葵の手料理
陸さんの部屋に入ると、教科書やノート、参考書が広げられていた。陸さんはそれらをササッと片付けると、
「ご飯食べに行こうか。」
と言った。そう言えば、昨日から全然料理しないな。
「陸さん、料理はしないんですか?」
すると陸さんは一瞬止まってから、人差し指で頬を掻きながら言った。
「わ、私、料理苦手なんだよ…。」
洗濯物といい…。うん。家事、出来ないんだね…。
葵はクスッと笑って言う。
「じゃあ、私が作りますから、買い物行きましょう。」
陸はとても驚いている。
「え!葵、料理出来るの?」
「まあ、簡単な物なら。あんまり期待しなでくださいね?」
「やった!近くにスーパーあるから、早速行こうか!」
陸は上機嫌で準備をすると、葵の手を取って外に出た。
…やっぱり冷たい手…。
…って、て、手、繋いでる!
「あ、あの!」
葵は歩きながら慌てて言う。顔が赤い。「ん?」と陸が答える。
「て、手!」
手?繋いじゃダメなの?
あああ!そうだ!葵は難しいお年頃なんだった!!
「ご、ごめん!」
慌てて手を離す。葵は、「あ…。」と小さい声で呟いたが、陸には聞こえない。
言うんじゃなかった…
じゃなくって!いや、べ、別に手を繋ぐくらい友達同士でもやるし、いちいち言わなくて良かったのにっていう意味で!断じて繋ぎたかったわけじゃないから!!
「本当にごめん!」
陸は必死に謝る。葵の顔を覗き見るも、何を考えているのか読み取れない。
「なんて言うか勢いで?
でももう繋いだりしないから!ね?」
あれれ…。何か元気が無くなった?
陸さんは勢いで手を繋いじゃっただけで、別に私と手を繋ぎたいって思ったわけじゃないのか…。
雰囲気が悪いままスーパーに着く。
「あ、葵?何を買う?」
「陸さんの冷蔵庫には何が入ってるんですか?」
で、出た!葵の無表情!!陸が引きつった笑みを浮かべながら、「ええっと、何があったかなぁ。」と言うと、
「自分の冷蔵庫に何があるか覚えてないんですか?覚えきれないほど入ってるの?」
ああ、私、何イライラしてるんだろう。陸さんは何も悪くないのに…。
お、怒ってる!ど、どうしよう!
「た、多分ほとんど何も入ってないよ!だから、いる物全部買って?調味料も全部!!ああああと、お菓子とかいらない?!アイスとか!ジュースも買おうか?!!」
私が勝手にイライラして言ったのに…。
て言うか調味料はあったよ、塩とか砂糖とか。あとお菓子とかジュースで機嫌取ろうとするなんて…子供じゃないんだから…。
でも、私のために言ってくれてるんだよね…。
「ご、ごめんなさい。何かちょっとイライラして…。あんな言い方したかったわけじゃないんです。」
「え、いや、私がダメダメなだけだよ。葵はしっかりしてるから、私がイライラさせちゃったんだよね?ほらほら、お菓子とジュースも買おうよ!私このお菓子好きなんだよね!あとコレも!あとはね…」
私今、自然と笑顔になってる。
なんだろう。私のこと、否定したりしない。陸さんといると、心が暖かくなるみたい。
「ふふふ。じゃあ今日はご飯食べたらお菓子パーティーしますか?」
「陸さん、もうできますよ。お箸とかコップとか用意して下さい。」
いい匂いがしてきたなぁと思っていたら、キッチンから葵の声が聞こえた。私は「はーい。」と言ってお箸やコップを用意する。
並んだ料理を陸さんはジッと見ている。
な、なに?味噌汁でしょ、煮物にキュウリの浅漬けと、豚バラと白菜の餡掛けを作ってみたんどけど…。もしかして少なかったかな?嫌いなものがあったとか?!
ちょっと心配になって聞いてみた。
「ええと…できましたけど…?」
すると陸さんは、顔も目も料理を向いたまま、
「す…すごいね。こんなの、パパッとできちゃうなんて…。」
と答えた。私は少し恥ずかしくなって、「そ、そんなに見ないでください。早く食べましょうよ。」と促した。
「うん。いただきます。」
陸さんはソロソロと煮物を箸で掴み、ゆっくりと口の中に入れた。
ドキドキ…。
「お、美味しい。美味しいよ!葵!!」
陸さんは満面の笑みで言った。
よ、良かった。ホッとして私も「いただきます。」と言って食べはじめる。そうしている間も、「お味噌汁も丁度良い濃さだ。」とか「なにこれトロミがついてる…うま!」とか言っている。誉められて嬉しくない筈がない。
「ありがとうございます。」
と笑顔で答えていたが、次の言葉で飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになる。
「毎日お味噌汁を作ってもらいたいぐらいだよ!!」
「ななななに言ってるんですか?!!」
ニコニコしていた葵が、急に顔を真っ赤にして大きな声を出す。
あれ?私また地雷踏んだのか?でも怒ってるわけじゃないみたいだし、どうしたのかな?
「それくらい美味しいよ?」
くっ!!この人は!!
ふ、深い意味はないんだよね?!分かってる!そんなの分かってるし!!
「…どうも。」
うん。良かった。やっぱり怒ってはないみたいだ。うーん、それにしても美味しいな。もう全部食べちゃったよ。
「そう言えば葵、明日はバイトあるの?」
「明日は9時~15時までです。終わったら来ても良いですか?また夜御飯作りますから!」
「それは嬉しいけど、明日はご飯食べたらお家に帰るんだよ?次の日学校なんだから。」
すると葵から表情が消えた。
まただ。余程家に帰りたくない理由があるんだろうな。
「そんなに家に帰りたくないの?」
陸さんの声にハッとした。
頭が真っ暗になって一瞬呆然としていたようだ。陸さんが心配そうにこちらを見ている。心配かけないようにしないと。
「いえ!誰もいないので、ちょっとつまんないなーと思っただけです!」
嘘は言ってない。殆ど誰もいないのは本当だし。
「それよりお菓子パーティーしましょう!」
葵は食器を流しに置きに行くと、お菓子とジュースを持って来た。
目を合わせようとしない。
聞いて良いのかな…。
「あお…」
「食べましょう!…ね?」
「…うん、そうだね。」
いや、やめておこう。
いつか、葵から話してくれるまで待つことにした。
さあ、寝よう。今日も陸さんとは反対を向いて寝よう。…と思っていたら、
「葵?今日は腕枕は勘弁してね。」
という爆弾発言。え…
陸さんは電気を消しながら、申し訳なさそうに言っている。葵は頬を赤くしながら抗議する。
「べ、別に頼んでないし!」
「ええ…。覚えてないの?
昨日、寝たと思ったらこっちに寝返り打って抱きついてきて、「腕枕して…」って言ったよね?」
ベッドに入りながら言う。
「うっうそだ!!私そんなこと言ってませ…
《グィッ》!!!」
な、何が起こったの?!また私、陸さんに抱きついてるんだけど?!!
「だから今日は、肩に乗せてくれる?頭。」
「!!!!!」
しかも昨日より近い?!!!
いやいやいや!離れないと!
…でも、離れたくないと思う私がいた。
「じゃあおやすみ、葵。」
「…お、おやすみなさい。」
お、おやすみなさいっていっちゃったし!!どどどどうしよう。
…ああ、陸さんの匂いだ。落ち着くんだよね。
この匂い、何て表現したら良いんだろう…。
そんなことを思っていたら、いつの間にか私の意識は無くなっていた。