表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

犬になった日向子は、倫太郎とともに日々を過ごした

 犬になった日向子は、倫太郎とともに日々を過ごした。


 登下校はもちろん、教室で過ごす際も、犬への恐怖を拭えない友人らのために倫太郎は日向子のそばにいた。友人に飛びつくなどのスキンシップが大好きな日向子だが、犬の姿では怯えさせるとわかっているのか、大人しくしていた。

 授業もきちんと自分の席に着き、無駄吠えすることもなく教師の話に耳を傾ける。

 二日目は体育の授業があったが、これも定められた場所に座っていた。体調を崩して見学していた女子生徒が、おそるおそる日向子に手を伸ばした。日向子は嫌がりもせず、頭を突き出し耳の裏をかいてもらった。撫でられ寝転がる日向子の顔は、実に幸せそうだった。


 学校から帰ると、日向子はまっすぐ倫太郎の部屋に向かう。

 倫太郎が本を取り出すと、日向子は大喜びで倫太郎の膝によじ登った。倫太郎はカーペットの上に胡座をかき、足の間に日向子を座らせる。大人しく座った日向子にも見えるように本を置けば、二人の読書タイムが始まる。

 読むペースは倫太郎が速かった。日向子が読み終えたら倫太郎の手を鼻先で押す。それを合図に倫太郎がページをめくる。冷たい鼻先が手に触れるたび、倫太郎の胸はくすぐったくなった。


 夕飯を終え風呂に入ると、二人はまた部屋に戻った。宿題を机に広げながら、倫太郎はオーディオにCDをセットする。


「このバンド、好きなんだ。このアルバムには学生時代を懐かしむ曲が収録されてるんだけど、歌詞がすごくいいんだよ。本間さんも聞くかい?」


 流れた曲の歌詞はすべて英語だったが、歌詞カードを広げた倫太郎が英語をなぞり、解説していく。

 興味深そうにふんふんと聞いていた日向子は、目を輝かせて語る倫太郎の顔をじっと見つめていた。


 休日を迎えても、日向子はまだ犬のままだった。

 勉強する倫太郎の隣に新品のベッドを置いてもらい、海外バンドの曲を聴きながら丸くなる。すぐそばでまどろむ日向子を横目で見ながら、倫太郎は何とか勉強に集中しようとしていた。その努力を無駄にするように、日向子は目を覚ますたび「撫でて」と倫太郎の膝に頭を乗せる。

 犬好きであること、日向子に恋心を抱いていること、それらが勉強の手を止めさせる。

 倫太郎の大きな手が耳の後ろや顎を撫でるたび、日向子の目は幸せそうに細くなった。


 週が明けた月曜日。先の週に日向子が大人しくしていたことが功を奏したか、友人もクラスメイトも犬の日向子に慣れたようだ。

 手つきや態度はまだおそるおそるの範囲を抜けないが、前ほどの怯えはなかった。


「ひなちゃん、吠えたりしないから偉いねぇ」

「追いかけてもこないし、賢いね」


 友人やクラスメイトがそう褒めるたび、倫太郎は少しだけ眉をひそめる。


「本間さんは人間なのに、ああいう褒め方は良くないと思うな」


 帰り道。

 倫太郎は日向子と歩きながらぽつりと呟いた。日向子は首を傾げ、倫太郎を見上げる。足を止めた倫太郎はしゃがみ込み、日向子と目線を合わせた。

 わしわしと日向子を撫でながら、倫太郎はもう一度「きみは人間だよ」と言い聞かせる。


「忘れちゃだめだよ、本間さん。きみは人間なんだ。犬じゃない。人間のきみも犬のきみも可愛いけどね」


 言い終えた倫太郎はハッと口をつぐんだ。じわじわと顔が赤くなる。撫でるのをやめ立ち上がり、倫太郎は「ごめん」と謝りながら歩き出した。


「今のは……その、ごめん。忘れてください……」


 耳まで赤くなった倫太郎を心配しているのか、それともからかっているのか。普段は大人しく倫太郎の横を歩いていた日向子だが、今日だけは倫太郎の足にまとわりつきながら渡部家までの道のりを歩いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ