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麻婆豆腐

この作品も


いつも空を見ている②③


の番外編です。


暎万(えま)、お前今春休みだろ。」

「うん。」

「休みの間くらい、お父さんやおばあちゃん任せにしないで料理とか食器洗いぐらいしなさいよ。」

娘はテレビの前で寝間着で寝っ転がったまま、不満そうにこっちを見た。

もし、今が、午前で僕が作ろうとしているのが昼ごはんだったらまだ、何も言わない。

「お前、豚になるぞ。食っちゃ寝しやがって。」

僕が今、作ろうとしているのは夕飯です。娘は1日寝間着でいました。今日。

「お母さんだって、何もしないじゃん。」

「お母さんは働いてるだろ。お前は学生じゃないか。」

「勉強してるもん。」

「……」

この子も春樹も、子供の頃からいっつも周りにしてくれる人がいて……。

「今日はおばあちゃんもいないし。お父さんがいなかったらどうするの?」

「みんなでピザ頼むからいいもん。」

「……」

エプロン外して、腕まくりしてたのおろした。

「じゃあ、今日はピザでも寿司でもいいから、頼みなさい。」

靴を履いて外に出る。


自分が子供に、自分が子供の時にしたような寂しい思いをさせたくなかった。苦労も。だから、舅と姑と同居することを選んだ。でも、なんでだろうな。最近、やってもらうのが当たり前になっている息子と特に娘を見ていると、いらいらしてしまうことがある。

携帯と財布だけ持ってぶらぶらと歩きだす。

たまには家出でもするか。


千夏


「なんかさ、おかしいよね。静か?」

書斎でちょっと仕事してたんだけど、野生のかん?妙な違和感を覚えて二階からおりてきた。娘がテレビの前で転がっている。

「暎万、あんた、豚になるよ。」

娘がこっちを向いた。

「なに?」

様子がおかしい。

「どうした?お腹でも痛いの?」

「お父さん怒らせちゃった。」

「え?」

「料理しろっていわれて、やだっていったらさ。お父さんいなかったらどうするのって言われて、ピザ頼むからいいって言ったら、出てっちゃった。」

ちーん。

「お母さん?」

「お父さん、かわいそう。大好きな暎万にそんな冷たくされて。」

娘がちょっと殊勝な顔になりました。

「どうする?このまま帰ってこなくて、3人そろって捨てられたら。」

「おばあちゃんいるし。」

今、本気で娘をぶっとばそうと思ったわ。

すくっと立ち上がる。

「いい、暎万、お父さんがこのまま帰ってこなかったらあんたのせいだから。そしたらお母さんはあんたを許さないし、一生お小遣い0円ね。」

「えっ」

暎万の顔がひきつった。


全くもう。軽くはおれるものを肩にかけて、靴をひっかける。

子供たちはちょっとほったらかしにして、主人を探しに行きましょうか。

それにしても娘って、どうしてこうも父親に対して傍若無人になるのかね?わたしもお父さんに対してこんなだった?


愛されてるってことがあまりに当たり前で、忘れちゃうんだろうな。空気みたいにそこらへんにあるものだと思っちゃう。それで、何言ってもやっても許されるって思っちゃうのかな?

それもそれで幸せだってことなんだろうけどね。

たしかに、娘は父親に対して無敵だわ。


春樹


「なんか?なに?家の中からっぽ?」

祖父母は2人で出かけたけど、今日は珍しく父親も母親も家にそろってたはず。だけど、一階におりると、妹が一人でテレビの前で寝っ転がってた。

「お前、一日寝間着でいたの?」

「悪い?」

「女として終わってる。つうか豚になるぞ。」

眉間にしわよせた。暎万。

「3人におんなじこと言われたじゃん。」

「ん?なんの話?つうか、それより、なんで誰もいないの?父さんと母さんは?」

「お父さんは山へ芝刈りに、お母さんは川へ洗濯に……」

「……」

「行きました。」

「じゃあ、おじいさんとおばあさんは?」

しばらく考えている。

「いや、真面目にどこ行ったんだよ。」

「お父さんが家出した。お母さんはお父さん探しに行った。」

「家出?大人が?」

「うん。」

ちょっときまりわるそうな顔したよね。

「お前、なにやったの?父さんに。」

「ええっと……」


千夏


「どこいるの?」

「ええ?家出中だよ。」

携帯の声を聞く。普通の様子だった。

「楽しそうじゃん。」

「たまにはね。サボらないと。親も。」

「混ぜて。どこにいるの?今。」

「千夏さんもさぼるの?」

2人で笑った。電話の向こうとこっちで。


「なんか、こういうのずうっとなかった気がする。」

「あなたが来るならもっといいお店にしたのに。」

1人で飲んでた。樹君。

「このままどっか行っちゃう?わたしたち捨てて。」

「捨ててどこ行くの?」

「会社も辞めて、どっか別の街行っちゃう。それで、新しい人生。」

彼は優しい目をしていた。

「なんのために?」

「めんどくさい人たちから自由になるため、かな?」


明るい夕方。夕方から飲むなんて、なんて贅沢。久しぶりに樹君のこと、独り占めしてるじゃん。


「めんどくさいなんて思ったことないよ。一回も。」

「知ってる。」


グラスのお酒をゆっくり飲んだ。


「瑛万がね。」

「うん。」

「なにもすることないなら、料理や食器洗いくらいしろって言ったら、お母さんだってしないじゃんって。」

ちょっと温度下がりました。今。ぞくりとしたわ。

「ごめんなさい。」

「いや、そういうことが言いたいんじゃなくて。」

主人笑いました。

「君と自分を同レベルだと思ってるとこが、あの子は危うい。あなたは家の中ではのんびりしてるけど、家の外ではしっかり仕事してるじゃない。」

「うん、まあ。」

「学校の成績だって瑛万みたいなレベルじゃなかったでしょ?」

「うん。まあ、そうだね。」

「そういう現実が見えてない気がして。」

「でも、働くだけが女の幸せじゃないじゃん。」

樹君は、頬杖ついてため息をつきました。

「あなたのお母さんみたいに、ご主人のためにあちこちついてく殊勝さもあの子にはないよ。」

「好きな人ができたら変わるんじゃない?」

じっと見られた。じっと。

「好きって気持ちとかいがいしく料理したりする行動は……。」

「はい。」

「必ずしもつながらないと僕は身を持って知っている気がする。」

また、温度が下がりましたよね。

「昔、家のことやったりバイト行ったりしながら学校行ってたときはさ。」

「うん。」

「周りの奴ら、馬鹿にしてた。」

「うん。」

「でも、自分の子供は、馬鹿にも出来ないし、軽蔑もできないよ。」

「雷落としちゃえばいいじゃん。お父さんはこんだけ苦労したのに、お前らはって。」

樹君、真面目な顔してこっち見た。

「自分の感情子供にぶつけて、それで子供が成長するとは思えない。」

そしてつまらなさそうに、お酒飲んだ。

「それに、あいつ最近俺の言うこと全然きかないし。」

「別にそんな綺麗にお父さんする必要ないのに。」

けんかしてなんぼでしょ?親子なんて。

「俺、怖い。」

「なにが?」

「なんか、失敗すんの。父親なんて見様見真似でやってんだから。だって、俺、親父いなかったじゃん。自分が大きくなるときに。」

「ほんと……、真面目だなぁ。」

樹君は、わたしのほう見て笑いました。

「千夏さんは相変わらず泣き上戸だな。」

ちょっとだけ涙ぐんでしまった。

「でも、あの子だってほんとはわかってる。あなたの伝えたいこととか、心配してることとか。」

「そう?」

「あなたが怒らないから、思いっきり甘えてるだけよ。」

樹君はいまいち納得していない顔してる。

「あのね。今日みたいにときどき家出したらいいのよ。ぶつかるのが苦手なら。」

「どうして?」

「いつも無条件でそばにいてくれる人にふと離れられると、焦るもんよ。押してダメなら引いてみろってやつよ。」

そしたら不意に大笑いしました。主人。

「いや、なにに受けてんの?君。」

別にうけねらってないけど。

しばらく笑い続けた後にポツリと言う。

「いや、大昔のこと思い出しただけ。」

「なに?」

「あれは確かに効果があったな。」

「なに?教えて。」

でも、教えてくれない。

「帰ろ。」

さっさと会計済ませてるじゃん。

「えー!家出、終わり?」

盛り上がって来たところじゃん。

「気が済んだ。帰ろ。」

しかめつらしてたら、宥められた。

「また、今度ね。」

「いつ?」

「近いうちにね。」


ぷらぷら歩きながら帰る。家の近くでふいに彼、足止めた。

「クリーニング取りに行くの、忘れてた。先帰ってて。」

「はいはーい。」


家に着いて、ドアを開ける。ん?なんだ?この香りと思ってると、娘がぱたぱたと出てくる。

「あれ?なに?お母さん、1人?」

瑛万、なんか泣きそうな顔してるじゃん。

「え、いや……。」

「ほら、瑛万、どうする?」

春樹が奥から出てきてにやにやしながら言った。

「普段怒らない人ほど、一旦怒ると怖いんだって。」

「……」

「お父さん、帰って来なかったらお前のせいだかんな。」

瑛万が泣きそうです。


ばたんと後ろのドアが開いて、樹君が顔出した。

「なにやってんの?こんなとこにみんなで集まって。」

「……」

3人で樹君の顔見る。春樹はにやにやしてる。

「おとうさーん」

瑛万が裸足のままで玄関におりて、樹君に抱きついた。

「ごめんなさーい。」

ははは、泣いてるじゃん。久しぶりじゃん、この子が泣くの、見んの。

「ちょっと、春樹、瑛万になに吹き込んだわけ?」

「いや、俺は別に。」

意外と策士なんですよ。うちの長男。


それにしても、この香りはなんだ?

みんなをほっといて、居間に入る。

「あ、ご飯があるー。麻婆豆腐じゃん。誰が作ったの?」

「俺と瑛万で作ったの。」

「ええっ!」

わたしが騒いでると、樹君と涙目の娘が入ってくる。

「ね!2人で作ったんだってよ。すごいすごい。」

わたしがはしゃぐと息子が笑った。

「食べる?もう外で食べちゃった?」

「食べる。食べる。もちろん食べるよー。」


麻婆豆腐と白ご飯で4人、食卓囲む。

「おいしい。おいしい。」

「お母さん、酔ってる?」

息子は冷静。娘は、さっき泣いちゃったのが恥ずかしいのか、静か。樹君は普通そうにしてるけど、やっぱりちょっと嬉しそう。それと照れてるよね。

「なんかね。でも、お父さんが作るのとなんか味が違うんだよ。」

「ああ…」

樹君が口を開く。

「ファージャオが入ってないからだよ。」

「ファージャオ?」

「花に胡椒の椒でファージャオ。中国でよく使われる山椒の一種。」

「へ〜」

3人かぶった。ぷっと笑われた。

「なに?」

「いや瑛万と同じ顔してたから。」

娘と顔見合わせる。

「まあ、親子だからねえ。」


食事の後に、ほろ酔いで食器洗ってると春樹が寄ってくる。

「ねぇ、お母さん。」

「なにー?」

「お母さんもたまにはお父さんに料理とか作ってあげたら?」

「……」

酔いが覚めましたよ。

「今更……」

「お母さんがさ、仕事頑張ってんのは知ってるよ。尊敬してるしさ。」

「うん」


「でも、奥さんとして頑張ってることってある?」


思わず春樹の顔見た。にこやかだった。

にこやかだったけど、言ってることきついじゃん。


「世の中にはね、熟年離婚ってのがあるんだよ。あんまり今の関係にあぐらかいてさ、将来泣きを見ることになっても知らないよ。」


それだけ言うと、肩ぽんぽん叩いて行っちゃった。


いや、うちの長男は意外と策士なんですよ……。

そんで結局、男は男の味方なんだな。

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