未だに名前が思い出せない
かつての俺がやっていたのは、神から与えられた領域で世界の種を育てていくというゲームだった。
神の手により直々に生み出された上級天使が下級および中級天使を従えて、幼い世界を食らおうとする侵略者から守りながら育てていき、手に入れたアイテムで領域を発展させまた新たな世界を育てる。
部下は下級天使5人から始まり、そのあと世界が巣立つたびに翼のゆりかごという場からランダム生成された天使をもらえる。
50人までは10人ごとに確定で中級天使が手に入り、この確定中級天使は希望すればキャラクリエイトできた。
天使が30人を超えると、中級天使の中から代理責任者というのを設定できるようになる。
パソコンでプレイするだけなら限られた選択肢から行動を指示するだけだったけど、アプリを小型端末にインストールすることで代理責任者と実際に会話できるようになる。
これこそが最も話題となったシステムだ。
電話で領地の状態を聞くと画面に表示されていること以上に細かい情報を確認でき、画面ではできない複雑な指示をだせた。
時には相手から連絡してくることもある。
あいつは自分以外に『俺』がまともに会話する相手がいないことを心配していてこのゲームを紹介したみたいだった。
そう、あれはゲームだった。
化石ゲームなんて呼ばれることもあったディスプレイ上でプレイするゲームだった。
なのに、いま、目の前にいるのは、間違いなくクロなんだ。
あいつにキャラメイクしてもらい『俺』が代理責任者にしていたクロなんだ。
前世、俺が最後に電話した相手。
「……クロ?」
口からこぼれおちたのははなんとも透明な音だった。
ゲームではいくつか用意されていたボイス、そのどれもとは違う。
声優のではない、これこそが生粋のボクの声なのか。
まぁボクから俺の声がするわけないものね。
「はい、シロ様」
あぁこの声は変わりない。
機械越しに聴いていた声だ。
親が亡くなってから、あいつが亡くなってから、ただこの声だけを唯一耳にする月日だってあった。
無意識に伸ばした手が視界にはいる。
文字通り透き通っている肌、幼くはないはずなのに小さな手のひら。
逆にそれを受け取ってくれた手の、なんてたくましいこと。
「心臓が止まるかと思いました。いきなり、これから死ぬからと連絡がきて」
「そんなこと言った気がする」
乾いている床?にボクを下すとクロは腰につけているポーチから柔らかなタオルを引っ張り出した。
ハンカチの4枚5枚でも入れればいっぱいになりそうなポーチだけど、容量はゲーム仕様らしい。
熟した桃に触るような柔らかな手つきだが一滴たりとも残してなるものかと強い意志を感じる。
高い体温から伝わる熱が心地いい。
「死ぬから後は任せた、なんて。なぜ私は今シロ様のおそばにいないのかと世界の壁を恨みましたが。こうして無事にお会いできてなによりです」
なにしろ長い長いながーい髪だ。
力強く髪を傷めないように丁寧に、矛盾した手つきがすごい。
1枚2枚3枚、どんどんタオルが追加されて消費されてく。
ゲーム特融の見た目無視した収納力、実際に見ると構造が気になる。
拭いて拭いてしけったタオルは胴体の炎に突っ込んで燃やして、いやタオル何枚あるの。
「リンは転生の準備だっていってたから、新しいく生まれるのだと思ってたのだけど」
「生れたではありませんか。今、こうして蛹から」
リンといった瞬間にクロの眉が歪んだあたり、意識がない間になにかあったんだろうか。
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