ヤンデレさんの勘違い
体中、心をも浸食するかのように悪寒が走る。頭の中で何かが蠢き、グラグラと世界が歪んで見えた。
ぼんやりとした視界、靄がかかったような脳で眺めて、心の中で呟く。
……私って、こんなに脆かったんだ。
たかが、友達になってくれなかっただけである。
別に寝取られたわけでも、彼に好きな人がいたわけでも、彼女がいたわけでもないのに、こんなにも震える。
こんなにも、人生がどうでもよくなる。いや。
…………違う……
――この状況だから、今の行動をしているんだ。
恐らく、もし私が上のような場面に遭遇した際は、違う言動をとっていたと思う。
それは、人を傷付ける行為であり、自分勝手で横暴な私の良くない部分を曝け出してしまう最低な結果になってしまうだろう。
もしかしたら、彼を殺して私も死ぬなどという最悪の結末を迎えることだって私なら有り得るのだ。
明確な根拠はない。でも、本人がそう思うだけでも十分根拠にはなるのではないか?
自分のことは、ある程度知っているつもりだ。
中でも私の愛が可笑しいということも誰よりも知っていると言い切れる。
自分自身を責めている今はまだ良いほうなのだろう。いや、迷惑かけるよりはよっぽど良い。
私はぐしゃぐしゃになった顔を洗面所で洗う。そして、力の限り頬を叩いた。
ネガティブに考えてしまうのは私の悪いところだ。
物事を勝手に不利なように考え、勝手に泣いて、勝手に他者を巻き込んでいく。
これは自身が問題視していたヤンデレよりももっと問題だろう。
そう、ポジティブに考えれば良い。取り敢えずふて腐れなければ私の欠点は改善すると思う。
私にはまだ可能性が残っている。
私の未来の夫を掴み取る為には、こんな始まったばかりで挫折していたら駄目だ。
「よし……」
トイレに逃げ込んでよかった。
冷静に考えられる。
今度こそアプローチしよう。
錆び付いているトイレの扉をゆっくりと開けていった。
「あれ……あの子……」
「確か一年の……」
二年生が使うことのない、三年生の教室が並ぶ、薄汚れたトイレから出てきた私は、嘸かし不思議に思われたことだろう。
年齢差の上下関係が激しいこの学校では無理もない。私は臆することなく廊下を堂々と歩く。
因みに、このトイレを選んでいたのは単に人に見られたくなかっただけである。
自分のクラス、『一年豚組』の教室に辿り着く。真っ先に、海里様の席に視線をやるが――――
「……いない……?」
彼はそこにいなかった。どういう事? 彼はいつもこの席から自分で移動することはない。
そして彼はクラスでも空気のような存在。彼を呼び出す人物なんている筈が――
いや、いる。
「……四音」
疑いを掛けている彼女の名前を無意識に呟いていた。……何か嫌な予感がする。
彼女とは長い間共にいた。
だから、彼女の不規則さは誰よりも分かっているつもりだ。
「ねぇ」
「え? ど、どうした? 氷。お前いきなり喋り出して」
近くにいた男子生徒に声を掛けると、その人に喋ったことを驚かれた。
そんな驚かれる程喋っていなかっただろうか?
「……四音、何処?」
私にしてはとてもスラスラと言葉が出てきた。焦りが表面上に浮き出ている。
「四音なら……俺のクラスの生徒を連れて南校舎へ行ったぞ? そこからは……悪い、ちょっと分からない。なぁ、何があったのか見に行ってくれ――」
「――ありがとう」
すう告げると、走って南校舎へと向かう。
南校舎で四音が行きそうな所……人が寄り付くことがない所……家庭科室? 部室? 理科室? 音楽室? それとも――空き教室?
それだ。
私はスピードを極限まで上げる。そして南校舎最果ての空き教室へと着くと、開きっぱなしの入り口から中へ入った。
そして、その光景に息を呑む。
目の前が真っ暗になった。理解をしたくないという私の悲鳴を、他人事のように聞き取った。
使い物にならない思考を置いてけぼりにして、体はその真実を受け止め、次の行動に出た。
「―――音?」
冷淡な音色が教室を支配する。私に背を向けている四音も、状況は察したようだ。
赦せない赦せない赦せない赦せない。親友だと思ってたのに。海里様に手を出すなんて。
「あー、なぁに? 氷ちゃん」
悪びれる事無く振り向く四音。
「あー、えっと、そのぉ…………」
私の護衛用――海里様の身に何か起きた場合直ぐ対処できるよう――に常時持っている果物ナイフを見て言い訳を考えているのは一目で分かる。
この場で殺り合えば私に勝機があるのを身に染みて感じていることだろう。
「ねぇ、何をしてたの? 何で海里様とこんなところにいるの? 私がトイレに行ってる間に何があったの? ねぇ!! ねぇ!!!」
焦れったく思った私は脅す為に四音の首に果物ナイフを当てる。
例え彼女だとしても……赦さないッ!!
「ひぃ!!」
情けない悲鳴が聞こえた。四音を……今ここで殺さ――
「っ!! そ、そうだ氷ちゃん!! 朗報があるよ!!」
「……朗報?」
四音を前にしているのに殺気を薄めてしまう私。
「そうそう!」
朗報って一体何? 生半可な情報じゃ私の怒りに油を注ぐだけの結果になるんだけど?
それでも、もしかしてと次の言葉を待つ私。
「なんと九条くんが氷ちゃんとお近付きになりたいって!!」
「えっ……」
海里様が、私に……? 力の行き場がなくなった私の腕は、重力に従って下へ下ろしていった。
「ほんと……?」
「ほんとだよ!!」
「でもさっきは何も言ってくれなかったし……」
そう、あの時私は友達になることを黙秘という形で一度拒否されたのだ。
「ほら、あれは聞こえてなかっただけって言ったでしょ? 氷ちゃん悲観しすぎ。ほら、あそこに本人がいるんだから、聞いてみたら?」
そう言われて四音の指を差す方向を向く。
「……っあ」
愛しの彼が、ハッキリと私を見ていた。
「どうも……」
そして、声も掛けてくれた……! どんな時でも、やはり好きな人に見てもらえるというのは顔が赤くなる程嬉しい。
私の四音への殺意は一瞬で蒸発していった。
「か、海里様が私に声を……」
その感動を口から出してしまう。
そして、私は四音の言ったことは本当かどうか確かめる為に、彼に問う。
「あ、あの……ほ、本当に……友達になって……」
応えを待つ。私の心臓は今までにない程高鳴っていた。
「…………はい」
あ、死ねる。
「~~~~~~~!!!///」
と、何とか持ち堪えた。だが、頭の中は先の言葉でいっぱいだ。
へっ!? か、かか海里さささ様がわ、わわ私ととと友達にに!?!?
あへっ、へへへへぇ……
頬を引っ張る。ゆ、夢じゃない……。いきなりの海里様の告白。それは私の今までの気持ちを帳消しにするには十分過ぎる威力だった。
※※※※※
その後、帰り道に四音に話を聞いたところ、どうやらあれは海里様の本心を聞き出し易くするために人目のつかない場所を選んだらしい。
なんだ……私の思い違いだったのか。
そう考えると、なんだか四音に対して罪悪感が生まれてくる。
「もう! 氷ちゃんは思い込み激しいんだから~!!」
「むぅ……」
返す言葉が見つからない……
自分でテンション下げたり上げたりしてたと思うと……あああああああああああああ!!!
脳内摩擦で大火傷だ。
「四音……」
「んー?」
「ごめん」
四音のお陰で海里様と友達になれたし、ラウィンも交換出来たし、席も近くなった。それなのに恩知らずな私は四音にナイフを突き付けてしまった。
謝らなければダメだと思った。
四音は一瞬間を置いて、「いいよいいよ」と、気にしてないように言う。
本当に、四音が親友でよかった。そう再認識した。
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「でも師匠」
「なんじゃ?」
「カレーの具材でハヤシは作れないのでは?」
「なん……………………じゃと」
「勝った…………計算通り」
次回 主人公視点に戻ります。




