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23/25

結婚詐欺













   23 結婚詐欺

     2020.11.06

    イレギュラーな番外編第3段最後です。










   













   片瀬大生かたせひろお












   

「ただいま〜」


返事がない。玄関あがって中進んで、リビングのドア開けると、青白い顔した暎万えまがいる。


「大丈夫?」

「だめ」

「なんか食べた?」

「いや。水だけ飲んでる」


しゃがみこんで奥さんの頬に手をあてる。


「グレープフルーツ買ってきたけど」

「ああ……」

「食べる?」

「食べてみる」


台所に立ってグレープフルーツを切りながらそっとテレビの前でクッション抱えながらぼんやりと前を見ている暎万の横顔をじっと見る。しばらくぼうっとしてから我にかえり、切ったグレープフルーツを皿に入れて運ぶ。


「はい」

「ありがとう」


のろのろとスプーンを動かす様子を眺める。


「どんな感じなの?」

「え?ああ、終わらない二日酔い」

「わかりやすい例えだな」


傍らで伏し目がちにしている顔をしばらく見た。


「なんか、ごめん」

「なんであなたが謝るの?」

「いや、俺が原因作ってるようなものだろ?」


無言でじっと見られた。


「原因って言い方は変」

「でも、2人の子供なのに、君だけつらくて俺は楽してる気がする」

「すぐ終わるよ。そしたら今食べられない分いっぱい食べる」

「……」


そしてまた、のろのろとスプーンを動かす。


「怒んないで聞いてくれる?」

「内容による」


このくらいの返し、もう慣れた。気にせず続ける。


「俺、お前に騙された」

「はぁ?」

「だから、怒んないで聞けって言ったじゃん。お腹の子に悪いよ」

「お前の家に挨拶行ったときさ」

「その話、長い?」


無視して続ける。


「お兄さんがイケメンなのは会ったことあるから知ってたけど、父ちゃんと母ちゃん見て、はれーと思ったのよ」

「……」

「なんつうか、お前の父ちゃんと母ちゃんとにいちゃんはさ、松なのよ。こう、1クラス上の人間?外見ね、外見」

「……」

「俺は竹じゃん。一般庶民。で、お前も竹じゃん」


暎万がぎろりと睨んでくる。


「竹が悪いんじゃなくってさ。松ってのは、こう芸能人みたいっていうか、かなりきれい?竹は普通にかわい。なんか、お前の家族と一緒にいると、俺って場違いじゃん。でも、お前は俺側だからさ。まあいいかと。でも、不思議だなーと思ったの。家族なのに、なんでお前だけ、竹?ってさ」

「なにがいいたいの?」

「俺、ずっと一緒にいて、暎万がこんなきれいな人だったなんて知らなかった。お前、痩せたら母ちゃんに似てるんじゃん」

「……」

「こんなに痩せたの、一回も見たことなかったから、マジで知らなかった。お前、ほんとはすげー美人……」


急に暎万は、食べていたグレープフルーツのスプーンを音を立ててテーブルに叩きつけた。

僕は驚いて、言葉を失った。


「ひろ君は、じゃ、今のわたしのほうが好きで、また前のわたしに戻ったら、嫌いになるんだ」

「え?そんなこと言ってないでしょ?」


そして彼女は目から涙を次から次へと溢れさせて泣き出した。


「え?なに?暎万。どうしたの?」

「ひろ君は、わたしのなにが好きなの?外見、それとも、中身?」

「そんな急に言われても。外見も中身も好きだよ」


泣いてる彼女を落ち着かせようと、抱きしめて、ティッシュを引き出して、涙を拭いた。


「わたしは外見で人を判断する人は嫌いなの」

「うん」

「だって家族はそんなことしない。家族は太ったり痩せたりしても、態度は変わらないもの」


そして、暎万は涙に濡れた目で僕を見た。


「わたしは家族がほしいの。ひろ君はわたしの家族じゃないの?」

「家族だよ」

「わたしが痩せたら、優しくなって、太ったら、冷たくなるの?」


胸が痛んだ。その怯えた顔を見て。


「そんなことしないよ」

「わたしはきれいなんかじゃない。わたしはきれいなんかじゃない」


ぎゅっと自分の胸に暎万のこと抱きしめて、彼女に見えないように少しだけ涙ぐんだ。


「僕は暎万の幸せそうに食べる顔が好きだから、それは太ってるとか痩せたりとか関係ないから」


何も言わずに彼女が泣いている。

人の体から押し出される涙は熱い。

その熱い涙が僕を濡らす。


「ね、ごめん。変なこと言って、もう二度と言わないから、泣き止んで」


そう言いながら、髪を撫でた。何度も、何度も。


前からなんとなく本当はわかっていた。


暎万はきっと、わざと太ろうとしているのだと思う。本人も気づかない無意識なうちに。

彼女は、大昔に、きれいでいることを放棄した。そして、女の人として生きることをやめてしまった。

それこそ、まだ、女の子だったころに。


そのきっかけを作ってしまったのは僕なんです。


彼女は、いつも太ろうとする。

そしてその太った彼女を受け入れる人しか、近づけようとしない。本当はきれいな人なのに、彼女は自分をきれいだとはこれっぽっちも思っていない。


そして、僕があなたをきれいだというと、泣いてしまうんだね。


女の人の普通の幸せを、僕は奪ってしまった。そして、その女の人と、僕は暮らしているんです。


ときどきわからなくなる。自分がこの人のそばにいることが正しいことなのかどうか。僕がこの人にはたして何かをしてあげられるのかどうか。この人のそばにいるかぎり、僕は永遠に罪の意識から逃れられないでしょう。それでも僕はこの人から離れられない。神様、お願いです。僕を一生、この人のそばにおいてください。


許してほしいからじゃない。ただ、暎万のそばにいたい。ただ、それだけ。


「ごめん。なんか、妊娠中って気が立つのかな」


しばらくたって落ち着かせたあとお風呂に入らせて、身体が温まった後にベッドに2人で並んで横になる。僕はずっと彼女の髪を撫でていた。


「謝んなくていいよ」

「今日はバレンタインのケーキ、試作しないでよかったの?」

「毎日作るとかえって感覚が鈍る気がする」


暎万は子供のような無防備な顔で僕を見ている。泣いてしまったせいだろうか、いつもより幼い感じがする。今日は。


「俺、お前のために作るから」

「なんで?お店のためでしょ」


僕は笑った。


「でも、俺、ここ何年かお前のためにしか作ってないよ」

「え?それで仕事って言える?そんなん売れないよ」

「いや、そんなことない。一生懸命作ってるもの」


想いが、届いてほしい。


「お前のためになにかするとき、俺、一番頑張れるから」

「え?ほんと?」

「ほんとほんと」


彼女は笑った。僕は彼女のおでこにそっと唇を寄せた。しばらくすると彼女は寝息を立てて眠りに落ちた。


灯りをつけない月あかりの中で、僕は暎万の顔を見た。本当に知らなかった。暎万がこんなにきれいな人だったなんて、それを頑固に隠して生きてきたなんて……。

誰も知らない暗い部屋の中で僕は1人泣きました。暎万が哀れで。彼女の傷ついてしまった心は一生という長い時間をかけて癒されるでしょうか?そしていつか自分で鏡を見て自分のことをきれいだと思えるようになるでしょうか?

彼女が本当はきれいな人であるだけに、一層哀れだった。


付き合って、結婚して、彼女のお腹の中には僕たちの子供がいます。幸せすぎて油断してしまったのだと思う。


表面上に見えている僕たちの平凡な幸せの裏側には見えていない様々な危うい建物のような物があって、そう、水面下に。

僕たちの確固としたように見える幸せの土台は本当はこんなに脆くて危ういものなんです。


だから、この幸せは奇跡なんだ。


僕はそのことを1秒たりとも忘れてはならないんです。感謝する心を忘れてはならない。


人はおそらく失うことでしか学ぶことのできない動物なんです。でも、僕は暎万を失いたくはない。

やっと手に入れたこの人を、失いたくはない。


***


「おはよう」

「おはよう。よく寝れた?」

「なんのにおい?」

「スープ。これなら食べれるかと思って」


暎万そばに来て、鍋を覗き込んだ。そして驚いた。


「これ、もととか使わずに骨肉からとったの?」

「なんか材料があったから」

「ひろ君、何時から起きてるの?だめだよ。仕事大変なのに、ちゃんと休まないと。ライバルにすぐ負けちゃうよ」

「若いから大丈夫だよ。ちょっと寝ないくらい。今日だけは暎万のために何かしたかったから」

「……」


朝の光の中で彼女はしばらく黙りました。その時、僕たちの間に落ちた沈黙はあたたかかった。


「ありがとう」


そして、暎万はそばに来て、スープの味をみた。

そして、目を見張った。


「驚いた。ひろ君、ケーキ以外も作れたんだ」

「そりゃ、1人暮らししてたし、簡単なものは作れるよ」

「いや、でも、この味付け。とても普通の調味料使ったとは思えない」


そして、彼女はもう一口スープを飲むと、にっこりと笑った。


「素人とは思えない。やっぱりひろ君、天才」

「大袈裟だなぁ」

「不思議。薄味だからかなぁ。これなら飲めそう」

「ああ、よかった。じゃあ、もうそろそろ行くね。仕事」


そう言って、背中を見せた僕に彼女は言った。


「あなたと結婚してよかった」


思わず振り返って彼女を見た。


「そういうすごいセリフを安売りしていいの?」

「安売りなんかしてない。ひろ君の味はそれだけ特別なんだよ」


玄関へ向かう足を止めて、彼女の幸せそうな笑顔をもう少しだけ見た。


「いってきます」


そして僕は職場へ向けて、朝を歩く。


人は生きているうちに何度も夜を歩く。

でもね、同時にまた朝を歩くんです。


泣いている人のところに幸せは来ない。

泣き止んで立ち上がらなければならない。

そして朝を歩いて行った先にあるもっともっと今よりもっと信じられないような幸せを想像するんです。

そして自分たちはそうなれると信じる。


僕はまだ若い。だから乗り越えた経験がまだ足りないんです。でも、きっと僕は自分が思っている以上に強い。自分のためには強くなれなくても暎万のためになら。

もうあんな風には泣かせない。泣かせません。

僕が守ります。最後まで、絶対に。

僕とそして暎万のために。


そして僕は平凡な朝に職場に向けて電車に乗る。

生まれ変わったような気分で。












   結婚詐欺に寄せて追記

   かみさまの手かみさまの味②完成後

   2022.02.20










   


 2020年11月に短編 体重計、毒を食らわば、この結婚詐欺の3遍の短編を書いた後に かみさまの手かみさまの味①を書きました。2020年の年末のことです。それから時間が経って、2022年の2月に更にその続編であるかみさまの手かみさまの味②を書きました。


 そして、②まで書き終わった後に、この短編結婚詐欺とかみさま①と②の間の設定に齟齬が生じました。

 その点についてここに追記したいと思っています。


 まずは①との齟齬についてですが、もともとはかみさま①は暎万ちゃんの心の傷をもっと深く書くつもりでした。書こうと思っていたのは女の人の美醜に対する強いコンプレックスです。その原因を作ったのがひろ君という設定も、結婚詐欺を書いている時には既に浮かんでいて、ですので謎を残す形のこの短編が生まれています。


 家族はわたしが太っていても痩せていても受け入れてくれる


 自分を美醜に関わらず受け入れてほしいという暎万ちゃんの気持ちの強さを表した言葉でした。

 ここまでの強いコンプレックスを実際にその人が美しいか美しくないかに関わらず時に人は持ってしまう。それについて書きたかったのです。ただ、書ききれませんでした。結婚詐欺とかみさま①を並べて読むと、結婚詐欺の方がより深い傷を持った暎万ちゃんが書かれている。同一人物として描ききれませんでした。


 ただ、またいつかどこかでこういう美醜に囚われる人の心というものを追いかけたいと考えております。

 そういう意味では前後に齟齬を生んではしまいましたが、結婚詐欺は私にとって大切な作品です。


 もう一点、②との齟齬についてです。

 実は、この時点では私はひろ君の将来を別の形で描いていました。

 その時の自分の頭の中には桜木さんも夏目さんもいなかった。ただ、ひろ君がエルミタージュを離れて、より本格的な洋菓子店であるルグランで有名なパティシエを目指す。そして、片瀬ベーカリーはお姉さんがご主人と継ぐ設定になってたんです。


 才能のある人がパン屋になるのをやめてパティシエを極める筋を思い描いていました。

 だから、この時ひろ君が朝向かうお店は、私がかみさま②で描いたのとは全く別のルグランだったんです。


 ひろ君をどういう人として書くか、それについて私も悩みました。

 そして、最後にパン屋になった。


 自分としては手をたたきながらそれを喜びたい気持ちでした。

 パン屋になると言っていて、そして、本当にパン屋になった。

 ただ、そこに至る過程を大切にしたかった。

 さまざまな形の幸せや価値観を応援できるようなものを書けたらと思って書いた作品ですし、これからも書けたらと思っております。


 追記にしては随分ダラダラと余計なことを書きました。

 それではこれにて失礼いたします。

 汪海妹

 2022年2月20日

 




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