出逢い
アパートに向かって歩いていると、前の方で2人の影が見える。何か言い合っているようだ。
この辺は街灯が所々にしか無いため、良く見えない。
でも、何だか嫌な感じだな。そんなことを思っていると、話が終わったのか、2人がこちらに歩いて来る。どうも、男性と女子高生のようだ。女子高生は下を向いている。
すれ違う時、ちょうど街灯で彼女の横顔が見えた。その顔を見た瞬間、思わず声を掛けた。
「君、大丈夫?」
彼女はハッと顔を上げて私の方を見た。目に涙が溜まっている。先を歩いていた男性は、彼女の前に立つと、
「あんたに関係ないだろ!」
と私の片方の肩を押して、彼女の手を取って歩きだした。私はスマホのボイスレコーダー機能を作動させてから、走って追い付くと、男性の手から彼女の手を奪って言った。
「嫌がってるんじゃないですか?」
追い付いた場所も街灯の下だったので、男性の顔が良く見える。男性は捲し立てるように怒鳴った。
「金を受け取っているんだから合意の上だろ?!」
彼女がビクッとしたのが見えた。彼女は恐る恐る私の方を見た。私の顔を見た彼女は、驚いた顔をした。この子は何で驚いているんだろう。
こんな状況で冷静に思っている自分がいる。
すると、震える声で彼女は、
「か、返します!私返しますから!!」
と言いながら、鞄から2万円を取り出し、男性に渡した。
「はあ?!今さら何言ってんだ!!」
男性はキレているようだ。彼女の胸ぐらを掴もうと近寄る。私は2人の間に入ると同時に男性の顔をスマホで撮った。
「今の会話、録音させて頂きました。あと、あなたの顔の写真も今撮りました。このままお引き取り頂けない場合は、警察に通報します。今後彼女に近付いても、同様です。」
私が言うと、男性は、
「な、…分かったよ!クソっ!!」
と言って早足で去って行った。ふぅ、良かった。彼女を見ると、今はもう下を向いて目を合わせてくれない。さっきの涙を溜めた目を思い出し、声を掛けた。
「大丈夫?」
肩に手を置くと、彼女の肩は震えていた。私は考えるより先に、
「私の家、すぐそこだから、ちょっと上がって行きなよ。」
と言っていた。今さらだが、彼女の手をずっと握っていたのに気が付いた。そのまま彼女の手をひいて、家に帰った。
ガチャ。
私の家には必要最低限の物しか無い。実家を出て一人暮らしをしてみて、私はあまり物欲が無いということが分かった。そのため、机に教科書や参考書が置いてある以外は、大体片付いてはいる。
机の上の本を本棚に入れて、私は言った。
「どうぞ、適当に座って?」
彼女は黙って座る。
私は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに入れて持ってきた。彼女の前に置いた。
沈黙…。
今さらだが、私は極度の人見知りであることを思い出した。よくもまあ、あの時話し掛けられたものだ。驚きだ。ただ、彼女の横顔を見て、気付いたら声を掛けていたのだ。
沈黙は続く…。
「わ、私は、高崎 陸。君の名前は?」
「…。」
「高校生?」
「…。」
ええと…。取り敢えず親御さんが心配してるかもだから、
「家はどの辺?送って行くよ。」
「……葵。」
「え?」
「私の名前。」
「ああ、それは名前?苗字は?」
「名前。」
ええ…、苗字は?まあ、良いか。
「葵さん?家は…」
「あなた年上ですよね?さん付けじゃなくて良いです。」
「じゃあ葵ちゃん、家…」
「呼び捨てで良いです。」
ええええ…。
「あ、葵は、家はどこ?送るよ?」
「帰りたくない。」
「…。じゃあ、うち泊まる?」
彼女バッと顔を上げて、
「良いんですか?」
と聞いてきた。すごい驚いてるな。私は笑いなが言った。
「だって帰りたくないんでしょ?」
「でもでも、私、高校生ですよ?さっき知り合ったばかりの。」
静かに話してはいるが、目はかなり見開かれている。なんだか必死だ。割りと表情豊かなんだな。
「構わないよ。ただ、親御さんには連絡するんだよ?」
それを聞いた瞬間、彼女の表情は消えた。
「それは必要無いと思いま…」
「ダメ。」
私は彼女の言葉を遮った。
「電話が嫌なら、メールだけでも良いから。しないなら泊めない。」
「…。分かりました。」
スマホを取り出した彼女は、パパパっとうって鞄にしまった。
「送りました。」
「お腹減らない?コンビニで何か買って食べようか。」
「…。」
「葵?」
「何も聞かないんですか。」
「うん、さあ、行こう。」
私が勢い良くたち上がると、葵は呆気にとられたような表情をしていた思ったら、スッと無表情になって、「はい。」と言って立ち上がった。