倫太郎たちが通う高校の裏には、小さい山がある
倫太郎たちが通う高校の裏には、小さい山がある。
課外授業で登る山だ。一年生はまだ登っていないが、授業以外で生徒が勝手に山へ入るのを禁止されていると知っていた。
その日、部活をサボった男子生徒が校舎裏でたむろしていた。
一年生が一人、二年生が二人、三年生が一人の合計四人が、壁に寄りかかったり地面にしゃがみ込んだりと思い思いの姿勢でぐだぐだと家庭での愚痴や教師への不満を打ち明けていた。
それぞれが溜め込んだものをすっかり吐き出し、校舎の陰になったそこに沈黙が下りた。沈黙を破ったのは、壁により掛かっていた三年の男子生徒だ。
「なぁ、裏山行かねえ?」
生徒だけで裏山に入ってはいけない。
教師はその理由を「危険だから」で片付けるが、実はそうではなかった。裏山の山頂には神社がある。この神社のご神体はひどく縄張り意識の強く、生徒だけ――厳密には許可を取らず入山することが禁じられている。
というのが、OBたちが語る〝生徒だけでの入山禁止〟の理由だった。
まことしやかに語られているが、入山したらどうなるかまでは語られていない。どうなるのかはOBたちも知らないからだ。
ただ、歴代のOBたちが「絶対に生徒だけで行くな」と怖い顔をして言うから素直にうなずいていた。
三年生の台詞に、一年生が「え」と不安そうな表情を見せた。
「裏山って……生徒だけで入んなって言われてますよね。行くんすか、マジで」
「何だよ、ビビってんのかよ。大丈夫だって。神様なんかマジでいるわけねーんだから」
渋る一年から二年の二人組へと視線を移し、三年の男子生徒は「お前らは?」と唇の端を持ち上げた。
「お前らもこいつみたいにビビって『怖いから行きたくないですぅ』って言うか?」
「そっ、そこまで言ってないじゃないすか! 行きゃあいいんでしょ行きゃあ!? 怖かありませんよオバケなんて!」
「オバケじゃねーよ神様だよ、バカ。祟られちまうぞ」
二人組が返事をする暇も与えられないまま、四人での登山が決定した。
裏山は、小さい山だ。
もう少し低ければ丘と呼ばれていただろう。制服でも楽々登れるなだらかな道を歩きながら、先頭を歩く三年生が「肝試しでもすっか」と楽しそうに言う。後ろを歩く二年生は「勘弁してくださいよ」と情けない声を出した。
「見つかったらヤバいですって、ほんとに」
「内申とか響いたらマジで困るんすよ俺ら」
「禁止されてる登山を勝手にやってんだからしょーがねーだろ」
愉快そうに笑うだけで、三年生はずんずんと先へ進んでいく。二年生は困り果てた顔でため息を吐き、一年生は青い顔で三人の後ろを必死に追いかけていた。
山頂に着くと、神社は確かにあった。長くそこに建っているのだろう。木目の艶などに貫禄すら感じさせられる。三年生はニヤニヤ笑いながら社の周りを一周すると、居心地悪そうに待っている二年生たちを社の裏手へ手招いた。
「見ろよ、これ。穴開いてら」
三年生が差す箇所は、社の壁の一部だ。細身ならばどうにか潜り込めそうな穴が開いている。穴以外に光が差す場所がないのか、社の中はどう覗いても真っ暗だった。三年生が「どーする?」と笑みを深める。
「誰が一番に行くよ。中のもん何か持って来ようぜ」
「マジでヤバいですって、やめときましょうよ!」
「ああ? うるせーなぁ。おい、二年の先輩は怖くて仕方ねーんだとよ。一年のお前が代わりに男気見せてやれ」
急に矛先を向けられ、青い顔をしていた一年生はますます顔を青くした。オロオロと視線をさまよわせ、二年生二人に助けを求める。しかし無情にも、二人組は一年生からサッと目を逸らしてしまった。
顔色が土気色になった一年生の肩に腕を回し、三年生は「大丈夫だって言ってんだろ?」と穴を指さし笑う。
「お前ならスルッと潜り込める。中に何もねーってこたぁねーだろうから、手を伸ばして触ったもの掴んで出てこい。たったこれだけだ。ビビるほどのことでもねーだろ?」
「で、でも……」
「何だよ、できねーのか?」
突然声を低め、三年生は「俺の言うこと聞けねーの?」と凄んだ。気の毒な一年生は助けてもらうこともできず、一人で社の中に入ることになった。
三人の先輩に見送られ、ささくれで制服を引っかけないよう慎重に潜り込む。
外が明るかった分、中に入るとさらに暗く感じる。夜でもここまで暗くないだろうという暗闇の中、手を伸ばしながらそろりそろりと歩いていく。
伸ばした手にヒヤリと冷たい何かが触れた。指で輪郭をなぞる。
丸く、薄い。
何だろうと首を傾げながら、一年生はそれを両手で掴んだ。引っ張ると抵抗があった。何かが引っかかっているのか、それとも何かにはめ込まれているのか。
一年生は腕に力を込め、思い切り引っ張った。抵抗が消え、一年生は丸くて薄い何かを胸に抱え尻餅をついた。
途端、生臭い風が顔に当たった。
一年生は悲鳴を上げると、穴から見える糸より細い光を目指して一目散に走った。
転がり出てきた一年生の様子にただ事ではないものを感じたが、三人は一年生が抱えているものを見て「やるじゃねーか」と見直した。
「それ、鏡か? ご神体ってやつかもな」
一年生が引っ張り出したものは鏡だった。剥き出しの鏡に青ざめた自分の顔と青空が映っているのを見て、一年生はついさっきまでの自分がおかしくなった。
――ただ暗いだけだったのに、何を怖がってたんだか。生臭い風も、風通しが悪くてどこか黴びたり腐ったりしてたんだろう。きっとそうだ。
納得し、ぷっと噴きだすと一年生はげらげら笑い出した。急に笑い出した一年生を見て二年生は薄気味悪そうに身を引いたが、三年生は一緒になって笑った。「やるなぁお前」と一年生の肩を何度も叩く。
突然、大きな音を立てて社の戸が開いた。
風はない。
中に誰かがいたわけでもない。
裏にいる四人には表の戸がなぜ開いたかはわからない。だがそこに何かがいるのはわかった。人ではない何かが、そこにいる。
声を上げたのは二年生だ。
「だから嫌だったんだ!」と叫ぶと身を翻し、来た道を戻ろうとした。しかし動けなかった。誰一人として、縫い付けられたように動けない。
目も眩むほどの強い光。それが、四人の生徒が山で見た最後の光景だった。