後ろの席のヤンデレさん
「ブッッッッ!!! ゴホッ! ゴホゴホッ!!」
そのカミングアウトに動揺し、口に含んでいたポテトが危うく変な場所に入るところだった。水で押し流し、高まる鼓動を必死に抑えつける。
俺はつい先程まで呑気に「好きな人って誰だろう。俺の知ってる人かな? もしかして同じクラスの奴だったりして?」なんて考えてた。
知ってる人なんてレベルじゃなかった。同じクラスメートなんてレベルでもなかった。
九条 海里。この特徴的な名前は俺の通ってる学校でただ一人。
―――今聞き耳立てながら、美味しくハンバーグを頬張っていた俺なのである。
「あーそうそう、九条 海里君。顔は分かるんだけど名前だけはどうも思い出せないんだよねぇ」
「忘れないでよ」
納得したように言う君谷さん。そしてそれに少し眉をひそめる雅さん。
一体どういった手違いで俺を好きになったんだろうか? 正直言って雅さんと俺はほぼ関わりがない筈だ。
強いていえばクラスが同じことくらい。でも席も遠い方だし、自分から話し掛けたことも、話し掛けられたことも皆無。
謎だ。それも今世紀最大の。
鼓動が鳴り止まないどうしよう。
「ご飯頼む?」
「うん」
あ、また君谷さん話そらした。まぁ気持ちは分かるよ。ヤンデレの治し方とか終わりないもんね。
って、はっ!!
俺、束縛される奴やん。いや、それもそれであり……なわけないな。冗談じゃない願い下げだ。
古今東西いつの時代もヤンデレは年中雁字搦めレベルで動きを制限してくるのが定石だ。
いくら美少女といえど、許容範囲というものがある。
元々友達も存在しないに等しい俺。
でもだからといって束縛されるのを良しとするわけではなく、推しのYuTube『MIちゃん』のグッズが捨てられたりライブに行かせてもらえないのはマジで困る。
……流石に俺の考えすぎか? ……そうだ。俺は今までアニメの知識でヤンデレのことを想像していた。
だが、アニメというのは誇張の多いものだ。現実ならそこまで辛いものではないのかもしれない……
「んーと、和風ハンバーグで」
君谷さんが店員に和風ハンバーグを注文していた。
和風ハンバーグは結構良いチョイスだな。
オリジナルの和風ソースと肉厚が凄いハンバーグの合わせ技はとても美味だ。
さて、雅さんは。
「メロンソーダ、トッピングで」
なにっ!? 思わず振り向いてしまった。そこには、メロンソーダを指差してキメ顔をしている雅さんが。
ば、馬鹿な!? あれは伝説の隠れ美食家『どん兵衛』さんのツイートを見てないと分からない筈だぞ!? まさか同類!?
「畏まりました。和風ハンバーグとメロンソーダトッピング付きですね」
「へぇ、あれって本当にあったんだ」
「やはり『どん兵衛』は最高」
『どん兵衛』さんの名前を知ってるってことはこの年で食の神秘が分かるか。人は見かけによらないんだな。
「思ったんだけどさ」
「ん?」
「氷ちゃんって結構ヤンデレだけど実際のところどのくらい相手のこと知ってるの?」
お、それは本人として気になる。
「九条 海里年齢17歳0か月21日生年月日2004年9月30日午前7時05分生まれ戌年乙女座身長168.09センチ体重56.32キロコミュ障ゲーム『ファイブナイト』が好き『美食家』で好きな食べ物エビフライ嫌いな食べ物なし趣味は『飲食店巡り』『小説』『アニメ』『漫画』最近読んでいるのは小説、『トッポの旅』漫画だと『トラヘホォン』最近見ているのはアニメ『リバーシブルトッポ』好きなお菓子は『ポッキー』好きなジャンルはダークファンタジー好きな漢字は『尊い』好きな数字は『5』最近の悩みは毛が多く抜けること学校での立場は『陰キャ』一日にトイレ平均五回隠していることは一日五回オ○ニーしていることしかも角オナ性癖はメイド眼鏡僕っ娘ツンデレ幼女属性早漏五秒で出るテストは全部平均以下偏差値は49ほど体育祭が嫌いで文化祭は普通一番は合唱コンクールカラオケが上手い毎回95点以上美声下痢気味憎き宿敵はアイドルのMIあと――――」
「分かったからもう止めて!! 人の性癖なんて聞きたくないよ!!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
凄い怖いんだけどこの子!? えっ、もう恥ずかしい通り越して恐怖しかないよ!!
バレてたの!?オ○ニーバレてたの!? 怖すぎて俺の息子がちぢこまっちゃったんだが!?
ていうか、俺の悩みとかどうやってしってるの!? 生まれに関しては俺も覚えてないし!!
あ、この人完全にヤンデレだよ!! アニメは誇張してなかったぁぁぁ!!!
これは本格的に避けないといけないかもしれない。
心の底からそう思う。
俺は日本人特有のイエスマンであるが故、告白されたら一発ケーオーだ。
「はぁ……ここに本人いたら確実に引かれてたね」
真後ろにいますよ。
「ここにいないよね?」
今探り入れるなし。
「いるわけ無いじゃんここ隣町だよ?」
ナイスフォローありがとう君谷さん。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
席を立つ君谷さん。そしてトイレへと向かって行き――
「あっ」
「あっ」
目が、合ってしまいました。石になったように、口の中のハンバーグを咀嚼している途中で固まってしまう俺。
それを、キョトンとした顔で見つめる君谷さん。
数秒後、さっと目を逸らすと、悪魔のような笑みを浮かべてトイレに入っていった。
俺はその様子を眺めながらハンバーグを胃に押し込むと、フォークとナイフを置いた。
一言いいだろうか?
やっちまったぜクソ野郎。
あーもっと注意しとけばよかった。そしたら伏せるなり何なりして隠し通せられただろうに。
軽く流してるけどこれ普通に聞き耳立ててたことバレたってことなんだよな。
君谷さんにバレたということは自然に雅さんにも伝わり、隠す必要がなくなった雅さんは、俺を無理矢理拘束。
俺は一生MIちゃんを眺められないように……
これは、美少女だとしても辛い。しかもこれ、今から起こりえること。
あぁ、ありがとうお母さんお父さん。もう会えないかもしれないけど一応美少女と暮らします。
はぁしかし、君谷さんの最後の笑み、あれは何の意味があったのだろうか。
なんか嫌な予感がするのだが。
「お待たせー」
俺が考え込んでいる間に君谷さんが戻ってきた。
「どうしたの? そんなニヤニヤして」
「いや、何も」
雅さんの疑問にとぼける君谷さん。ハンバーグ早く食べ終わろう。
最早味を楽しめない。また今度ゆっくり食べたいな。
「ねぇ氷ちゃん」
「なに?」
「もうヤンデレを治すのは諦めてもう素直な感情で接したらどう?」
「え?」
は? え、雅さんに俺のこと教えるんじゃないのか?
「でも四音も言ったじゃん。引かれるかもしれないって」
「でもさ、ネットで調べたけどやっぱりヤンデレは治るようなもんじゃないらしいんだよね。もう治らないんだったらいっそのことありのままの自分を見てもらった方が良いんじゃないかな?」
なんか雲行きが怪しい気が……
そこで彼女は決定的な一言を言い放つ。
「――――逆に海里くんに分かるように後をつけたりしたら、自然と氷ちゃんが海里君のことが好きだって分かってくっ付くことが出来るんじゃないかな?」
ッッッ!!?? そういうことかよ!!
俺は振り返り、君谷さんを強く睨み付ける。
君谷さんは少し視線を合わすと、ニタァとエロゲーをしている時の俺みたいな顔をした。
こいつ、俺が頼み事を断れないタイプだと見抜いたのか、ヤンデレに振り回される俺を見て面白がるつもりだ!! なんて卑劣!
いや、こう言ってしまうと雅さんが悪者のように聞こえてしまうかなんてイヤラシイ!! あの人は聖人の体に憑依した悪魔だったか!!
「なるほど押して駄目なら引いてみろってこと?」
「そうそう」
納得するんじゃない!! 絶対に引くから、それ絶対に引くから!!
そんな俺の思いは届かず、雅さんは決心したようにこう言葉にした。
「分かった!! 明日から今まで以上に積極的にアピールする!!」
ウッソォォォォ!!!!
なんてこったいオーマイガー。俺はヤバい人に目をつけられてしまったみたいだ。
君谷さんと雅さんという意味で。
いや、童貞のまま終了するよりは良いのかもしれないが。
俺は完食するまで気が気でなかった。