ヤンデレさんの憂鬱
今度、私は海里様と遊びに行くことになった。
あぁ、もうこの文を書くだけでも欲情してしまいそうだ……
私と海里様の二人だけで……ではなく、四音も一緒なのだが、如何せん私は二人だけの様子を想像してしまう。
あぁ、私はなんて嫌らしい雌豚なのだろう。この現状でまだ不満垂れるのか。高望みも良いところだ。
彼はこんな私と友達になってくれたというのに。まだ私は足りない、もっとよこせと愛を要求する。
これも私の性根なのだとしたら、いつか根本から消し去らないといけない。彼に迷惑をかけない為に、そして、私が彼と結ばれる為に。
今の発言に矛盾している、と思うかもしれない。
確かに、高望みだとか言ったのに最終的な目標が自分の私欲なのだから、ピンとこない人もいるだろう。
なので言っておくが、私は今の状況で満足しているわけでは決してない。
私は、彼に私への恋心を抱かせたいのだ。迷惑をかけてアプローチするのではない。
そこだけは勘違いしないで欲しい。
…それはそうと、遊びに行く時はどういった服装をすればいいのだろう……
「むぅ」
腕を組み唸る私。
ゴミの一つない床に広げてあるのは新品の服が何着も。
どれもネットショップの『misisippi』から速達便で取り寄せた物だ。
私は可愛いとか綺麗とかそういう価値観がない。
故にどんな服を着れば良いのか分からない。
なのでもういっその事なら全部買っちゃえと大人買いをしたのだ。お陰で学校の教室程ある自分の部屋の床は何処も彼処も服服服服。
しかも、テキトーに買ったせいで上下合わせられない服も多数ある。かんっぜんにミスった。
私は額に手を当てる。
こんなに買ったって着るのは一着だけ。ここまでの量、それも明らかにいらないだろというやつまで買わなかったらよかった……。
私は途方に暮れていると、背後のドアからノック音が耳に届く。
「いい」
簡潔に侵入を許可する。
「失礼します」
扉から現れたのは白い髭と髪を持った七十代の老人だ。目には片眼鏡が装着されており、如何にもな感じだ。
老人は無駄のない動きで服を踏まないように入室し、ゆっくりと大きい扉を閉める。
その際の音の大きさがほぼ無いに等しいことから、この老人がどれだけの時間この屋敷に使えているかが想像出来る。
「何?」
私は老人――執事のグレッグに振り向かず声を掛ける。
「はっ、氷お嬢様。塾の時間で御座います」
丁寧な口調で告げるグレッグ。だが、内容は私の好むようなものではなかった。
「今日はキャンセル。やる事がある」
「しかし、急にそう言われましても……せめて言うならば二日前にして下さいませ」
「…………」
顔を歪める私。
グレッグは私の思いが分かったようで、「そんな事で挫けて折られれば、求めるものも得られませんよ?」と、言葉を紡いだ。
「…………」
長くこの家に仕えているだけあって、グレッグは対応が上手い。
私は窓からの天気を名残惜しそうに見てから、扉へと歩き出した。
「予定は?」
「はい、今日は金曜日ですので学習塾二時間、ピアノのお稽古三時間ですね」
「ふぅん」
地味に時間が長い。私は心の中で舌打ちをした。
そんなことに時間を使って何になるというのか。
生憎私は雑学者にも、ピアニストにもならない。
望むのは、彼の妻の座。それに、それらが必ずしも必要とは思えなかった。
長く続く、廊下を歩く。
所々見受けられる絵や陶芸品はどれも歪な形を取っており、言うならばピカソの様な物だ。
それらは何がいいのか、私は全くわからなかった。
「お乗り下さい」
グレッグがエスコートし、黒塗りベンツの後部座席の扉を開けてくれた。
私は一言も言わずに黙って乗る。
グレッグは礼を言われるのは余り好きではないようで、礼を言ったとしても、「仕事ですので、当然のことをしたまでです」と返される。
一時期、それでも私は毎回グレッグに礼を言っていた時期はあったのだが、一ヶ月程経ったある日、グレッグの口からストップがかけられた。
それ以来、私はグレッグに礼を言っていない。変わっている人だなと、熟熟思った。
微かなエンジン音が聞こえ、窓の外の景色が変わり出す。
「グレッグ」
「はい、何で御座いましょうか?」
「今月中、時間ある?」
「私のでしょうか?」
「違う、私の」
「あぁ、はい。少々お待ちを」
赤信号で車が止まり、運転をしていたグレッグは手帳を手にする。
「今月でしたら、日曜日は全て空いております。土曜日は、ピアノのお稽古があるので空いておりません。あ、来週と再来週ならば空いておりますが」
「そう」
私はスマホのラウィンにその事を打つ。
“雅”『私の予定。日曜日は今月いつでも良い。土曜日は来週と再来週だけ』
直ぐに既読が付くということはなかった。落ち着け私。これは単にスマホを使っていないだけだ……。
一度スマホの画面を閉じ、肩を落とし気を抜く。
すると、ピコンッとラウィンの通知音が鳴った。
「っ!」
気を張り直し座りながら前屈みになって確認する。
“君谷”『オッケー! 私はいつでも良いよー』
「なんだ……」
四音か……
また私は気を抜いた。それと同時に溜息も出る。
私は何をしているのか。
まだそんな関係になったわけでもないのに、なるかもしれないと期待して、心の底ではもうなっているとも思っている。
自分でも正確な気持ちは分からない。心の扉を開けない。
どうすれば、自分を知ることが出来るのだろうか?
「着きました」
グレッグは駐車場に車を止め、私に声を掛ける。憂鬱な気持ちになりながらも外へ出た。
「それでは、八時半には迎えに参りますので」
「ん」
それだけ言うとグレッグは帰って行った。これが終わってからもピアノがあると思うと……
「……面倒臭い」
※※※※※
「やっと終わった……」
塾二時間ピアノ三時間。それを全部終えた私は消えるような声で呟いた。外の景色は暗く染まっている。
「お疲れ様です。氷お嬢様、どうぞオレンジジュースです」
横に座っていたメイドがオレンジジュースを渡してきた。オレンジジュースを渡す為だけについてきたのだろうか?
疑問を浮かべながらもそれをゆったり飲む私。
……あ、これいつものじゃない。
「まっちゃんのオレンジジュース?」
「はい、いつものリオン限定百パーセントオレンジジュースは売り切れておりまして……」
そっかぁ、ま、いいや。まっちゃんも普通に美味しいし。嫌いなことがあった後のジュースはどんなのでも格別に美味しく感じる。
私はジュースを飲み終わると、スマホの画面を開いた。
“九条”『俺も大体は行ける。ただ、再来週は日曜日が無理だ』
“君谷”『うん、じゃあ二人とも、来週の土曜日なんてどうかな?』
“九条”『それで良い』
「か、海里様だぁ……」
意図せずして顔が蕩けてしまう。もう文を見ただけで彼を感じられる。私は海里様に認めてもらえてるんだと、意識してもらえてるのだと知れる。
地獄が終わった先にこんなサプライズが用意されてあるのならば、私は自ら地獄を制覇しに行くだろう。
私はラウィンで『良い』と送った。
「御友人方、ですかな?」
バックミラー越しにグレッグが私に問い掛ける。
「ん。最高の友人。いや、そんな事自分で言うのも烏滸がましい。そう……彼は私にとっての、心を癒すオアシスなのだから……」
あっ、口が滑った。
「グ、グレッグ。今のは忘れて」
「なる程なる程。心を癒すオアシス……その彼と一緒に通えば、塾もピアノのお稽古も、剣道も、アーチェリーも、もっと時間を延長しても宜しいでしょうかな?」
「えっ」
思わぬ提案だった。確かに……塾とか稽古は嫌だけど……海里様と一緒なら!!
「なんて、嘘ですよ。は――――」
「グレッグ。お金用意して。その提案可決」
「…………えぇ?」
_______
「どうしよう、何処に隠せば…………」
「そうだ、タンスの中に…………駄目だ、入らない…………」
「なら、冷蔵庫の中に…………駄目だ冷蔵庫が臭くなる」
「押し入れの中…………押し入れなかった」
「もうトイレでいっか…………」
ギューギューガチャッグロロロロ
「良かった、流れた…………」
数分後の師匠
(あれ、何でわし水に流れてるの?)
警察を呼ぶ(評価とブックマーク)→正当な判断だね!
師匠を◯す→同罪だよ!! 無実になりたければ評価とブックマークをするがいい…………
 




