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裏山から目映い光が差した

 裏山から目映い光が差したのと、校内にいる生徒が犬に姿を変えたのはほぼ同時だった。


 社で何があったか確かめるため、教職員の数名がすぐさまに裏山へ登った。

 数名は神社を管理する宮司に連絡を取るため職員室へ走った。

 あとの教職員は犬に変わった生徒を名簿と照らし合わせるため、パニックに陥りあちこちへ走り回る犬たちの捕獲作業に入った。


 真っ白なスピッツを捕まえて育館へ運びながら、年配の用務員が困り顔でため息を吐いた。


「いや、しかし、何年かに一度はこういうことが起こりますな」


 はは、と乾いた笑いを返すのはボルゾイを抱えたダミ声の体育教諭だ。


「隠してるわけでもありませんが、言えばますます面白がって山に登る奴が出るでしょうしなぁ。数年に一度で済んでるだけマシってやつかもしれませんよ」

「確かに。毎年肝試しで山に登られちゃあ、今頃校舎ごと祟られていたでしょう」


 体育教師に抱えられているボルゾイこそが、犬に変えられた倫太郎だった。

 図書室で本を読み終え帰宅しようと校庭を横切ったら、突然眩しい光に包まれ、目を開けると犬になっていたのだ。これでパニックになるなと言うのは無茶だろう。


 倫太郎はひょろりと背が高い。

 今の姿はそのひょろ長さを見事に反映した姿だ。しかも仔犬ではなく成犬だ。

 成犬のボルゾイがパニックになってもがいているのに、体育教師はびくともせず倫太郎を体育館へ運ぶ。体育館に着く頃には、倫太郎はもがき疲れて大人しくなっていた。

 体育館のひやりとした床に下ろされながら、体育教師の肩書きは伊達じゃないな――と倫太郎は密かに感心した。


 連れてこられた犬たちは名簿で名前を確認され、首に紙製の簡易な名札をぶら下げられ、クラスごとに分けられた。

 自分の名前を認識するのに精一杯だった倫太郎には、どの犬がどのクラスメイトかわからない。自分のクラスのグループに連れてこられた倫太郎はきょろきょろと日向子を探したが、犬の姿では、どれが日向子かわからなかった。


 ざわつく体育館に、携帯電話を持った新米教師が飛び込んできた。


「宮司さん、今から社へ行ってくださるそうです!」


 その一言で体育館にいた教師たちが安堵の空気を醸し出す。それらを敏感に察した生徒たちも徐々に落ち着きを見せ始めた。

 倫太郎の隣に立っていた担任が「これでひとまず安心だ」と胸を撫で下ろす。倫太郎が不安げに担任を見上げると、担任は皺の目立つ顔に微笑を浮かべた。


「今から宮司さんが裏山へ行って、校長先生や教頭先生たちと一緒に神様が怒りを静めてくださるようお祈りするんだ。たぶん、誰かが悪さをしたから祟られたんだろう。原因になった生徒も裏山にいるだろうから、一緒に謝ってお祈りするだろうな」


 もし倫太郎が犬に変えられていなければ、神様だの祟りだのは非科学的で現代的じゃないと眉をひそめていただろう。

 しかし今、こうして犬の姿になっている。

 事実は小説よりも奇なりとはこのことだなぁと、倫太郎は教師の説明に返事としてワンと吠えた。


 新米教師が駆け込んで、一時間ほど過ぎた頃だろうか。

 長い時間待たされ、生徒間に再び不安が漂い始めた。そわそわし出した生徒たちを落ち着かせようと、教師陣が毛皮に包まれた体を撫でたり、ハンカチやタオルで即席のおもちゃを作って気を紛らわせる。

 犬の扱いを心得た教師によって生徒らの気は紛れるが、それも少しの間のことだ。


 おもちゃを以てしても不安を紛らわせられなくなった頃、目を閉じずにいられない強い光が体育館に満ちた。


 光が消え、瞼を開く。倫太郎は自分の手を見つめた。

 クリーム色の長い毛に覆われていない。

 長い指がちゃんと五本そろっている。

 肉球はない。

 周囲を見渡すと、見慣れた制服や見慣れた顔を見つけることができた。倫太郎は再び日向子を探した。しかし見つけられたのは、一匹の柴犬だ。


「えーと……名札名札……。本間、日向子。本間だけ戻れなかったようだな」


 担任が名前を呼ぶと、柴犬は悲しげに鳴いた。日向子だけが、人間に戻ることなく柴犬の姿で床の上に座っている。

 新米教師が慌てて裏山にいる教師に連絡を取った。裏山にいる教師が宮司に替わり、新米教師は宮司の言葉に何度もうなずく。その声には明るさがない。通話を終えると、新米教師は青い顔で日向子にとって残酷な事実を告げた。


「犬の気質を持っているんだろうって、言われました。気質に祟りが馴染んでるなら、戻すのに時間がかかるそうです」


 柴犬のままの日向子はよろめいたかと思うと、その場でぱったりと倒れてしまった。

 友人らが「ひなちゃん!」と叫ぶが、誰一人触れようとしない。怖がる素振りと苦悩の表情を見せる。心配で今すぐ駆け寄りたいが、犬は怖い、と言いたげな顔だ。

 ほかにも犬が苦手な生徒が多いのか、結局日向子を抱え起こしたのは担任だった。

 目を閉じた日向子は呼吸こそあるが、意識はないようだった。担任は「仕方ない」と呟き、倒れた日向子を抱き上げようとした。しかしすぐに「うっ」と呻くと、慌てて日向子から手を離し腰に手を当てた。

 痛みに顔を歪めた担任は、情けない声音でクラスメイトたちに日向子を運ぶよう懇願する。


「すまないが、誰か運んでやってくれないか。ぎっくり腰が再発したかもしれない……」


 普段の倫太郎なら尻込みしてしまい手を挙げるなんてできなかっただろう。

 しかし今日は〝犬に変えられまた戻る〟という非現実が起きた日で、また〝休み時間に恋のライバルたちが次々日向子に話しかける〟というピンチが訪れた日でもあった。

 あの好青年たちに負けてたまるかと、倫太郎はスッと手を挙げた。


「僕が、運びます」

「渡部ぇ、お前そんなほっせーのに犬なんか運べるのかよ」

「ああ、うん、そうだな渡部。本当に運べるか?」

「家で犬を飼ってましたから大丈夫です」


 野次を飛ばす生徒や心配する担任にきっぱり言い切り、倫太郎は気を失っている日向子に近づいた。暴れられては困るので、起こさないようそっと抱える。

 脱力しきった体を抱くとずしりとした重みを感じたが、倫太郎は四階の教室まで、日向子を運ぶ役目を誰にも譲らなかった。

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