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オレたちだけが見えるもの

作者: 十五夜美月

 オレは、今、ここで手を離してはいけないって事だけは理解した。

 なぜとかどうしてとか、それはもう、後でいい。


「オレは、お前の手を絶対離さないからな!リョウ!!」

「なんでだよ……手を、離せよ、離してくれよ、ジュン!」


 額から流れ落ちるものが汗である事だけを願う。オレが手を離したら、リョウは、オレの幼馴染で親友は、このままあの黒いモノに飲み込まれてしまう。それだけは阻止しないといけないんだ。


 じりじり、と黒いモノに吸い込まれていく。なぜ瓦礫は動かないのか、なぜ自分と手を握っている自分の幼馴染だけが吸い寄せられているのか。疑問がよぎるけど、その思考をねじ伏せた。

「絶対に、行かせねぇ!」


「よく言った!」


 唐突に聞こえた声に、ハッとする。その時にはもう、黒いモノに何かが吸い寄せられていき、そして――。


ぴかぁぁ!


「うわっ!」

「うへっ!」


 吸い寄せられていたリョウがバランスを崩して転ぶのと同時に、オレは空いている腕で光をさえぎった。風がオレ達の間を走りぬけた、と思ったら。


「お前たち、災難だったな。でも、俺がここに来たからには大丈夫だ」

 にかり、と笑う人がオレの後ろに立っていて、その時にはもう、あのモノは消えていた



 オレとリョウは唐突に現れた推定20歳前後のお兄さんの後に付いていっている。アレについて説明する、と言われたから大人しく付いて行くことにしたけど……正直、これでよかったのかオレは分からなくなった。

 リョウは勢いよく転んだこともあって、腕や足にけっこう大きな擦り傷を作っていて、血がにじんでいる。手当もしてもらえるって言うから、付いていくんだ、うん。


「まずは、お前たちが無事でよかった。俺は笹本祐介、あの「ドラッガー」から未来豊かな存在を守る仕事をしている。お前たちは?」

「「ドラッガー?」」

 歩きながらお兄さんが話出したと思ったらいきなり意味不明な言葉が出てきた。初めて聞く言葉にオレとリョウは顔を見合わせた。……ドラッガー、ドラッグから取ったのかな、それとも何か別の意味から……?


「そうだよな、アレが何か気になるよな」

 顔を見合わせたオレとリョウは、目線で会話する。


―この人、信じて大丈夫かな?

―まずは話を聞いてみよーぜ?


「えっと、そうですね、アレは何なのか、なんで急に僕らの前に現れたのか、知りたいです」

「急にアレがオレ達の前に出てきたことも関係あるんですか?」

 リョウは足を引きずりながら歩いているから歩くスピード自体はとてもゆっくりではあるんだ。でもその人、笹本さんはちらっと周りに目線を投げた後にオレ達に向き直った。

「説明してやりたいのはやまやまなんだけど、今、俺はお前たちを安全なところに送り届けてそこで手当をしないといけないから、その後な」


 は?笹本さん、何言ってんの?

―信じられないに1票!

―同じく!

 目線で会話をするオレ達に笹本さんは首を傾げた。って、その顔もめっちゃ怪しい!

「えー、なんでだよ!別にここで言ってくれてもいいじゃん!やっぱり怪しい」

「こういうところで言えないような事を説明されるって事?やっぱり警察に行くべきだよね?」


 笹本さんが固まった。

 ……あれ?


「ちょ、ちょっとまて!お前たち、俺の事何か勘違いしてないか?」


―勘違い?

―自分がしてんじゃねーの?

 すい、と交わるオレ達の目線に、笹本さんの目線も動いているのがわかる。

「オッケー、まずは俺の目の前で目線だけで会話するのをやめようか。そんで、普通に視線で会話できるのが俺にとっては不思議すぎるからそこのところを説明してもらいたいぐらいだけど……、まあ、そこは後でいいわ。それよりも、俺は警察に準じた立場だから、警察に行くことと同じようなところに行くだけ。つまり、このまま俺と来た方が、状況も全部説明できるし、より簡単、っつーことだ」

 さらに、と言いながら言葉を切って立ち止まった笹本さんは、ビルを指さした。その指の動きの合わせてオレ達の目線も動く。


 オレ達の目線の先には普通に警察署があった。

「もう、着いたから、まずは怪我の手当てをしようか」



「オレは木村純平です」

「僕は平野涼治です」

 リョウが手当をしてもらった後、笹本さんのほかにもお姉さんが1人やってきた。そのお姉さんも交えて、会議室?みたいなところに案内される。オレ達は笹本さんとお姉さんにようやく自己紹介をした。


―今更、って言うか、やっと?

―だよな。笹本さん聞いてくれないし


「ありがとう。私は峰村鮎美よ。笹本君の先輩、にあたるかしら?」

「峰村先輩、何で疑問形?」

「年齢的には笹本君の方が上だから?」

「一つしか違わないんで、そこはちゃんと先輩してくださいよー」


 えっと、笹本さんと峰村さん、ホントに大人なのかな?オレの知ってる大人とは違う……なんていうか。


―学校の先生より、面白い……

―わかる


 深くうなずくリョウも同じ気持ちみたいで、ちょっとほっとした。オレだけ、よりも誰かもそう思っている、ってめっちゃ心強いから、さ。


「さっきから思っていたのだけれど、あなたたち、言葉を交わさなくてもお互いに考えている事を共有できているの?」

「「え?」」

「笹本君」


 オレ達が驚いて峰村さんの事を見ていたら、笹本さんの事を呼ぶ峰村さん。いったいどういうこと?と首をかしげたくなるけど、笹本さんは軽く手を挙げて外に行く。

「あなたたちに状況を説明するには、あなたたちの事を正確に知る必要があるわ。だから、少し付き合ってね」


 ぐわん


 急に目が回る。椅子に座ってたけど、自分の体を支えることが出来ずに、傾く。

「――ン!!」

 目の前が真っ暗になる直前に、リョウの声を聴いた気がした。



「ジュン!!」

 急に傾く少年の体をもう一人の少年が支える。先ほどとは逆の立場にいる事に涼治は焦った。いったいこの峰村という女性は、大事な幼馴染に何をしたというのか。

「レセプターは純平君なのね。そうだろう、とは思っていたけれど……涼治君はリリーサー。笹本君の話だと、あのドラッガーはリリーサードラッガー……やっぱり、引き合うのね」

「あの」

 小声で何かしらを自分に向けて話している峰村に対して、涼治は小さな声で話しかける。

「ジュンは……純平は、大丈夫ですか?それに、えっと、峰村さんはいったい……」


 涼治の声ににこり、と峰村は笑うと、純平に向けて手を伸ばす。その純平を守るように抱きこむ涼治。その様子に峰村は笑顔を深くした。

「大丈夫よ。起こすだけだから」

「え?起こす?」


 ゆっくりと気を失っている純平の額に手を乗せると、峰村は自分の瞳も瞼の裏に隠す。その様子を見守るしかない涼治は、青い顔で2人の様子を見ている。手を乗せたのと同じ程度の速度で手をどかした峰村はニコリ、と笑った。

「純平君が起きたら説明するわ。それまでにあと2人、会ってもらいたい人がいるの」


「連れてきましたよ、先輩」

 そのタイミングを待っていたかのように、笹本が二人の男女を伴って部屋に入ってきた。2人とも笹本や峰村に比べたら若い。

「涼治くん、俺のレセプターである笹本香奈。俺の妹でもあるんだ」

「香奈でーす。え、君たちも巻き込まれた系?うわ、かわいそー」

「女子高生がそれでいいのか……?鮎美姉さんのリリーサー、原田拓也、高3だ」

「たっくん、鮎美さんのこと姉さんって今でも呼んでるんだ」

「従姉の姉さんだから、別に普通だろ?」

「高校生になってもそう呼ぶのは珍しいんじゃないのー?」


 怒涛のやり取りに、目を白黒させる涼治に、峰村はくすり、と笑った。

「これで説明ができるようになったわ。純平君を起こしましょう」



「アレが何か、って話からだよな」

 オレは起きてすぐに知らない人が増えている事に面食らったけど、リョウが情報共有をしてくれた。オレがそれを自分の中に落とし込んでいるうちに、笹本さんが話始める。

 リョウはオレのことを見ているから、オレの落としこみを待っててくれているみたいだ。ぱち、と瞬きをしてオレは頷いた。


「お前たちが目にしたのは、いわゆる普通の生活を送っている、想像力が乏しい人には見えないモノで、あいつらは俺たちの「思考力」を奪うもの、なんだよ」

「ドラッガー、と呼んでいるわ。引っ張る者、という意味よ」

 峰村さんの声にさっきの様子を思い浮かべる。確かに、リョウの事を引っ張ってた。


「ただ、ドラッガーが引っ張る者は決まっているわ。属性があるのね」

「属性?」

 ぽつり、とリョウの声が零れた。リョウの方を見ると、真剣な顔をしている。

「さっき、えっと、笹本さんの妹さんや峰村さんの従弟さんが言ってた……」

「香奈って呼んでねー。そう、リリーサーとレセプター。2人の間では言葉でのやり取りを必要としないの」

「リリーサーが思っている事や考えている事をレセプターは敏感に感じ取る。会話の長さや情報の多さは2人の関係によって増えたり減ったりする。訓練を積めば、最初に繋がったペア以外とでも簡単なやり取りはできるようになるのさ」

「つまり、思考の読み取りができるテレパスの一種だけど、リリーサーとレセプターは対になっていて、2人の間で物事が完結するの」


「えっと……?」

「分からないんですけど……」


 オレ達に説明してくれているはずなのに、オレ達を置いていくのはやめてもらいたい……。

 オレとリョウは確かに、考えていることは大体わかるし、特にオレはリョウの考えているコトはわかるけど……。


「レセプターはリリーサーから受け取った思考を更に大きくして還元できるの。増幅器のような役割ね。ただ問題は、レセプターにも対応できる容量があるわ。それを超えて情報を受け取るとパンクして気絶する。あるいは、他のレセプターから増幅されたものを渡されても解析できないからパンクするの」

「鮎美さーん、二人とも絶対分かってないから、ここは香奈に説明させて!」


 目が回ってきた気がする。なんていうか、情報過多、っていうんだっけ?多いんだよ、いろいろと!


「リリーサーから手渡されるのは、簡単な事が書いてある紙。例えば……花!」

 そう言いながら香奈さんが鞄から取り出したルーズリーフ1枚に「花」って漢字を書く。

「それを受け取ったレセプターは花って字を見て、花といえばこういう花があるよね!って書き加える」

 話しながら「花」の文字の隣にチューリップの絵を描いた。

「リリーサーは元の「花」って言葉も見えるから納得する。チューリップが帰ってきたから、風車を付け足そう、って今度は「風車」って書く」

 風車、と文字を書きながら紙を指す。

「リリーサーは文字情報と絵の情報を見ることができる。でもレセプターは貰う情報がシンプルじゃないと困るのね。ずっとやり取りしているときっとこの紙いっぱいに文字と絵が増えちゃうでしょう?そうするとレセプターは今何を描けばいいのかわからなくなっちゃって、描けなくなるの。これが、最初のパンクね」


 わかった?って聞かれたからうなずいた。つまり、レセプターには限界値があるんだな。リリーサーは自分がやり取りしているからどこからなのか順番がわかってる、と。


「逆にレセプター同士は絵のやり取りしかできない。いきなり橋の絵が飛んできても、レセプターは何を言っているのか分からないのよ。さっきまで花の話をしていたんだから。これが2つ目のパンク」

「香奈のたとえで続けるなら、リリーサー同士は文字でのやり取りだけなんだ。だから「花」「桜」「団子」「花見」……みたいに、リリーサー同士はあまりパンクすることはないんだよな」


「なんとなくわかりました。でも結局、ドラッガーはいったいなんなんですか?」

「この、リリーサーとレセプターのやりとり、結構なエネルギーを発しているのよ。思考力ってバカにならないエネルギーになるの」

 峰村さんの言葉に、他の人たちも口を閉じた。え、いきなりシーンとするの、勘弁してほしいんだけど。

「ドラッガーはこの生み出されるエネルギーを使おうとする存在。おそらく、未来から来ているわ」


「「未来?!」」


「そう。この時代ではリリーサーとレセプターはまだ普通の人として生きている。でも、未来はそうとは限らない……もう、リリーサーとレセプターの関係でエネルギーが作られていることは、研究で判ってしまっているもの」

「俺たちがここにいる理由の一つは、ドラッガーを生んでしまう未来を阻止する事。もう一つはお前たちみたいな隠れリリーサーとレセプターの発見と保護、だよ」



「ジュン、大丈夫?」

 ベッドに横になっているオレに、リョウが声をかけてくる。それも、そっと、ゆっくりと。

 おでこに置いてくれてた濡れたタオルをどかしながら、オレはゆるく頷く。まだ目は回ってるけど、ずいぶんましになった。


 オレはあの説明の後、またぶっ倒れた。多分、今度は香奈さんが言ってた最初のパンク。だって話を聞きながら、オレとリョウは、多分、そのやり取りをしてたから。だから、オレは仮眠室って言うのかな、で横にならせてもらった。


「いきなりたくさん悪かった」

 峰村さんと笹本さんはお仕事(2人とも、本当に警察でお仕事しているらしい)ってことでオレ達のところにいるのは原田さんと香奈さん。そんで、なぜか謝ってくれているのは原田さん。


「香奈としては、2人がどうしてリリーサーとレセプターになったのか、気になるんだけど」

 なんで?って聞いてくる香奈さんに、オレはリョウを見た。


―ジュン、僕が説明するから寝てて

―頼んだ


 もう一度、目を閉じる。説明は全部、リョウに任せることにした。



「僕から説明しますね」

 涼治は仮眠室に備え付けられている椅子に座りなおす。

「僕らは、幼馴染です。家も隣同士で。でも、僕らは二人とも、家の夫婦のもとに生まれたわけではなくて」

「え?」

「養子か?」

「ジュンのお母さんは生きてますけど、病院に入院したままなんです。おじさん夫婦の家にいます。たまにお母さんが一時帰宅する時があるみたいで、すごく嬉しそうにしてます。お母さんが入院することになってしまった事故でお父さんは死んでるから、寂しそうですけど……おじさん夫婦のところは、子供ができないみたいで、ジュンの事を大事にしてくれてるから、心配はしてないです」

 そこで一度言葉を切った涼治は、息を深く吸いこんだ。


「僕は、今の両親とは養子ではなくて子供なんですが、血は繋がってません。僕の本当のお母さんは、シングルマザーだったところでお父さんと結婚し、そのあとすぐに死んじゃって。結婚してるからお母さんの連れ子である僕は父さんの息子にはなったんですよね。でも血は繋がってない。その父さんが8年ぐらい前に再婚して、今は母さんと父さんと弟と住んでます。ね、ちょっと複雑でしょ?」

 困ったように笑う涼治に拓也は自然と寄っていた眉間の皺を伸ばした。

「なるほど、お前がリリーサーになるわけだ」

「どういうことですか?」

 聞き返す涼治に、今度は香奈が口を開く。


「リリーサーは、自分の事を言えない人がなりやすいから。レセプターは自分の周りにいるそういう人を助けたいって思うとそうなるし」

「ふたりでよく遊んだんじゃないのか?それこそ、小さいときから」

 拓也の言葉に、涼治は頷いた。

「お隣さんって、強いですよね。僕が引っ越してきたのは父さんの再婚少し前だから、5つぐらいからジュンとは遊んでたんです。ジュンは4つぐらいからおじさん達といるから……長いですよね」

 気が付いたら、お互いに考える事がわかるようになってました、と涼治は続けた。


「でも、ドラッガーが見えたのは、今日が初めてなんですが……」

「隠れリリーサーとレセプターは、いつでもドラッガーに目をつけられてもおかしくはないんだって。お兄ちゃんの受け売りだけど」

「たまたまそれが今日だった、ってだけだろうな」


 でも、と涼治は不安そうに2人の高校生を見上げた。

「僕たち、家族に迷惑かけませんか?」

 2人の高校生は顔を見合わせる。そして、少し言いにくそうに拓也が口を開いた。

「……二人の家族には、連絡がいっているはずだ。リリーサーとレセプターは、まだ未知な事が多いから、いろいろと協力してほしい、と頼まれるはず」

「ドラッガーから身を守る方法も教えてもらえるから、2人は普通に学校に行けると思うよ」

 私たちもそうだしー、という香奈に涼治は頷いた。


「それでも、ジュンに負担になってないか、少し心配なんですが」

「じゅんじゅんと同じレセプターとしていえるのは、そういう気持ちが溢れてるほうが負担になるから、気にしない方がいいよー」

「え?」

 ぱちくり、と驚きを隠せない涼治に、拓也は苦笑を返した。


「リリーサーからレセプターへの感情も、さっきの例で話していた「受け渡される情報」になるんだ。俺も何回か鮎美姉さんに迷惑かけたな」

「え、めんどくさい」

 思いきり顔をしかめる涼治に、拓也は笑顔になる。

「お前、やっと本心出したな」

「はい?」

「やっと余所行きじゃなくなったな」

「リリーサーはあんまり表裏無い方がいいよ?感情や思ったことが違うと、またいろいろとレセプターに負担になるから……」

 香奈も苦笑しながら付け加えた。


 涼治はしばし呆けた後に、苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「そのつもりは全くなかったんですけど、そう見えてたんですね……」

「何事も経験だよー」

 香奈の間延びした声が部屋の空気に溶けた。



 あれから数日が経った。オレもリョウも、その後特に問題なく過ごしてる。

 けど、放課後に先輩である4人にいろんなことを教えてもらう日々、って方が表現としては正しいのかもしれない……。いつ、またあいつが来るか分からないから。今まで無意識のうちに使っていた2人の間の会話をやめないといけないってのが実は一番きついな、って感じている事だったりするんだよな。

「ジュン、どこ見てるんだ?」

「ん?」

 あ、そっか。さっき授業終わったからがやがやしてんのか。


「いや、空見てた」

「空?……うげ、雨降りそうじゃん」

「だよなぁ、部活なくなるかなぁって考えてた」

「その前に俺は家に帰れねーよ!傘持ってきてねー」

「ドンマイ」


 オレの思考とは全く関係ないところで騒いでいくクラスメイトに軽い相槌をうちながら、オレとリョウの関係を考えてみる。

 幼馴染で親友。さらに言えば、お互いに肩身が狭い想いをすることも多いから、自然とよく相談するようになった。と言っても、普段は別にそれぞれの友達といるし、べったりってわけじゃない。ただ。


 ただ、何かあったときに、真っ先に助けを求めるだけ信頼している、って事、なんだろうな……。


 ……は?今の何だ?

 ぼんやりと見ていた目線の先がゆらりとカゲロウみたいに動いた気がした。オレの教室は2階だし、雨降りそうなんだから、ここでカゲロウとかはおかしいよな……。

「ま、いいか」

 オレは特に気にすることなく、そのまま次の移動教室に向けて席を立った。



 授業が一通り終わったから、ここから部活の時間になる。どんよりと立ち込める雲に、本当に部活があるのか?と思いながらサッカーボールを部室から持ち出した。カゴを引きずりながらひとつは手に持っている。

 その時、オレの持っていたサッカーボールが、宙に浮いた。


「は?」


 いったい。なにが。

 なにがおきてる?


 思考が、急に、細切れになる。繋がらない。なんだ、これ。

 なんで。なにが。どうして。

 オレは。いま。オレは。どこ。オレは。


 なに。


 な。なに。も。

 かん。が。え。られ。な。


「ジュン!!」



 涼治も、純平がカゲロウを感じたとき、彼のクラスから外を見ていた。確かに感じたのだ、純平が知覚した揺らぎを。


―僕の時と同じ。でも、今回の狙いは、レセプターである、ジュン。


 純平と2人であの4人から様々な情報を聞くことで見えてきたことがある。

 それは、狙われる側がリリーサーの時よりもレセプターの方が被害が大きくなる、と言われたときに気が付いた。


 ドラッガーの本命はレセプター。特に、レセプターがリリーサーとの無限機関にて増幅させた、その想像力と思考力。レセプターを探すために、リリーサーを探すドラッガーがいる。

『純粋にね、レセプターから得られるエネルギーは軽くリリーサーの10倍はあるのよ。それだけドラッガーも大きなものを送り込まないと、折角のエネルギーを受け取れない。だから、リリーサーを探すドラッガーを先遣隊として送ってヒットしたところの近くに「本命」を投入するの』

 だから、しばらく純平君の事を気を付けてあげてね。


 そう峰村が言葉をこぼしたのは、純平が先に帰ったとき。同じくレセプターである事から、峰村も香奈も注意していたはずである。その中でも一番若く、まだまだ柔軟な思考で可能性を有している、発見されたてのレセプターである純平は、狙われる確率が高くなるのだ。


 涼治も、頭ではわかっていた。

 分かっていたのだが、今、揺らぎを目の前にして立ちすくむ自分がいる。


―僕の時は、ジュンがすぐ近くにいたから僕に感情を返してきてくれていた。だから、僕もそのまま持ちこたえることができたんだろうな。

―でも、ジュンが狙われたとき、僕はどうすれば……。


 彼の手の中には、数日前に渡された野球ボールに見えるカプセルがあった。


 野球部員である涼治が、持っていて怪しまれないもので中に観測されたエネルギーを凝縮している。ドラッガーが現れたら笹本がやったように、そのエネルギー体を投げつけるだけなのだ。

 やることは簡単。ただ問題は。


―どのタイミングで来る?

 おそらく、純平は無我夢中過ぎて自分達が巻き込まれた時の状況をあまり覚えていないのだろう。

―いつもみたいに一緒に下校中だったからとっさに僕の手を取ってくれたんだ。

 それがわかっているからこそ、どういうタイミングで来るのか、それが知りたかった。


 しかし、そう願う時ほど事態は動かない。

 そう、感じ始めたときだった。


 雨が降りそうな空の中、野球部の部室から用具を引っ張り出す。1年生に交じって準備をする涼治は、優しい2年生として時々手を貸している。特に誰かに何かを言われることもない。

 その時、急激に音が消えた。


―は?


 周囲を見回すと、少し離れたサッカー部の部室あたりから1つのサッカーボールが宙に向かって浮かんでいく。スローモーションを見るような、ゆっくりとした上昇をした先、空の上にいたのは、自分を飲み込まんとしたドラッガーよりも大きなソレだった。


―ジュン!


 周囲の部員たちが何かを言っているが、一向に気にせず、涼治は走り出す。手に持つあのボールに、汗がしみ込んだ気がした。


―あれにジュンを連れていかれたらだめだ!

 それほど離れていないはずの部室前までの距離が、とても遠く感じる。もどかしい想いを抱えながらも、全力でそこに向かった。


「ジュン!!」

 曲がり角を曲がったところにいたのは、瞳に何も写していない純平がいる。体から力が抜けて自力で立っているのが難しい状況にある純平を、地面まで下りてきたドラッガーに渡してなるものか、と姿勢が崩れ落ちる前に抱きかかえた。それでも、ドラッガーに引き寄せられる。

 それはそうだ、純平の方が涼治よりも背が高い。男子中学生の身長差はそのまま、体格差になる。


 それでも、精一杯踏ん張って純平を支えながら、手に持ったボールをかまえる。

「お前らに、ジュンをやるもんか!ジュンは、僕と、大人になるんだ!」

 叫びながら、涼治は大きく振りかぶり、ボールを投げた。


 涼治の記憶は、香奈との会話が思いだされる。

『りょーくんにとって、じゅんじゅんは大事な兄弟、って感覚なんだね』

『はい?』

『血は繋がってない、でも最高の相棒で兄弟。そう感じてるから自分の想いを受け取って欲しくてじゅんじゅんをレセプターにしたんだね~』

『レセプターに、した……?』

『え、うん。リリーサーの自分の意識が、無意識に向かうから。だから家族とか自分の事を一番分かってほしいって相手が相棒になるんだよ。うちでいうと、お兄ちゃんがシスコンで私のこと好きすぎたのが原因』

『……僕が、原因?』

『そうだよ~。たっくんのところはね~、たっくんの初恋は鮎美さんなんだって。今じゃあ吹っ切れて普通に彼女いるけどね』

『それってつまり、その……』

『うん?』

『レセプターとして、他の人を開花させてしまう事もある、んですか?』


 香奈との帰り道だったはずだ。お喋りな女子高生は大胆不敵で少し困ることも多かったが、だからこそ聞けることも多い、と涼治が感じていた時の会話を思い起こす。

 香奈はこの質問に、何と答えたか。


―確か『自分によりふさわしい、と思う人と出会ったら分からないけれど、多分そのころには普通に目線で会話とかできなくなってるはずだよ~』って言ってた。

―今現時点では、そんな相手、ジュン以外にはいないんだ。だから。


「僕の相棒を、連れていくな!」

 投げたボールは狙いどおり、ドラッガーの中心に吸い込まれていく。

 涼治は反射的に抱えている純平の頭を抱き込んだ、そのタイミングで。


 視界が白く塗りつぶされた。


「うっ」

 眩しさに目をきつく瞑りながら光の氾濫が落ち着くのを待つ。時間にしたら数秒の事のはずだが、涼治には数分から数十分のように感じられた。


 明るさが通常通りになったところでゆっくりと目を開くと、もぞり、と抱え込んでいた純平の頭が動く。その様子にそっと腕を外すと、そこには顔を赤くした純平がいた。


「……めちゃくちゃ恥ずかしいセリフを、叫ぶなよ」

「現時点では、お前以上の相棒を僕は知らないから。代わりの人が見つかったら分からないけど、それまではお前だから相棒がいい」

 はっきりと言い切れば、膝をついて座り込んでいる状態の純平が耳まで赤くして視線を逸らした。


「ホント、恥ずかしいやつ」

―でも、ありがとう


 零れてくる本音の思考に、虚を突かれる涼治。

―何もわからなくて考えられなくなった時に、お前に抱えられたって感じた。

―お前から「行くな」「引っ張られるな」って聞こえて。

―それに返そうとしたときに、お前が叫んだ。


「だから、ありがと」

 立ち上がって恥ずかしさに赤くなりながらも礼をいう純平は、吸い込まれて消えたサッカーボールへと意識を移したようだ。


―こちらこそ。

 ぴくり、と純平の肩がはねる。

―僕の相棒になってくれてありがとう。これからも、よろしく。


 その思考への回答は、小さくうなずくことで返された。



 あれから2週間ぐらいが過ぎたけど、本命が1つぶっ壊されたから当分は大丈夫っていう峰村さんの言葉を信じている。

 リョウは相変わらず、相棒として隣にいる。


 今までオレは相棒って考えてなかったけど、確かにそれがしっくりきてるし、なんなら運命共同体だよな、とも思ってる。

 お互いに他のだれかが相棒としてよりふさわしいってなるまでは、このままなんだろうな。


 ドラッガーが本当に未来からきているのか、最近はその話をしてる。気になるんだよな、オレ達の未来だし。でも、笹本さんや峰村さんには、しばらく考えなくていい、って言われた。

『君たちはきっと、10年後のリリーサーとレセプターに関する第一人者になるわ。私たちよりもポテンシャルが高いし。だからこれからも関わるから、集中できるときに学校に集中してね』

『お前たちは、現在俺たちが知ってる中で一番若いリリーサーとレセプターなんだ。だから、尚更、少しだけ過保護にならせてほしい……って俺とかは思ってるわけ』

 って言われたけどさ、納得できるとは限らないだろ?


―今じゃないんだろ?

―まーね


 隣を歩くリョウに何を考えていたのかバレた。ま、別にいいんだけど。


―時が来たら、教えてくれるさ

―そーだな

「考えるだけ無駄か~」

「そうゆうこと」


 オレ達は、未来の事はわからない。けど、どこかの未来でドラッガーが生み出されているならば、そうならないような未来にしていけばいい。

「それでいいんじゃないか?あの人たちは、そういってる」

「信じてみるか」


 オレたちは、頷いた。このまま、新しく開けた未来に、進んでいくと確信して。



リハビリかねて書いてみた。思い浮かんだだけ、ともいう。

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