転生も事務的らしい
「――――」
むこう側とこちら側、一対一で対話するために区切られたカウンターと待ち人が座る椅子、何脚かごとによくわからないオブジェが間に置かれている。
座っている自分の頭よりやや上まであるこのオブジェ、上のほうが緑色…な気がするからもしかしたら観葉植物なのか?
螺旋を描く円錐だったりろくろで成形に失敗した茶碗のようだったりどっかの万博の名物みたいだったり一つとして同じものがないから最初のころはそれなりに楽しく眺めていられたけど、さすがに同じ場所にずっといるからもう見飽きた。
椅子に座っている待ち人はどいつもこいつも分厚い雲越しの満月みたいな靄ばかり、一応ヒトの形はしてるが……どこが肩でどこまでが首だ?あれ。
もっとも自分も周囲からしたら同じに見えてるんだろうな。
ほんの僅かも身じろぎしない靄もいれば貧乏ゆすりしてるのか小刻みに震えている靄もいる。
こんなとこはどこでも変わらないらしい、銀行でも役所でもこんなだった。
カウンターの向こうにいるのも似たような靄、ただこっちは薄い雲に覆われた太陽くらいは力がある、ように感じる。
あ、待ち疲れたっぽい靄が一つ暴れだした。
警備らしき靄に連れていかれるのを見送るのは何度目になるだろう。
「■■■■■■■」
カウンターから聞こえた声に目の前に浮かぶスマホサイズのアクリルみたいな板を眺めるが呼ばれているのは自分ではないようだ。
何も書いていないし呼び声には誰々と区別をつけるような単語もないのだけどなんとなくわかる不思議。
いつ呼ばれるのだろうか、いったいいつからこうしているのかわからない。
つい数秒前にきたばかりのような気もするし千秋たったような―――あー、だめだまともに頭が働かん。
まぁ観葉植物?に見飽きてるからそれなりに経ってるはず。
もしかしたら時計らしきもの一つないここでは時間の経過なんて存在しないのかも。
呼ばれたのであろう靄がカウンターへと移動する。
「■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■」
靄とカウンターの向こうの靄がなにか話している。
呼ばれた靄の言葉もカウンターの向こうの靄もどっから声がでてるんだか。
特に意味もなく板をつっつき、自然と耳に入ってくる音に耳を傾けながらひたすらに順番を待つ。
なんとなく同じ体勢いると疲れてきたので軽く伸びをすると警備靄がすっと目の前にきたけど、立ち上がらなければなにもしてこないのはわかっている。
あ、看板っぽいの発見。
□□□□□
案外死後の世界ってのは生きてる時とそう変わらないものみたいだ、それとも自分が無宗教だったからこんな感じなんんだろうか、もっとこう天国とか地獄とか、魔界、は違うな。
ヴァルハラってやつも死後にいくとこだったか?あれは戦士的な者のだったか?まぁ日本人なら…極楽浄土、あの世、根の国、黄泉、とかってところか?違いはわからないが。
享年37歳、世間一般からすればちょっと早すぎるってやつなんだろう。
生きようと思えば生きれたんだろうけどさ。
なにしろ死因は隣家の火事で、出火に気づいてからのんびり電話してたから。
逃げるのが面倒で死ぬことにしたんだ。
すべてを面倒だと思いながら生きてきた。
息をするのは面倒で――苦しいのは嫌だからしていた――
食事をするには面倒で――空腹が鬱陶しくてしていた――
寝るのはまぁよかった――勝手に時間が過ぎてくれる――
勉強するのは面倒で――しないとうるさいからしていた――
進学は、就活は、通勤は、労働は、全部全部面倒で、でもやらないとより面倒であったから、面倒と面倒を比べてまだましな方を選んで。
死にたいわけではないけど生きていたいわけでもなく、ただ苦しいのは嫌で、惰性で動く肉の塊と化していた。
なにか適応できてないと感じながら、一応コミュニケーション講座とか運動ジムとか自己開発セミナーなんてものに通って努力したこともあったけれどなにかが変わることはなかった。
そもそもこんな長考もめんどくさいとしない人間だったのだけど……まぁ、呼ばれるまでの暇つぶしさ。
そんな自分を心配してたんだろう、どんなに言ったところで変わらないことも理解した上で友人なんて呼んでくれた奴にあるゲームを紹介された。
それはフルダイブ型とかVRとかと言われるゲームが主流になって何十年もたった今では化石扱いされるディスプレイを見ながら操作するパソコンのゲーム。
――――なんて名前だったろうか。
いやいやいやいやいや?
いくら自分がめんどくさがりでもさすがに中学のころからやっているゲームの名前くらい憶えていたはずだが死んだ弊害というやつなのだろうか。
これは、少し寂しいものがあるな。
まぁとにかくパソコンゲームだ。
天使に指示を出して領地経営みたいなことをする。
あいつがやっていたのと同じ会社が出しているゲームでクレヨンや水彩画のようなふんわりとしたグラフィックが特徴で、オンラインでありながら課金させようという気がないとやや話題になるくらいのんびりしたゲーム。
プレイヤーの分身となるアバターのキャラメイクは面倒だったのであいつにやってもらった。
これをやっている間は不思議と面倒と思うことが少なく長々と続けられ
「■■■■■■■」
板にあっちにいけとばかりの矢印が表示された。
やっと呼ばれたようだ。
ちかちかと点滅しながら移動をせかす板を追いかけてカウンターの席に着く。
途中で待ちくたびれたらしい代われとばかりに靄が手だろうものを伸ばしてきたが警備靄が防いでくれた。
「お待たせしましたー」
座るとカウンターの向こうの靄が消え、どこか見覚えのある姿が―――。
「…………××?」
それはあのゲームを教えてくれた、あいつ。
口にしたはずの名前は耳に入る前に溶けて消えていった。
「命最後の手続きですので、生涯で最も親しかった方の姿でやらせていただきますー」
親でも弟でも高校の時の彼女でもなく、年に数回一言二言やりあうだけだったあいつがそうなのか。
あぁでも納得ではある。
むしろほかの奴だったら違和感しかないな。
「……めちゃくちゃ違和感。話し方はどうにも?」
「なりませんねー。中身は私ですので」
「そうか……」
「手続きが終わるまでの短い間ですがよろしくお願いします。私輪廻転生課のリンと申します」
あいつの姿でリンと名乗ったこいつは浮いていた板を回収すると四隅を引っ張った。
板は素直にみょいんとのびてかつてよく見ていたタブレットみたいになり、字であろうものがずらずらと表示されては流れ、それを見ながらリンはカウンターに箱を置いた。
一抱えほどのそれは上部に切れ込みがありコンビニのくじ引きでよく見るようなやつだ。
「これからたくさんのくじを引いていただきます。どの箱からいくつ引くかは生前の行いによって変わります。そしてひいたくじの内容を合算したものが転生先の初期設定となります」
気づいたら周囲の音は聞こえなくなっていた。
いや、音だけじゃない。
並ぶ狭いカウンター、見ていた時は隣を覗きこめそうなほどだったのに今ここには俺とリンだけ。




