後ろの席の美少女さん
※R15 ボーイズラブ ガールズラブは保険です。この小説はフィクションです。
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俺は美味しそうな匂いが漂う店内を軽い足取りで角の席へと向かった。
辺りを見渡すと、お目当ての席が空いていることに気づく。
一人で来ているにしては、少々大きすぎる、家族連れが座るような席。
俺は壁を前にして座った。
そこにわざわざ座るのは、ちゃんと理由がある。
この店、『ブロンコドンキー』牛西支店には、ある噂があった。
何でも、その噂というのは店内の一番端っこの席の壁の反対側でメロンソーダを指差しながら店員に「トッピング付きで」と言うと、裏メニューである超高級A5ランク和牛ハンバーグが半額で食べれるそうだ。
正直なところ、ネットの情報なので半信半疑ではある。
だが、美食家の俺は試さずにいられなかったのだ。そして今日、学校終わりの平日午後六時二八分。
遂に確かめることが出来るのだ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ボタンを押して数秒、若い男性の店員がやってきた。見た感じあまり仕事に慣れていないようで不安になるが、意を決してメニュー表に指差す。
「メロンソーダ、トッピング付きで」
「……以上でよろしいでしょうか?」
――――伝わった。
直後感じたのは達成感。そして食すことができるという幸福感。それをしかと噛み締めながら「はい」と口にした。
足早に去って行く店員。
いやぁ楽しみだ。どんな味なのだろうか。ネットでは、天にも昇る心地と書いてあったがどんな味なのか全く想像がつかない。
俺は周りでも見ながら来るまでの暇を潰すことにした。平日ということもあり、人が少ない。
あの男性は仕事帰りだろうか? あそこの女性は、イラストレーターか何かの仕事をやっているのだろうか?
いつもならばそんなたわいのない風景に気にも止めないのだが、興奮のせいか世界が新しく思える。
すると、店の入り口から『チャリリン』と鈴の音が鳴った。
誰かが入店したのだろう。俺は自然とそちらに視線を移していた。
「へ?」
目を疑った。そこには二人の可憐な美少女がいたのだ。
片や金色の髪を短く切り揃え、黄色い瞳に垂れ目の美少女。片や、白い長髪をストレートに伸ばした、誰も寄せ付けない意思のある赤い瞳に切れ長の目の美少女だ。
その両者は、誰もが一度目にしたら離れられなくなる程の魅力を持ち合わせていた。
俺は、この少女たちを知っている。
俺の通っている学校、市立熊馬山羊高校では、二人の美少女が存在する。
君谷 四音と、雅 氷である。
君谷 四音は、運動神経抜群の元気っ娘系美少女だ。
誰とでも隔てなく接することが出来るという、性格も美少女な完璧人間である。……その分、散っていった華は万を越えるようだが……。
そして雅 氷。彼女は君谷 四音と正反対のツン百パーセントクールビューティー系美少女だ。
親友である四音以外には誰に対しても素っ気ない態度で対応し、あまり周りから、特に女子から好かれていない存在となっている。
だが、コアなファンが多く、ファンクラブも結成されているのが現状だ。
そんな突然現れた二人の美少女の影響で、俺の心臓は休む暇なく全力で働いていた。
どんな偶然だ、これ。この店学校の隣町の店舗だぞ? それなのにばったり出くわすとか、奇跡も良いところだな。
顔を少しだけ動かしてちらちらと確認する。
彼女たちは、段々とこっちに向かってきて……え、まってどゆこと? まさか俺に会いに来てくれたの? いやそんなわけないけど!!
状況が飲み込めず、思わずお冷やを飲んでしまった。その後俺の丁度真後ろに座ったのを察する。
俺の背後に学校一の存在がいることに、本気で神を信じそうになった。
「んーで、どうだったの?」
君谷さんが雅さんに問い掛ける。お、何の話するんだろう。
あまり良いとは言えないと思いつつも、俺は聞き耳を立てることにした。
「…………」
その質問に雅さんが出した応えは沈黙であった。その様子に君谷さんは「はぁ」と、あからさまに溜息を吐く。そして衝撃の一言。
「氷ちゃんの好きな人と話せたの?」
ブフォ!?
…あ、危ねぇ……。思わずリアルで吹いてしまうところだった。そうなればもれなく体が水で濡れ、聞き耳立てていたこともバレてジエンドだ。
「……無理、だった」
雅さんは自信なく呟く。
へぇ、でもそうなのか。あからさまに人を嫌ってそうだったからてっきりそういう感情も無いんだと思っていたけど、やっぱり年頃の女の子なんだな。
しかし学校一の美少女に思い人発覚!! とか、新聞部の記事にでもされそうな内容だな。悲しむ者が増えそうだ。
「やっぱりダメだったの? まだ一言も喋ったことないんでしょ? そんなんじゃいつまで経っても恋は実らないよ?」
「うぅ……でも……」
萎縮する雅さん。なんか、新鮮。学校ではずっとトゲトゲしてるからあんまりイメージ湧かなかったけど普通に女の子らしい一面もあるのか。
「あのさぁ、いくら氷ちゃんが美少女でもこっちからアタックしなかったら意味ないよ? 一生叶わない恋で終わっちゃうよ? それでもいいの?」
「それだけは……嫌だ」
「でしょ? なら何か行動に移さないと」
「もう行動には移したし……」
「おぉ、そうなんだ! で、何したの?」
「体操服の匂い嗅いだり下校の時後ろから後をつけたりバレンタインデーに自分の髪を入れたチョコを渡したり……」
「は?」
その場の空気がこれでもかというくらい冷え切った。
ヤンデレ属性かよ……。後をつけるとか完全にストーカーじゃん。犯罪だな、うん。
ご愁傷様です、名も知らぬ人よ。あ、でも性癖によってはありって言う人もいるかも……。
しかしバレンタインデーか……。そういえば俺去年から名前分からないけどチョコ貰えるようになったんだよな。
下駄箱の中に入ってて、味はなんか変だったけど嬉しかったなぁ。また来年も貰いたい。
「ねぇ……それ止めた方がいいよ? 逆に気持ち悪がられるって」
ガチトーンで正論を言う君谷さん。御尤もだ。
「うん……そう、だよね…………自分でも分かってる。でも、なんか止められなくて……これって禁断症状なのかな?」
禁断症状だわ。
「禁断症状だわ」
ハモった。
しかし思った以上にヤバいなこの子。これ美少女じゃなかったら人生終わってたぽくないか? いや美少女だとしてもやっぱり常識的にはアウトか。
「お待たせしました」
あ、忘れてた。
店員が『ジュワァァ』という音を立てるハンバーグを丁寧に持ってきた。おぉ、これはこれは美味しそうな……。
この数本のインゲンにハンバーグのタレを絡め取って……我慢出来ない。早速食おう。
一口目をパクり。その瞬間、脳に電撃が走る。
う、旨い!! 旨すぎる!! この食感!! 味付け!! 全てがマッチして他にはない美味しさが喉元を通り過ぎる!!
随分と馬鹿げた美味さだ。こんなの、他のハンバーグが食えなくなるじゃないか!!
俺の腕は止まらない。次から次へと口へハンバーグを放り込ませる。
この一時が、俺にとっての天国であった。
「ま、まぁ、本当にその人のことが好きなら今すぐどうにかしてその禁断症状を治すことをお勧めするよ」
「そう……でもどうしよう? 言っちゃえば私がそういうことするのってもうご飯食べるのと同じぐらいの欲なの。四音は大好物のご飯が目の前にあるのに食べちゃいけないって言われたら凄い食べたくならない?」
「なるほど……えぇ、じゃあどうすればいいんだろう」
「むぅ……」
「ん……」
後方から唸り声が聞こえてくる。尚、悩み事は大分危なかっしいものの模様。
「一回その人に会わないで過ごして、段々と距離を詰めていくとかどう?」
「……それもしかしたらストレスで私死ぬかもしれない」
ストレスって。
「まじか……。それじゃあ何とかしてその人を意識しないように……」
「それが出来てたら苦労しないよ?」
「だよねぇ」
また悩み込む二人。なんの関与もしてない俺からするとふざけた内容に思えるが、本人からするととても重要な話らしい。
もし俺が雅さんの立場だったらどうしているだろう? 現実味が少ない話のせいで想像することは不可能に近い。
「……そういやさ、氷ちゃんの想い人くんってなんて名前だったっけ?」
君谷さんは考えるのに疲れたのか、全く違う疑問を雅さんに問うた。
お、遂に聞けるのか。雅さんの好きな人。一体何年何組の誰なんだ?年末のグル○イ結果発表ぐらい楽しみだ。
「忘れたの? 前にも言ったよね?」
「ゴメンって! 影薄いから覚えられないんだよ……」
影が薄い? ってことは陰キャなのか? てっきり陽キャなもんだとばかり思っていたけど、陰キャだとしたら一体誰が雅さんの好きなひ―――――
「九条 海里様」