某モバイルメッセンジャーアプリケーションの中のヤンデレさん
放課後、帰宅路を千鳥足で歩く俺は疲労困憊で今にもぶっ倒れそうになっていた。
体力的な問題ではない。精神的な問題だ。
「俺が何をしたって言うんだ……」
一軒家が建ち並ぶ住宅街で道路の真ん中を一人歩いている俺は、冬の見上げた位置にある太陽に、そんな独り言を飛ばした。
「はぁ」と何とも言えない溜息が、白くなって空へと消えていく。
……雅さんの乱入から、君谷さんの良いように全ての事が進んでいった……
『あ、友達ならラウィン交換しないとね!!』
『あ、え』
『ほら、これが九条くんのラウィンだって!』
『え、ちょ、勝手に』
『はぁ……はぁ……念願の海里様のライン……知ってたけどまさか合法的に海里様とラウィンを繋ぐことができるなんて……』
だったり。
『友達なら、席も近くにしないとね!! ねぇそこの君』
『えっ、あっ、ぼ、僕ですか?』
『そう君。悪いんだけど、この子と席変わってくれない?』
『え、は、はい。僕なんかの席で良ければ!!』
『ありがとっ!!』
『おい君谷。席を変えるのは――――』
『ごめんなさい先生! ダメなことなのは分かってるんだけど……今回だけお願い。ねっ?』
『~~!!/// し、仕方が無いな。今回だけだぞ……』
『やったぁ!! 先生大好き!』
『~~~~~~!!///』
『はい、氷ちゃん! 今日からここが席だよ』
『ムフフ……海里様との最短距離記録更新達成……』
だったり。
『友達なら下校も一緒に帰って当たり前だよね!!』
『か、海里様と……一緒に下こくぁwせdrftgyふじこlp』
『あ、あれ? 氷ちゃん? 氷ちゃーん』
だったりとまぁ……一日で距離縮めようとし過ぎだ君谷さん!!
まだ普通に喋ったこともねぇのよ!! なのに席を隣にしたり一緒に下校しようとしたり……
こっちの精神はズタボロだわ!!
因みに、席を変えさせられた隣の席の男の子が皆から賞賛の声で讃えられていたり、君谷さんに褒められていた教師が、覚せい剤を使ったような外道面していたのも、精神が疲れる要因である。
君谷さんは権力を私的に使いすぎだ。ほんと、美少女って怖い。
「……只今ただいまー」
合鍵で鍵を開け、薄暗くて誰もいない家に帰宅を知らせる。
途中玄関近くの立ち鏡を通り、『やっぱ俺魅力ねぇよな』と思いながらもリビングに鞄を投げ、一階の自室へと上がっていった。
「づがれ゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
汚らしい声を出しながらベッドにダイブする。
母さんが町内会の出し物で当てた『超超快眠マットレス』はその衝撃を全て吸収した。
特に意味なく明かりの付いてないシーリングライトを見つめる。
「…………」
今日は今までで一番濃くて良い一日だったんじゃないのだろうか?
突如、そんな思いが頭を過る。
そりゃ、確かに君谷さんが何をするのかは不安で意味分からないし、雅さんのヤンデレの度合いは犯罪者一歩手前……っていうか、モノホンの現役犯罪者なんだけども。
それを抜けば、俺は今回美少女と二人で話したり、美少女と友達になったりしているのだ。
ボッチの陰キャにこんなことが起きている。
……わりと良いんじゃないか?
よく考えれば、意外に君谷さんの行動はそこまで過激ってこともないし、なんなら陰キャに関わってくれただけで神だし。
雅さんに至っては、美少女にあれだけ好かれていると思うとちょっと照れくさいっていうか……
一番は、久し振りに友達が出来たのが、やっぱり一番嬉しい。
――ピコンッ!!
音のしない自室でラウィンの音が鳴った。ズボンのポッケからスマホを取り出して、受付が画面で誰からのラウィンかを確認する。
「………げっ」
噂をすれば何とやら。君谷さんからのラウィンだった。
フラッシュバックする今日の内容。
そうだ、俺がこんなにも疲れてるのはあの二人のせいじゃないか。一人になったせいで
……やっぱり、今日は最悪の一日だわ。さっきは笑えないことはないとか照れくさいとか言ってたけど前言撤回。
そこまで過激じゃない? 馬鹿か俺は。それは今日だけだろ。あの嗤みを思い出してみろ。
あれは人を弄ぶ奴の嗤い方だ。今後エスカレートしていくに違いない。
美少女にあれだけ好かれていると思うと照れくさい?
重すぎるんだよ。愛が。一トンは軽く超えてるわ。
今のはあれだ。何処か遠い場所行ったりした後、家に帰って寝ようと布団に入った時に、今日の出来事が恋しくなってしまうあれだ。
忘れよう。
俺は嫌々ラウィンを開く。
“君谷”『ヤッホー! 小悪魔系元気っ娘美少女の君谷 四音ちゃんだよーん!!』
あの人初っ端からはっちゃけすぎだろ。小悪魔系元気っ娘って……迷惑系悪魔の間違いじゃねぇの?
さて、どう返答しようか…………
俺はラウィン内でもちょっとだけコミュ障っていうか、親友と母さんしかラウィン繋いでないから出だしをどうすればいいのか分からないのだ。
思い出せ、親友と始めてラウィン繋いだあの日を!!
“九条”『こんにちは』
ま、まぁこれでいいか……。
既読が付いて数秒後、気を抜いていた俺を休ませないかのようにピコンッと通知音がなった。
“君谷”『あー、ラウィンでもこんな感じなのね……。まぁ、友だちも親友くんしかいないみたいだし無理ないけどね』
余計なお世話だ!!
“君谷”『で、私がこうラウィンで話し掛けたのは訳があって』
……だろうな。
“君谷”『氷ちゃんが家に帰ってから私に『海里様からラウィンくるかな?』てしつこく聞いてくるんだよ。だから氷ちゃんにちょっとで良いからラウィンしてくれない?』
えぇ……
“九条”『嫌だ』
“君谷”『そこを何とか!! 他人からラウィンくるかどうかをずっと聞かれてる私の身にもなってよ!!』
なんと、君谷さんは被害者だったようだ。
“九条”『そんなことを言われても、何送ればいいんだよ』
“君谷”『なんかあるでしょ。例えば……「明日一緒に登校しような!(キランッ)」とか』
どう考えたって俺のキャラじゃないだろこれ。陽キャのハーレム系主人公がやる奴だよ。
“九条”『キランはいらんてキランは。てか俺は内容じゃなくてなんて言うか……始め方? が分からないんだよ』
“君谷”『そんなのテキトーで良いって……』
テキトーって言ってもなぁ、どうしても話し掛ける時って不自然になっちゃうんだよな。
“君谷”『あぁもう分かった! 私が文送るからそれ氷ちゃんに送って!』
そうきたか。
それなら俺も無理に考えずに済むし、君谷さんの文で話し方を勉強できる。
ただ……
“九条”『えぇ、変な文じゃないよな?』
“君谷”『「雅さん、明日提出するプリントってやった?」』
“君谷”『これで良いでしょ?』
まぁ……これならいいか。
“九条”『……分かった』
君谷さんの一文をコピぺして雅さんに送る。……すご、一秒も掛からずに既読ついたんだけど。ずっと見てたのか?
親友も母さんも、ラウィンの返信はいつも十分後ぐらいにきてたから軽く驚いた。
“雅”『こんにちこ海里様奇異お天気ですね。私はやりました』
奇異お天気? あぁ、良いお天気か。恐らく間違えてうってしまったのだろう。
君谷さんのラウィンを開く。
“九条”『私はやりましたってきたんだけど、次どうすればいい?』
“君谷”『「俺ちょっと分からないところがあるから教えてくれない?」』
ふむふむなる程、そうやって話を進めていくのか。
“雅”『良いですよ。何処が分からないのですか?』
君谷さんに次の文を出してもらう。
“九条”『大問二のやつ』
“雅”『ここなら資料集の五ページを見た方が分かり易いですよ』
君谷さんのラウィンを開く。正直面倒臭くなってきた。
“九条”『なるほど、見たら出来た。雅さんありがとう。お陰で助かった』
“雅”『そんなことなちでふよ』
また誤字ってる。スマホに慣れてないのか? それとも……緊張してるのか?
どちらにせよ俺がやることは君谷さんの文をコピぺするだけだ。
“九条”『いや、雅さんは美人だし性格も良いし、それに加えて頭も良いとなると誰もが恋すると言っても過言ではない程に魅力的だよ』
“雅”『ありがとうございます』
君谷さんのラウィンを開き、コピぺし――
「あっぶねぇ!!」
俺の声が狭い自室に響く。いや、君谷さん油断も隙もありゃしねぇな。思わずそのまま雅さんに送るところだったぞ。
何が「どうだ? 他の猛獣に襲われるといけないから俺がそのホワイトホールを貰ってやろうか?」だ。
意味不明すぎる。
そんなことを言ってしまえばこれからの人生パーだぞ? この年で黒歴史生産して一生もだえ苦しむことになるんだぞ?
取り敢えず雅さんへの返しは『ごめん、今から用事があるから』で締め括られた。
スマホの画面から目を離して俺はもう真っ暗になった自室の天井を見上げる。
明日からはどうなるんだろうな……。
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「ポ、ポイントをくれぇ……………」
「死なないで師匠!! くそぅ! 二千ポイントさえこえれば師匠は死なずにすむのに! 一体どうすれば良いんだぁ!」
師匠を助ける(ポイントをつける)→優しい人だな!
師匠を見捨てる(ポイントをつけない)→非情な人だな! そんな人にはポイントをつけることをお勧めする!