出逢い(2)
私は今、知らないオジサンから2万円を貰った。貰ってしまった。
どうしよう。お金が必要だとはいえ、やはりこんなのダメだよね。
「あの、やっぱり私、やめます。」
私が言うと、オジサンは優しい顔で言った。
「どうしたの?大丈夫。何も怖いことは無いよ。」
「…ごめんなさい。」
私は謝った。すると、今までニコニコしていたオジサンの顔が急変し、眉間にシワがよる。
「今さら何言ってんだ?!」
唾を飛ばしながらガシッと肩を掴まれた。こ、怖っ!しかも痛い。振り払おうとした時、
「金がほしいんだろ?」
…そうだ。私にはお金がいるんだ…。
私が諦めたように目をそらすと、オジサンは「行くぞ。」と言って歩き出した。
ああ、もう無理だ。さっきの感じだと逃げられそうにないし。今更ながら、会ったばかりの好きでも無いこんなオジサンとだなんて…。
考えたら、泣きそう。私はバカだ、今さら後悔するなんて。
「君、大丈夫?」
ちょっと低めの耳に心地好い声が聞こえた。声がした方を見ると、その話し掛けてくれた人と目が合った。薄暗いはずなのに、その人の目が凄く綺麗なのが分かった。
「あんたに関係ないだろ!」
オジサンが私の前に立った。肩を押されたその人は少しよろけた。私はオジサンに手を引かれて行く。
すると急に、私の手が、オジサンのゴツゴツした生暖かい手から、スベスベした細い手に握られた。冷たい手。
「嫌がってるんじゃないですか?」
もしかして助けようとしてくれてる?なんで?面倒なことには、首をつっこまない。それが大人なんでしょ?!
「金を受け取っているんだから合意の上だろ?!」
私は思わずビクッとしてしまった。軽蔑されたよね?もう、私のことはほっといて良いから。自業自得でしょ?
…驚いた。その人はこっちを向いて微笑んでいたのだ。優しい目で、少し悲しそうに。『君は本当にそれで良いの?』と言われているようだった。
どうしてそんな目で見るの?こんな大人、知らない。
…良いのかな。私、まだ諦めなくて。
私は繋いでくれている冷たい手をギュッと握って、
「か、返します!私返しますから!!」
大きな声で言いながら、鞄にそのまま入れていたお金をオジサンに突き付けた。
「はあ?!今さら何言ってんだ!!」
オジサンは凄い形相で近付いて来る。な、殴られる!私は目を瞑った。
しかし、カシャッという音がしたかと思うと、
「今の会話、録音させて頂きました。あと、あなたの顔の写真も今撮りました。このままお引き取り頂けない場合は、警察に通報します。」
と落ち着いた声が聞こえた。私は目を開けた。でも何も見えなかった。いや、正確にはその人が私を庇うように前に立っていたため、その人の背中しか見えなかったのだ。タ、タイミングが悪かったら殴られてたんじゃない?!それに、いつのまに録音なんてしてたの?!!
で、でも、これでオジサンも諦めてくれるかな?
「今後彼女に近付いても、同様です。」
こ、この人、助けてくれた上に、今後私にオジサンが何かしないように牽制してくれてるの?なんなの、この人、良い人過ぎない?
「な、…分かったよ!クソっ!!」
オジサンは睨みながらも、去って行った。
良かった。安堵した私は急に怖くなってきた。我ながら本当に情けないなぁ。その人は優しく私の肩に手を置いた。
「大丈夫?
…家、…だから、ちょっと上がって行きなよ。」
安堵と恐怖で、聞きとれなかったところはあるけど、どうも家で少し休んで行くように促しているようだ。
普通、急に自分の家に行こうだなんて、言わないよね?なに、やっぱり何か企んでんの?
でも、なんでだろう。この冷たい手を、離したくない。
その人は、何も言えずにいる私の手を引いて歩き出した。
ガチャ。
その人の部屋は、無駄な物の無いシンプルな感じだった。机に本がある。教科書?
変だな、社会人でしょ?その人が着けてるネクタイは、有名な製薬会社のもののようだった。
その会社は、国内トップクラスの製薬会社であるだけでなく、制服でも有名だった。スーツであれば何でも良いが、男女ともにネクタイが指定されているのだ。色は深緑と黒、もしくは紺と黒のストライプだったと思うが、その人は、後者に似たネクタイをしている。似ているだけかな?
その人を改めて観察すると、身長は170cm以上あり、スラッとした体に色白で、色素の薄いサラサラ髪は長めのショートカット。スッと高い鼻に二重のタレ目をした、誰が見てもイケメン顔の持ち主だった。
「どうぞ、適当に座って?」
そうこうしている間に、机の本は片付けられていた。取り敢えず座る。
「わ、私は、高崎 陸。君の名前は?」
[私]?お、女の人なの?!
こんなイケメン顔なのに?!でも、そう言われて見たら美人だ。いや、これはもう超絶イケメン美人!男女ともにモテるだろうなぁ。
「高校生?」
うわ、やっぱまずいよね、高校生がこんな時間に。しかもお金貰ってさ…。
「家はどの辺?送って行くよ。」
「…葵。」
話しを反らしたくて名前を答えた。
「え?」
「私の名前。」
「ああ、それは名前?苗字は?」
苗字は言いたくなかった。
「名前。」
「葵さん?家は…」
さん付けされるのが何だか嫌で、私は、
「あなた年上ですよね?さん付けじゃなくて良いです。」
「じゃあ葵ちゃん、家…」
「呼び捨てで良いです。」
なぜか呼び捨てで呼んでほしくて。うわー、私、感じ悪ぅ…。
「あ、葵は、家はどこ?送るよ?」
そんな私に、この人は優しく話し掛けてくれる。その優しさが信じられなくて、ちょっと困らせてやろうと思った。
「帰りたくない。」
「…。じゃあ、うち泊まる?」
うそでしょ!
冷静に答えようとするも、驚きは隠せない。
「良いんですか?」
「だって帰りたくないんでしょ?」
とか言ってくる。そんな素敵な笑顔で答えないで!
いやいや、私、何思ってんの。
でも、いつものように冷静沈着を装おうも、声を抑えるので精一杯だ。
「でもでも、私、高校生ですよ?さっき知り合ったばかりの。」
「構わないよ。ただ、親御さんには連絡するんだよ?」
それを聞いた瞬間、あの人の顔が脳裏に浮かんだ。頭が真っ暗になった。
あの人に連絡?要らないでしょ。
「それは必要無いと思いま…」
「ダメ。
電話が嫌なら、メールだけでも良いから。しないなら泊めない。」
なんでよ。どうせあの人は、私のことなんか気にもとめてないのに。
でも、なぜかこの人が言うなら連絡しても良いかなと思えた。私らしくないな。
「…。分かりました。」
私は母に、友達の家に泊まるとメールを送った。
「送りました。」
「お腹減らない?コンビニで何か買って食べようか。」
「…。」
「葵?」
「何も聞かないんですか。」
「うん。」
即答。なんで?普通聞くよね?良い人ぶって何か事情でもあるの?とかさ。
そうそう、説教したりとかさ。
私はこんなに混乱しているのに、「さあ、行こう。」とか言って立ち上がるし。
変な人。私はもう少しこの人を観察してみようと思った。どんなに親切を装おったって、いつかボロが出るに決まってる。私は、
「はい。」
と言って立ち上がる。
なぜか少し期待している自分には、気付かないようにしながら。