学校のヤンデレさん
連載版は一、二話の文章が少し変更されております。短編版と矛盾点があるかもしれないので一話から読むことをお薦めします。強要は致しませんので。
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学校にて。
前の時間が体育だったこともあり、四時間目の国語の授業はいつもよりしんと静まり返っていた。
この静寂で耳にするのは、チョークの削れる音、シャーペンを動かす音、あと腹の音と寝息だけだ。
真夜中のような教室の中、俺は右斜め前の席に座る彼女を見る。白く腰まで伸びた髪を靡かす、後ろ姿でも分かる少女。クールビューティ系美少女の雅 氷である。
俺は雅さんに目を向けながら、先生の話も聞かず彼女への疑問を脳内に浮かべていた。
今日、雅さんは俺に話し掛けるどころが近付いてさえいないのだ。
いや、普通に考えれば喋ったことのない男女、それに俺はコミュ障オタクの陰キャだ。当たり前のことかもしれない。
ただ今回は話が違う。彼女が俺のことが好きだという確証があり、尚且つ明日から積極的にアピールするという言質も取っている。
なーのーにー近付かない。なーのーにー喋らない。
いや、別に俺は構って欲しいわけではないぞ? ただ、明日学校に首輪でも持ってこられたらどうしようとか妄想して六時間しか眠れなかった俺の気持ちも考えてほしいってことだ。
ロングスリーパーなんだぞこの野郎。
『キーンコーンカーンコーン』
あ、授業終わった。
チャイムが鳴り響いている最中に、寝ていた日直が素早く立ち上がる。
「起立! 礼――――」
「え、まだ途ちゅ――――」
「――――ありがとうございましたー!!」
「「「ありがとうございましたー」」」
その合図と共に一瞬にして賑やかになる教室。先生はチョークを手にしたままポカンとしていた。
ナイス日直。あの先生いつも話が長引くから嫌いなんだよな。さてと、
俺は弁当箱を取り出し、机に置く。俺の弁当箱は1600ccもある大きな物だ。周りのクラスメイトの弁当箱と比べるとちょっと大きすぎる気もするが、俺という存在自体が影が薄い故、気に止める人など誰もいない。
……雅さん意外は。
「…………」
そんなにジロジロ見ないでくれ。他人に見られて飯を食うのはあんまり好みじゃないんだ。
そう言葉にして言えたらどれだけ良かったことか。だが残念ながら俺はコミュ障なので容易に話し掛けることは出来ない。
もしかしていつも見られてたのか?
俺はチラチラとこちらに視線をやっては頬を赤らめている雅さんにソワソワしながらも弁当箱の蓋を開ける。
「おぉ……」
その中身に感嘆した。卵焼き、アスパラガスの豚巻き、芋の煮付け、ホッケの塩焼き、ほうれん草の煮浸し、白米、そしてデザートの大学芋。
バランスの良いそれらが色合い良く綺麗に揃えられている。
流石はマイマザー。食というものを分かっていらっしゃる。
持論だが、食とは、一種の芸術的作品だとも思っている。匂い、味、見た目、雰囲気、そして気持ち。その五つが完璧であってこその料理だ。
それを五年間必死に教えた甲斐があったな。
俺は零れそうになる涎を飲み込み、腹の洞窟へとホッケを放り込む。
その瞬間海の味で満たされる欲。口で泳ぐのは旨みが凝縮されたホッケ。すかさず白米に箸を動かす。
旨い……。今回の弁当はトップ10に入るくらい旨いな。何処のホッケを使ってるか、家に帰ったら母さんに訊いてみよう。
他のおかずにも手を付けながら思考する。弁当の美味さに箸は止まることなく流れ作業のように口へと運んでいった。
「あっ」
つい考え事をしていたせいか、白米を床に落としてしまった。重力に誘われた白米は、地面にべっちゃりとへばり付く。
あぁ……勿体ないことをしてしまった。白米の味は可も無く不可も無くといった感じだったが、それでも食通として食べ物を粗末にすると心が痛んでしまう。
俺はせめて机の上に置こうと腕を伸ばして――――
「えっ」
――――先に横から現れた手によって取られてしまった。
誰が取ったかを悟りつつも、確認の為に顔を上げる。
「…………」
「…はぁ……はぁ……」
雅さん。それ、落としたやつです。何ハァハァ言ってるんですか。
雅さんは俺の落とした米をポケットから取り出したパケ袋に丁寧に詰め込む。
俺はその様子を呆然と見つめることしかできない。
雅さんは「ん……」と満足そうな顔をしたあと、扉の前でスタンバってた君谷さんへと早歩きで近付いていった。
……いや、唐突すぎるだろぉぉぉぉぉ!?!?
えっ、ファーストコンタクトがこれぇ!? ちょっときつすぎない!? これ俺が昨日の件知らなかったら不信感しか抱かないぞ!? まぁ知ってても不信感はあるしそれに恐怖も追加されるけどね!!
雅さんが消えた扉に目をやる。扉の前で何か計画でも立てているのだろうか。正直いって美少女だとしても迷惑この上ないぞ。
はぁ……。ふと、雅さんにヤンデレのレベルを付けるならどのくらいになるのだろうかと考えてしまった。
普通のヤンデレではないのは確かだろう。いや、普通のヤンデレってなんだよって話なんだけど。
ほぼ初対面の相手の落ちた米を食べて満足するとか、彼女には羞恥心がないのか。
いや、あるのだろう。でなければ今まで関わってこなかった理由が想像つかないし、何より自分でヤンデレを治そうとしていた。
もしかして、抑制が効かないだけなのではないか?
だとしたらまだ可愛げが……ないわ。やっぱ無理。
それでも、多分根は良い子なんだろう、きっと。
でも方法があれっていうか、やり過ぎっていうか……
難しいな……
「……ねぇ」
ビクッ!!
冷たい音色に反射して体が痙攣を起こした。椅子から転げ落ちそうになるも何とか耐え、声を掛けた彼女に目を合わせる。
「な、なんだ……」
絞り出した言葉は威圧的な態度を連想させるのに対し、その声質は陰キャ男子そのものだった。
「…………」
「…………」
沈黙がその場を支配する。うーん、これは、照れている……のか? まぁ照れてても照れてなくても取り敢えず喋ってくれないかな? 喋らなきゃ何も始まらないと思うんだけど。
「あの……」
はい。
「……と……ち………ま……か……」
ん? とちまか? 声が小さい過ぎて聞こえなかったのだが。
すると雅さんは、顔を熟れた林檎くらい赤くしてまた君谷さんの元へと逃げていった。
……可愛い。――――ってそうじゃなかった。
扉の前で「アチャー!」と体全体を使ってやっている君谷さんを見るに、今のは君谷さんと雅さんさんの作戦だったのだろう。
そして恐らく、俺が内容を聞き取れなかったのを察して失敗を認識した。
ふふふ……俺の読心術も結構上達してきたんじゃないか?(してない) 最近授業中暇でやり始めたけど、案外楽しいんだな、これが。ま、どちらかというとアフレコみたいなもんだが。
俺は空になった弁当箱を包み直し、鞄の中へとしまう。肩を抜き、すっかり膨れてしまった腹を叩いた。
……ちょっと太ったか? 運動してないもんなぁ。
「えーとっ、九条くーん!!」
はい……? ハキハキとした声が教室全体に響き渡り、俺を含めた誰しもが声の方向へ顔を向ける。
大勢の人の視線の先で聖女と間違えられそうな満面の笑みを浮かべて手を振る彼女、君谷さんの顔は、俺にだけは悪魔が人の皮を被っておびき寄せようとしているようにしか見えなかった。