのように考えて、何の行動も起こさぬまま一年。二年生になり授業が合わなくなり、最近はどうしているのだろうと考えだし数か月後。見たこともないような幸せそうな笑顔で高橋を呼ぶ上田との再会であった。
「上田お待たせ。そこで席がなくて困っている子がいて連れてきたけど。いいよね」
高橋はそう彼女に気さくに喋りかけた。そしてそんな彼の言葉に、彼の親切な行動に嬉しそうに「うん、いいよ」と返す上田。彼女は佐藤へ一瞬だけ目を移し、三人掛けの机の奥の方へと移動する。彼女の隣はもちろん高橋だった。
授業が始まるまで少しばかり時間があったが、佐藤には上田さんと喋るという選択肢はなく、またそんな隙間もなかった。彼の横では二人だけの仲睦まじい会話が続いていたからだ。彼はそれを気にも留めないように、授業の準備を進めていく。しかし、その慌ただしい手つきからは、泣くのを堪えている様だった。
その後の大樹の陰りは筆舌に尽くしがたいものであり、数日経っても取れることのない陰りとなった。彼が恋をし、敗れたのはこれが初めてのことではない。中学で一度。高校で二度。そして大学ではこれが初恋であったそうだ。しかし、そのような経験空しく、今回の失恋には深く落ち込んでいるようであった。
白夢です。読んでいただきありがとうございます。
今回は全4話の構成で話を書いています。2話は本日夕方ごろ、残りは二日かけて更新しようと考えています。よろしければブックマーク、評価、感想などお願いします。