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術魔術師対策本部  作者: 砂岩。
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file000_採用試験

忘れられない厨二病精神で書かせてもらいました。

拙い文章ですが見ていただけると嬉しいです。


001

曇りガラスの付いたドアに一人の男が立っている。

なぜこんな所に立っているのかという疑問に答えるなら、男はこのドアの向こうに用があるからだ。

ドアの向こうには小さな探偵事務所があり、男はそこで雇ってもらうために面接に来たのである。

「なぜこの男のことに詳しいのか」だって?

理由は簡単である。ドアの前で緊張してノックの回数が何回だったか必死に思い出そうとしているこの男ってのは僕のことなのだから。


「確か二回はトイレで四回が正解なはずだ。多分、恐らく、きっと。大丈夫、落ち着け僕」

深呼吸をしてドアをノックする。

「鍵はかかってないから入ってきて」

部屋の中から男性の声が聞こえた。そして指示通り入っていった。


「やあ!君が面接に来た助手候補一号くんだね。待ちわびたよ。今お茶出すからそこのソファーにでも座ってよ。あっ!紅茶しかないんだけど大丈夫かな?」

「…あっ、はい」

もの凄い勢いで話しかけてきたせいでコミュニケーションが苦手な人みたいな返答をしてしまった。いやまあ、弾丸のように話されて普通に返答できる人の方が凄いと思うけれども。

ともかくこういう場合は指示通り座った方がいいよな。

「失礼します」といいソファーに腰を掛ける。家にはソファーなんてものはなかったから新鮮な感じがする。表面は光沢のある黒革で中のスプリングコイル程よく反発する。ソファーとはこんなに心地がいいものなのか。


「お待たせ。それじゃあ面接はじめよっか!あっ、お茶飲みながらでいいからね。気楽に行こうよ!」

紅茶を持ってきた男は、身長は僕より四、五センチ高い百七十五センチぐらいだろうか。ワイシャツ姿で髪は黒髪のベリーショート。あと特徴があるとしたら開いているのか分からない糸目だろう。微笑んでいるようにも見えるためか、優しいという第一印象だ。

「あっ、自己紹介がまだだったね。私はこの術師探偵事務所の探偵で影浦 涼一 (かげうら りょういち)って言うんだ。よろしくね」

「私は雨上(あまかみ) (ゆう)って言います。今日は面接よろしくお願いします」

「もっと気楽に話してくれていいのに、雨上くん。それじゃあまずは年齢と簡単な経歴を聞いてもいいかな」

「はい。年齢は十九です。県立清流高校を卒業後アルバイトを転々としているところです」

「なるほどね。十九歳か。若いねぇ!私より二十三歳も年下かぁ」

二十三も歳年下ってどういうことだ。目の前にいる影浦さんはどう見ても二十歳代後半に見える。しかし彼曰く二十三歳年下。つまり私よりも二十三歳も歳上の四十二歳ってことか。美魔女ってやつか。いやこの場合は美魔男というのだろうか。それにしても若々しい。

「それじゃあ、次はね…志望動機を聞いていいかな」

彼の年齢に戸惑いつつも私は答えた。

「はい。経歴でも言いました通り、私は今までアルバイトを転々としてきました。そしてつい最近、アルバイトをまたクビになりました。自分で言うのもなんですが仕事はそれなりには出来ていたと思います。クビになったあと必死にアルバイト先を探しました。でもなかなか見つからず途方に暮れている時、家のポストにここのチラシが入ってまして、それが動機です」

「あっ!あのチラシ見てくれたんだ!割と自信作なんだよね、あのチラシ」

太めのゴシック体とネットで見つけたフリー素材のイラストをふんだんに使ったあのチラシが、自信作なのか。

きっとデザインのセンスがないのだろう。

ツッコミが頭を過ぎったが、そんなことよりもあのチラシの内容の方が気になる。

「…そのチラシのことなんですけど、書かれていることは本当なんですか」

なぜこんな質問をしたかというのも、どう考えても胡散臭かったからである。フォントやイラストもそうだったのだが、内容が一番胡散臭かった。

というのもその内容がー

あなたも一緒に私たちと働きませんか!

月給三十万円~働きによっては倍近く出ます!

難しい仕事無し!

どんな人でも大歓迎!

福利厚生バッチリ!

簡単な面接と試験であなたも私たちの仲間に!

ーである。

百人にアンケートを取ったら百人が胡散臭いと答えるだろう。

「本当だよ。うちは結構儲かっててね。だけど人手が足りないんだよね。猫の手も借りたいって感じなんだよね。もちろん難しい仕事や大変な仕事もたまにあるけど、そういう場合は、基本は誰かの補佐についてサポートするって感じだから簡単。胡散臭いって思うかもしれないけど書いてある内容全て事実。本当だよ」

本当らしい。

まあ見た感じ優しそうなこの人が嘘はつかないだろう。

正直、この人になら騙されてもいいかもしれない。

私は騙されやすい単純馬鹿だった。

「…それでこちらから質問してもいいかな」

「あっすいません。質問される側は私なのに。はい。大丈夫です」

「それじゃあ聞かせてもらうけど、どうしてアルバイトをクビになったの?それも『また』ってことは何回もクビになったってことだよね。クビになった理由は、右目を隠すように伸ばしたその前髪と関係あるのかな」

とても鋭い質問だった。

そしてあまり聞かれたくない質問でもあった。

「雨上って珍しい苗字だから感ずいているとは思うのですが…私は雨上(あまかみ) 正広(まさひろ)の息子です」

父のことを話すと大抵の人が嫌悪の目で私のことを見る。

しかし影浦さんは嫌悪の目どころか、動揺の素振りを一切見せなかった。まあ嫌悪の目は彼の目が糸目だったから分からなかっただけかもしれないが。

「なるほどね…。それがバレてクビになったんだね。ということはその髪は…」

「はい。あの日に負った火傷の痕を隠すためです」

嗚呼。これでここも面接落ちたな。

父の名前を出すと大抵の面接は落ちた。出さなくとも後々父の名前を知られてしまいクビになった。

また別のバイトを探さないと行けないな。

「今まで大変だったろうね。ごめんね辛いこと聞いちゃって」

「いえ、大丈夫です。もう慣れましたから」

「とりあえず面接はこれで終了だよ。お疲れさん。面接は合格だよ。おめでとう」

聞き間違いだろうか。今、『合格』って聞こえなかったか。『不』が聞き取れなかったのか。

キョトンとしている私に影浦さんは言った。

「さっきも言ったけど、人手が足りないんだよね。だから昔のこととか、君の父親のこととかは気にしないし関係ない。それに言ったらどう考えても不利になる父親のことも素直に偽りなく言ってくれた。それは君が信頼出来る奴だってことだよね。だから合格だよ」

心の底から嬉しかった。今までこんな事有り得なかったから。

「ありがとうございます!とても嬉しいです」

「何か勘違いしてるようだけど、面接は合格ってことだからね。もう一つ試験があるからね」

そうだった。確かあのチラシにも書いてあった。面接と試験があると。

試験の内容は何なのだろうか。私でも合格できるだろうか。

「あっ、でも心配しなくてもいいよ。試験も簡単だから」

じゃあ、準備があるから。

と彼は言い、部屋の外へと出て行った。

どんな試験なのだろうか。

一般的な試験なら筆記試験だろうか。でもそれなら部屋の外に出て準備する必要があるのだろうか。

まあ技能的な試験の可能性もある。

いままで色んなアルバイトをしてきた。定番のコンビニやスーパーから工場、土建、電気屋、ちょっと言えない所までいろいろとしてきた。だが探偵(助手)は初めてだ。故にどんな試験か想像がつかない。

探偵と言うと頭脳明晰なイメージがある。ということは知力や発想力を求めるような試験だろうか。


そうこう考えていると、扉が開き影浦さんが「待たせたね」と入ってきた。そして彼の後ろからもう一人入ってくる。

雪のように白いショートボブの髪に翡翠のように美しい緑色の瞳。コートの上からも分かるグラビアモデルも顔負けのスタイル。紺色のミニスカートと黒のロングニーソで作られた絶対領域。そしてトレードマークの足元にまで及ぶほどの白いロングマフラー。

そんな彼女から産まれ独創的な切り絵の作品は何百万もの価値があると言われ、稀代の芸術家と呼ばれる。

最近ではその美しい容姿から女優としても活動している。

「紹介するよ。まあ君も一度は見たことがあるだろうけどね。今回の依頼人の流葉(ながれは) 葉雪(はゆき)さんだ」

「初めまして。あなたが新人の探偵さんかしら?今日はよろしくね」

頭が追いつかない。いや少しは追いついてき……いや来ない。マラソンのトップと最下位の距離並みに頭と思考が離れて追いつかない。

なぜ彼女がいる。私のような底辺の人間が絶対に会うことがないであろう彼女が、なぜ私の目の前にいる。

とりあえずこちらも自己紹介せねば。

「は、はは、はじめまして…あまかみ ゆうともうしまちゅ」

さながらロボットのような喋り方。そして恥ずかしい噛み方をした。

それを見た彼女は微笑みながら「可愛い」の一言。

ダメだ…。死にたい。恥ずかしさで死にたい。でもちょっと嬉しい。

するとコホンとわざとらしい咳をすると影浦さんは話し始めた。

「さっきも言ったけど彼女は依頼人だ。その以来は要人警護。つまりボディーガードだ。そして彼女のボディーガードをするのは雨上くん、君だよ。今から数時間、彼女の護衛をしてもらう」

そして影浦さんがキメ顔でこう言った。

「これが君に与えられた試験だよ!」



002

あれから何時間だっただろう。

私は流葉さんの後ろを沢山の、文字どうり山のような量の買い物袋を持ちながらまるでアヒルの子供のようについて行く。

「ゆうくん、ゆうくん!次はあそこのお店に行こう!」

「流葉さん…待ってください…」

「もう!私の事は下の名前で呼んでって言ったよね!」

プンスカと可愛く怒る流葉、いや葉雪さんに癒されながらも周囲の警戒は怠れない。

影浦さんは簡単な試験なんて言ったけど、全然簡単ではない。

それに持ち物係兼護衛と化した私1人だけなのが不安だ。

もちろん護衛なんて初めてだし、その初めての護衛対象が超有名人の葉雪さんだから不安というのもある。

しかし最も不安な理由をあげるならば、今回なぜ彼女が依頼したか、その理由こそが私にとっての最も不安な理由である。

今回彼女が護衛を依頼した理由。それは彼女宛に殺害予告が届いたからである。

彼女曰く、そういった類の予告は今までに何十回とあったらしい。

それらはどれもこれもがただのイタズラに終わったらしいが、殺害予告が来ている以上何も対策をしないという訳にもいかない。また大事にしないためにも警察に相談することは出来ない。

そこで彼女は殺害予告が来る度に術師探偵事務所に護衛の依頼を頼んでいるらしい。そして今回もこうして護衛の依頼をした。

例え今回もイタズラだったとしても万が一がある。

その万が一があるというのに、彼女は…まったくもう。

そして影浦さんも影浦さんだ。万が一あるというのに僕一人に任せるなんてどうかしてる。

まあそんな事を考えたって埒が明かない。今は護衛に集中しよう。



あれから何時間たっただろう。

引っ越し屋のアルバイトはしたことはあるが、さすがにこの量を長時間持つのは体力的に辛い。

「色んなお店行ったら疲れたね。そうだ!帰る前にそこでお茶していかない?」

「は…はい」

近くにあった喫茶店に入る。そして両手に持った荷物を他のお客さんの邪魔にならないよう置いて椅子に座る。

事務所にあったソファーに比べて木製で出来た椅子は硬いが、今の僕にとってはとてもありがたかった。椅子に座れるありがたみ、僕は一生忘れないだろう。

そう思ってしまうくらい、私は疲れていた。

「何を注文しようかな。ゆうくんは何にする」

「ぼ…私はコーヒーで」

「じゃあね、私は店長特製ブレンドコーヒーにしようかな。あとあと、パンケーキと特製いちごパフェにプリンお願いします」

注文しすぎじゃない、食べ過ぎじゃない。そんな安いツッコミが過ぎったが疲れすぎてそんな気分じゃなかった。

時間を確認する。時刻は四時と二十一分、夕刻である。確か事務所を出たのが十時と十七分、約六時間。頑張った、僕。

注文の品が来る間、特にすることもないので、たわいもない話をしていた。前職のこととか、休みの日は何をしているのかとか、彼女の作品のこととか、好みのタイプとか。

ちなみに私のタイプは目の前の人だとは流石に言えなかった。

私はテレビに出る前から葉雪さんのファンだった。


「ゆうくんさあ…君には兄弟とかいるの?」

唐突な質問だった。

「まあ、下に一人。妹がいますけど」

なぜそんな事を聞くのか、不思議に思う顔をしていると彼女は「なぁーに、興味本位だよ」と言い話を続けた。

「私にもね兄弟がいるんだ。まあ私の場合は兄なんだけどね。頼れる兄なんだよね。強くてかっこよくて頭も良くてね、私を守ってくれるんだ」

自分も同じ兄としてその話を聞くと自分が情けなく感じる。強いわけでもなく、かっこよくもなく、おまけに頭はそれほど良くない。

そんな事を考えると泣きたくなってくる。

「ゆうくんの妹ちゃんはどんな子なの?」

妹のことは言いたくなかったが、彼女は自身の兄のことを話したのだ。ならばこちらも話さないとフェアじゃないだろう。

「妹は私より六つ下の十三歳です。小さく可憐で幼さの中に美しさがあって太陽のような、花で例えならばマリーゴールドのような子です。…いや過去形が正しいですね」

「彼女は。妹はマリーゴールドのような子でした」

私の妹はあの日以来変わった。変わってしまった。

妹は元から丈夫な体ではなかった。病弱だった。それに加え、父と母が死んだ事で心まで病んでしまった。

それからは部屋の外に出ることも無く、一日中ベッドの上で生活している。ただ死を待つかのように。

「なんか聞いちゃいけなかったかな…ごめん」

「いや謝ることはありません。妹は死んでいる訳では無いですし、何より妹が生きているという事実だけで私は嬉しいのですよ」

「ゆうくんって、なんか変わってるね」

「そうですかね」

と、ここで注文していたコーヒーとパンケーキ、その他もろもろが来た。

彼女はこれを一人で食べるのか。どんなマジックをすればカロリーを無視してそのスタイルが保たれるんだ。

そんなことを考えながら私はコーヒーを飲…

「熱っ!」

熱かった。そして僕は猫舌だった。

そんな僕を見て彼女はまたも微笑みながら「可愛い、弟にしたいくらいだよ」の一言。

またも恥ずかしい所を見られた。恥ずかしい、死にたい。

でも彼女に「弟にしたい」と言われたのはとてつもなく嬉しかった。

僕もあなたの弟になりたい。



003

店を出ると辺りは薄暗くなっていた。

時刻は5時と46分。2月ということもあって、少し肌寒さを感じる。

あの後はたわいもない話をしながら彼女の食べっぷりを見ていた。もちろんの事ながら、パンケーキ、パフェ、プリンの3つともペロリと全て間食していた。

その途中、彼女からパフェを一口貰った。彼女が使ったスプーンで彼女が「あーん」してくれたのだ。天にも登る気持ちだった。間接キス、それも憧れの葉雪さんと。

童貞の僕はひと皮剥けた気がした。(決して下ネタではない。いや本当に。)


「もう暗くなったし、あとは帰りましょうか」

彼女の言う通りあとは帰るだけ。無事自宅に送り届けて試験終了である。

いやまて、自宅に送り届けるってことは、あの葉雪さんの住所が分かるってことだよな。住んでいる家が分かるってことだよな。ストーカーとかそういうのをしたい訳では無いが、好きな人の住む家の場所を知っているってなんか…その…嬉しくないですか。

僕の頭の中は思春期の中学1年生のようだった。

そんな事を考えながら彼女の後ろを両手に荷物を持ちながらついて行った。



「あれ、おかしいな。行く時は工事の看板なんてなかったのに」

目の前には工事中の看板とパイロンが行く先を塞いでいた。

「困りましたね。別の道を探すしかないですかね」

「そうだね。確か途中に十字路があったから迂回するしかないね」

仕方ないが遠回りするしかないようだ。とりあえず十字路の所まで戻ろうと後ろに振り返る。

振り返ると人影が一つあった。距離は約十メートル、暗くてハッキリとは分からないが黒いローブのようなものを着ており顔や外見の特徴は分からない。ただ 街灯の微かな光にキラリと反射しているものが見える

刃物…いや反射しているのはカメラのレンズか。ポラロイドカメラ、一般的に言われるところのインスタントカメラだ、しかしなぜそんなものを首から下げている。

でもこれだけは分かる。夜に黒いローブで首からカメラを提げて道のど真ん中に立っているような奴を一般的に不審者ということを。

「葉雪さん、私の後ろに隠れて下さい」

「う、うん。わかった」

この状況でないとは思うが、ただの黒色好きで写真を撮るのが好きな一般人の可能性もあるかもしれない。一応は声をかけてみよう。

「あのー、すいません。この先は工事中で通れないようですよ」

何か返答するどころかピクリとも動かない。

まさか護衛が影浦さんではない、僕の時にイタズラではない本当の殺人予告が来るなんて思わなかった。

どうやって彼女を守りきる?

私一人で守りきれるかのか?

そもそもあいつは予告を送りつけたてきた奴なのか?

「葉雪さん。影浦さんに電話をして下さい。この状況はかなり不味いです」

彼女も状況が理解出来たのか「わかった」と急いで電話をかけ始める。

さてここからどうしたものか、このままピクリとも動かないなら、影浦さんが来るまで待って二人がかりで取り押さえることが出来るだろう。

そんな甘い考えをしていると奴が動き出した。

奴はローブに付いたポケットに手を突っ込む。一瞬武器を取り出すのかと身構えたが奴がポケットから取り出したのは銀色の四角い何かと一枚の写真だった。すると奴は銀色の四角い何かの蓋を開けるとそれで火をつける。あれはオイルライターだろうか。

そして火をつけたライターで奴は写真を燃やし始めた。

何をしているんだ。いや見ればわかる。写真を燃やしている。しかしなぜ燃やしている。

写真はみるみる燃えていき残りわずかのところで奴はそれ上に投げる。攻撃かとも思ったが当然それは届かない。

熱いから手を離したのか。こいつは何をしたいんだ。

そんな事を考えているとそれは起きた。

写真が燃えきった場所から銃が落ちてきて奴はそれをキャッチした。

何が起きたのか分からない。その現象が起きる一部始終を見ていたはずなのに分からなかった。

写真が燃えきった場所、つまり空中から銃が落ちてきた。小さな頭をフル回転させたが理解出来ない。

ただ一つだけ分かることがある。この状況は非常に不味いと言うことだ。

「ゆうくん!影浦さんは二十分くらいでこっちに来るって!」

彼女は焦りながらそういった。

そして僕も焦っていた。

相手は銃を手に持っている。つまり確実に殺意があるということだ。そして奴は恐らく彼女に殺害予告を送り付けた奴で間違いない。

こちらには武器はなく。距離も開きすぎて近距離戦に持ち込むことは難しい。ただ見る限りあの銃は回転式拳銃、つまりはリボルバーだ。通常リボルバーの装弾数は六発だ。だから六発耐えれば何とかなるかもしれない。

いやムリムリムリムリ!

六発なんて耐えれない。いやでも玩具の鉄砲って可能性も無きにしも非ずだよね。それならいける。それなら耐えられる。

そんな事を考えていると奴は上空に銃を向けて発砲する。響き渡る銃声。

「少年。この銃は本物だ。今からこれでそこにいる流葉 葉雪を撃ち殺す。邪魔をするならお前も殺す」

分かったことが三つある。

一つ、銃が本物のであること。

二つ、奴は声から推測するに男であること。

三つ、標的は葉雪さんであること。

さてどうする。

なあにやることは簡単だ。

「葉雪さん、そこの工事現場の看板を盾代わりにしつつ、そこの電柱に隠れて下さい」

「でもゆうくんはーー」

「私は今からあの男をぶん殴りに行きますんで待っててください」

「…はい…わかりました」

彼女は僕の言う通りに隠れた。

この状況で出来る事は、どうにかして奴を捕らえる、またはどうにかして奴に残り五発撃たせ銃を使えなくする。前者は恐らく難しいだろう。望みがあるのは後者。影浦さんが車で時間稼ぎという手もあるが、奴は今にでも撃ちそうな勢いだ。ならやること後者一択。

さぁて葉雪さんの前で盛大な死亡フラグも立てましたし、行きますか。

「私と殺り合うというのか…愚かだな。私の邪魔をするのか。ならば死ね!」

男は銃をこちらに向けた。そして引き金を引く。

次の瞬間、私は左に全力で走った。

銃を向けて引き金を引く瞬間を狙ってダッシュする。

撃った瞬間に避けるのは不可能に近い。ならば撃った瞬間ではなく。引き金を引く瞬間に動けば避けられる可能性がある。それに賭けた。そして賭けに勝った。

運良く弾をよけられた。

残り四発。

そして男のいる方に方向転換して全力で走る。

男は堪らず再び私に向けて一発、二発と撃つ。

標準が正確に定まっていない弾は一発は外れた、しかしもう一発は右脚をかすめる。

掠っただけだったが、脚に激痛が走る。でも止める訳にはいかない。止まる訳には行かない。

残り二発。

私は男に向かって全力で走り続けた。

男との距離残り約三メートル。あと少しで手が届く。

その瞬間銃声と共に私の身体は崩れ落ち倒れた。

何が起きたかは直ぐに分かった。弾が当たったのである。

それもそうだ。三メートル、約車一台分の距離だ。それも私は男の方へまっすぐ走るだけ。簡単に当たるでかい的。ならば当たるのは必然である。

道路が冷たい。腹部が痛い。銃に撃たれるのってこんなに痛いのか。

確か弾は一発残っている。これでは葉雪さんを銃殺できてしまう。私はまた何も出来ないのか。父と母を救えず、そして葉雪さんも。

だめだ、意識が遠くなってきた。

このまま死ぬのか。

アタマもまわらなくなってきた。

ナンカドウデモヨクナッテキタカモ。

アア…デモ…デモ…


ゴメンナ…ヨウカ……



004

「流葉君…流葉君…流葉(ながれは 霙葉(えいは君!起きたまえ!」

嗚呼…五月蝿い。五月の蝿と書いて五月蝿い。文字通り耳元で蝿みたいに騒がないでくれ。

「どうしたんですか、竜道さん。今日は私非番ですよ」

「いやいや、前に言ってたよね。新人君の試験の手伝いしてってさ。今日が新人くんの試験日だよ」

「え〜。だって報酬出るんですか。それ」

「まぁ気持ち程度だけど」

そういうと竜道は指を二本立てる。

つまり二万円か。旨みがない。というかお金に困ってない。寝たい。

「どうせ暇してる奴なんて他にもいるじゃないですか。糸繰とか糸繰とか糸繰とか」

「いや糸繰君も暇じゃないからね」

「私は何としてもやりませんから」

せっかくの休みを無駄にしたくない。私は今日は一日中寝ると決めたんだ。

「仕方ないな。では他の人を探すしかないですかね。それにしても、君の妹は新人君の試験を手伝っていると言うのに、まったく君…」

「どういうことだ!なんで葉雪が試験の手伝いなんかしてるんだ!」

葉雪は試験の手伝いにいくなんて言っていなかった。確か今日は、買い物に行くと言っていたはずだ。

「まあ今回は護衛の試験だからね。『買い物ついでで良いなら大丈夫ですよ』と引き受けてくれたよ。男一人(護衛)、女一人(試験官)でショッピング。あっ、これってデートってやつじゃない。若いねぇ」

デート…だと。あの可愛い葉雪が…私に一言も言わずに見ず知らずの男デートだと。

許せん…私の葉雪にもしもの事があったら。

「葉雪は今何処にいる」

「葉雪君なら今の時間帯は、予定だとね……喫茶イコイでお茶してるはずだよ」

「前言撤回だ。今から手伝いに行く(ころしにいく)」

「おっと行くのならこれ持っててね」

竜道さんから渡されたのは、台本と書かれた紙一枚と銃だった。

「基本は台本通りにやってもらえればいいから。あと、その銃の弾はS51簡易覚醒弾だからね。もちろん銃は私の術で作ったもので、弾も薬術によって作られたものだから、君の術で写真にしてから持ってくといいよ。職質された時厄介だからね」

カメラで銃の写真を撮ると出来上がった写真と、台本とは正直呼べない紙を無造作にポケットに突っ込み、急いで喫茶店に向かった。



喫茶店に着いた私は、喫茶店の向かい側の店の路地に置かれた業務用の大きなポリバケツの中から二人を観察していた。

どうやらいまさっき入った訳ではなく数十分経っているようだ。

「お母さん、あの人はどうしてゴミ箱の中に入っているの」

「駄目!見ちゃ行けません!」

少し恥ずかしい気もするが、気のせいだ。生ゴミの匂いもするが、気のせいだ。

どれもこれもは、葉雪を見守るため。これぐらいの事、苦痛ではない。

今のところは問題ない。いやでも、よく考えてみると男と対面して座って楽しそうに会話をしているのは大問題では。やはりあの男、生かしてはいけない。今すぐにでも殺しに行きたい。

そんな事を考えながら二人を観察していると動きがあった。

二人は店を出て歩き始めた。

「確かこの後は…」

紙一枚の薄っぺらな台本を見ると、次はいよいよ私の出番だ。

私は葉雪を殺しに来た危険人物として銃で二人に襲いかかれば良いらしい。

例え演技でも葉雪に殺しにかかるのは少々気が引けるが、だからといってやるからには全力でやらなければ行けない。一度仕事を引き受けたからには全力で取り組む。これが私の流儀である。

とりあえず今は2人の後ろを着いていくか。一応、「存在証明(たしかにいる)」の術でもかけておくか。

存在証明(たしかにいる)」。使用すると存在感がほぼ無くなる。周りからは見えてはいるが、意識的には消えている存在が無くなる。触ることはもちろん可能。簡単に言うならば超絶影の薄い人になれる術。

ローブの内側のポケットから写真を取り出しオイルライターで燃やす。

これで良し。一定の距離を離してついて行くとしよう。



数十分後、ポイントに到着した。

そして2人は私の存在にようやく気づいた。

すると雨上は素早く自分の後ろに葉雪を移動させる。

「あのー、すいません。この先は工事中で通れないようですよ」

護衛対象を速やかに後ろに下げ、相手に敵意の確認を行う。パニックになっている様子も無いし、まあまあと言ったところか。

さてここから演技スタートのだが、あの台本には危険人物の役をして二人に襲いかかれとしか書いておらずこの後、何をすればいいものか困った。

私が困っている間に雨上は葉雪を通して助けを求める。

助けを求めるのは正解だ。自分よりも上の相手に挑む場合は助けを求め、自分が倒れても護衛対象を守れるようにするのは良い行動だ。

さてこちらもとりあえずは銃を用意しますか。

ポケットから写真とライターを取りだし例のごとく燃やし銃を取り出した。

行く前はよく見てはいなかったから分からなかったが、これは回転式拳銃か。装弾数は六発か。どうせならグロックの自動拳銃とかそういうマイナーで安定した銃にして欲しかった。

弾はS51簡易覚醒弾だったか。撃ち込んだ対象を強制的に術師にするってやつか。確か簡易版だから術師の家系とか、術に適合する身体を持つ者じゃないと効果は特に無いはずだが、これを使うってことは奴はこちら側の人間と言うことなのか。

考えすぎだ。今は仕事が優先。

とりあえずこの銃を使って脅してみるか。

上空に向けて威嚇射撃を行う。

「少年。この銃は本物だ。今からこれでそこにいる流葉 葉雪を撃ち殺す。邪魔をするならお前も殺す」

さあ、どう出る雨上。

雨上は一瞬焦った表情を見せたがすぐに切り替え、葉雪を電柱の裏へと安全な移動させる。

切り替えの早さ、それに銃に対しての瞬時な対応。まあ対応の内容はイマイチだが、それなりに頭のキレるやつだということは分かる。

45点ってところか。

雨上は葉雪を電柱の裏に隠すと、こちらを睨み続ける。

奴は殺る気十分、さてそろそろ始めますか。

「私と殺り合うというのか…愚かだな。私の邪魔をするのか。ならば死ね」

先手必勝。この一発で貴様の試験を終わらせる。

奴に銃を向けて発砲する。鳴り響く銃声。しかし奴は倒れていない。

奴は右に避け弾を回避していた。ありえない。反射神経がいくら優れていようとも避けるのはほぼ不可能なはず。

こいつの術か?!…否、奴は引き金を引くタイミングを狙って右に避けたのか。

そして奴はこちらに向かって走ってくる。

一発、二発と撃つ。

一発目を避けて動揺している状態で、かつこちらに走って間合いを詰めることにより焦りを生み出させる。それにより一発は外れ、一発は脚をかすめる程度。

だが、間合いを詰めるということはそれだけど当てやすいってことだ。

焦らず奴の腹を狙って撃つ。言わずもがな命中。

奴は膝から崩れ落ち倒れた。

最初は少し追い詰められたが後半は隙だらけだった。だが戦闘経験を積めばそれなりになるだろう。点数は百点満点中五十点ぐらいか。赤点は余裕で回避って感じだろう。

いずれにせよ試験は終わった。奴を回収して帰るだけだ。

「葉雪。そいつの回収は任せたぞ。俺は帰って寝るから」

「かしこまり!……あれ、お兄ちゃんは歩いて帰るの?」

「お前の術だと寒くて眠気が覚めちまうからな」

せっかくの非番だったというのに…。とりあえず眠気があるうちにさっさと帰って寝よ。

振り返り来た道を戻ろうとする。その瞬間だった。

「お兄ちゃん!危ない!」

後ろを振り返る。その刹那何かが横を通り過ぎ、ぶつかる。その何かを追うように目を向ける。

鼠色のパーカーに焦げ茶のチノパンツ。そしてちらっと見える右目の火傷痕。間違いなく奴、雨上の服装である。だがおかしい。

あの弾には本来の効果以外に、打たれた箇所を修復する回復系の術と撃たれた対象を一定時間眠らせる睡眠系の術の二つの効果がある。故に奴が動けるはずが無い。例え動けたとしてもそれは十二時間後のはず。

まだ不可解な点が幾つかある。

さっきよりも体型が小さく、胸部には膨らみがあるように見える。顔も女性のように見え、髪も先程よりも長いように感じる。先程の雨上は童顔で女性にも見えなくはないが、今の姿は何処からどう見ても女そのものである。

「葉雪。何が起きたか見ていたか?」

葉雪のいる方を見て訊ねる。しかし葉雪の様子がおかしい。酷く動揺しているというか。恐怖しているというか。

そしてさっきまでそこで倒れていた雨上の姿がない。

やはりあの女が雨上なのか。

すると震えた、怯えた声で葉雪が話し始めた。

「…さっきまで雨上くんは倒れてた。だから私の術で事務所まで運ぼうと近づいたの。…そしたら急に小さくなったように見えて、髪も伸び始めて…。そしたら急に起きて…それでお兄ちゃんの方に走っていったの。それでね…それでね……」

「それでどうなったんだ」

「お兄ちゃんの持ってた銃がね…お兄ちゃんの腕ごと消えたの」

直ぐに自分の腕を確認する。右はある。動く。しかし左がない。

右腕で左腕があった場所を触って確認する。どうやら上腕部から持っていかれているようだ。だが妙だ。というのも、痛みがなく血が一切出ていないからである。そして一番不可解なのが腕の状態である。手術で処置したかのような状態。まるで前からそうであったかのように、今失ったはずなのに以前から失っていたような感覚に襲われる。何かがおかしい。

とりあえず目の前にいる奴は雨上 夕で、かなり危険であることは間違いない。

幸いにも利き手である右腕は残っている。手加減して左腕で銃を撃っていてよかった。

今のところ奴に動きはない。ならば今のうちにやつを拘束するしかない。今度は手加減なしだ。

ローブのポケットに手を突っ込み、ライターと写真を取り出し、片腕で器用に写真を燃やし、大鎌を取り出す。

「意識の大鎌(いしきのおおがま)」。全長二百センチの大きな鎌。刃は硝子のように透き通り、その刃は対象の意識だけを刈り取る。

本来片腕で持つようなものでは無いが、右腕しかない以上、この片腕だけでやるしかない。

大鎌を片手で担ぐように持ち、走って奴との間合いを詰める。

奴は動かない。

間合いに入り担ぐように持っていた大鎌を、走った時の勢いと共に奴を目掛けて振り下ろす。手応えは…ない。

奴は振り下ろした大鎌に手を触れると大鎌を消し去ったのである。そしてこちらを敵と判断したのか、その手をこちらを引っ掻くように振り下ろす。

後ろに仰け反り避けそのまま距離をとる。しかし奴の手が服に触れてしまい、服が消える。

おそらく奴の術は手で触れたものを消す術。服だろうと、銃だろうと、腕だろうと、術だろうと手で触れてしまえば消してしまう。

今まで多種多様な術を見てきた。もちろんこの手の術に似たようなものを見たことがあるが、術まで消してしまうのは、あまりにも異端。それほどの術を持つ者は見たことがなかった。

それにこの左腕の状態も気になる。手で触れたものを消す術なら、何故腕だけ消えたのだ。普通なら私自体が消えるはずだ。消す範囲をある程度決められるのか。そしてこの左腕の手術痕も気になる。

単純に手で触れたものを消す術ではないのかもしれない。どちらにせよ手に触れることが術の発動条件なのは確かだろう。

簡単な手伝いだと思ったから写真はもう一枚もない。どうすればいいのだ。何か策は…。

しかし奴は考える暇を与えるつもりは無いようだ。間合いを詰めて引っ掻くように手を振り下ろす。手に触れたら死亡確定コース。流石に為す術もないがない。いつまでこの攻撃を避けきれるか。

攻撃を避け続けていると奴の動きがピタリと止まった。

「雨上くんを助けに来たのに、まさか霙葉くんを助けることになるとはね。どうしたの上半身全裸で、寒くないの」

この術とこの喋り方、影浦だ。

「そんな呑気にしている場合じゃあねぇ。影浦、そいつの手に触れるなよ。消し飛ぶぞ」

「大丈夫、大丈夫!丁度よく雲に隠れてた月も出てきたし、風向き的にもしばらくの間は雲にかからないから影を踏んでられるしね」

「そうか。とりあえず「気絶(スタン)」の写真はあるか」

影浦は「あるよ〜」と言い、写真をこちらに渡した。影浦にこの写真を渡しておいてよかった。

その写真すぐさま燃やし術を使用可能にする。

気絶(スタン)」。相手の後頭部を手で触れることにより、一時的に仮死状態にする術。一定時間立つと仮死状態が解除され、その後ある程度睡眠したあと自然に目が覚める。

これが効かなかったら流石に為す術が無くなる。雨上の後頭部にそっと手で触れる。すると雨上地面に倒れた。

「影を踏んでいるのに私の術が解除されたってことは、しっかりと仮死状態になったようだね。よかった、よかった」

「葉雪、あとは回収できるか」

「…え…あっ…うん。……わかった」

そういうと葉雪は雨上を連れて消えていった。

まだ動揺しているらしい。それも仕方がない。目の前で自分の兄の腕が消し飛んだのだから。私だって強力で異端で奇妙な術に恐怖している。

「いやー大変そうだったね、霙葉くん。…ところで雨上くんの点数を聞いてもいいかな」

「百点満点中五十点ってところですかね」

「君の点数付けは厳しいからね。プラス三十して八十点ってところかな。その点数なら合格だね」

まったく点数の付け方が甘すぎる。影浦らしいと言えば影浦らしいが。

…っとちょっと待て。

「おい。点数を聞く前にまず聞くことがあるんじゃないか。『その左腕どうしたの』とか『左腕大丈夫か』とか」

少しキレ気味で私は言った。仲間の左腕が消し飛んでたら普通心配するだろう。

「何を言っているんだい。君の左腕は三年前の交通事故で無くしただろう。今さら言う必要あるのかい」

「何を言っているんだい」はこちらのセリフだ。三年前から腕がないだって、そんな馬鹿な。左腕を失ったのはついさっきなんだ。そんなのありえな…。

いやまて。この左腕の手術痕。これが彼の言う三年前の事故のもので、その時手術したものだったとしたら。彼の言ってることが本当なら。

スマホを取りだし電話をかける。

「霙葉さんですか。私に何か用ですか」

「琥珀ちゃんかい。すまないけど、三年前に私が被害にあった交通事故のことを調べてくれないか」

「霙葉さんの頼みならいいですけど。…その…見返りは…」

「…わかったよ。帰ったらいつも通りなでなでしてやるから」

「約束ですよ!約束ですからね!」

「はいはい、約束だから。じゃあよろしくね。」

もし私の推測が当たっているなら、奴の術は危険すぎる。早めに対処しなければ。



005

走馬灯だろうか、小さい頃の僕がいる。両隣りには父と母。

確かこれは家族で東京オリンピックの開会式を見に行った時の、あの忌々しい日の記憶である。

「開会式楽しみだな。夕」

「うん。とーってもたのしみ。ねーヨウカ」

そういうと母の大きなお腹に耳を当て優しく撫でる。

「ふふっと」優しく微笑む母。

当時六歳の僕は家族で開会式を見に会場に向かっていた。

たわいもない、けれど微笑ましい家族の会話。絵に書いたような幸せ。こんな幸せが続くと思っていた。

会場付近は多くの人で混雑している。

「おとうさん。つーかーれーたー。ジュースのみたい」

「わかったよ。それじゃーあそこのベンチで休もうか」

たまたま空いていたベンチに移動し休憩する。

「はーやーくー!はーやーくー!」

「わかった、わかったよ。ちょっと待ってね」

背負ったリュックサックをベンチに置いて中から飲み物を取り出そうとする父。しかし父の表情が強ばる。

「逃げろおおおお!!」

そう大声で叫ぶと私に覆い被さる父。次の瞬間激しい光に包まれる。


目を覚ますと隣に父がいた。何が起きたか分からない私は父に聞く。

しかし何も喋らない。

全身が痛いがゆっくりと立ち上がる。

周りを見渡す。辺り中に散らばる小さな釘。倒れている人々。真っ赤に染った地面。そして足元には、血まみれで、たくさんの釘が刺さった両親。

子供ながらに私は理解した。死んでいる。みんな死んでいる。すると、全身に激しい痛みが走る。その痛みで私は倒れた。


そう、私の家族はこの時全員死んだのである。父も母も陽香も…。

ただ一人生き残った私は、祖父母もいなかったということもあり親戚の家に預けられた。

その後のことは誰でも想像出来よう。

父は世間からテロリストと呼ばれ非難された。そしてその息子である私は学校でいじめられた。

親戚の家にはマスコミが殺到した。そのせいで何度も引越しをする羽目になった。親戚は私のことを良くは思っていなかっただろう。

どうして私だけこんな目に会うのだろう。どうしていつも一人ぼっちなんだろう。そう思って生きてきた。しかし、それも終わりを告げるようだ。死という終わりを…


……何かがおかしい。違和感がある。

…父は死んだ…母も死んだ。

…ヨウカモシンダ?

…ナラ イッタイ 私ハ 誰トセイカツシテイタンダ。


…家ニイルノハ誰ダ…



006

目が覚めると僕は知らない天井を見ていた。

うぅっ…頭が痛い。吐きそうだ。

「ここはどこだ」

とりあえず周りを見渡…うぐっ。

突然視界が暗くなり、何か柔らかいものが顔に当たる。

「夕くん!生きてたんだね!よかったー!すっごく心配したんだよ!」

この声は葉雪さんだ。葉雪さんが覆い被さるようにして抱きしめている。そして乳が僕の顔面に当たる。

なんという幸せな柔らかさ、ここは天国か。夢でも見ているのだろうか……でもなんか息が苦…

「葉雪さん…息が…できな…い」

「あっごめんごめん」

そういうと彼女は抱きしめていた手を話す。

「葉雪さん。ここはどこですか」

「ここはね、術師探偵事務所の地下三階にある私の部屋だよ」

あのビルに地下なんてあったのか。いや、この場合はこのビルであろうか。

とりあえず起き上がる…か…。

「ど…ど…どうして葉雪さんが私の隣で添い寝しているんですか!」

さっきまで横になっていたから分からなかったが、一つのベットで、しかも隣に彼女が寝ているんだ!

「いや〜そう言われても、私のベットだし、一つしかないし」

「そうだったんですか、なら仕方ないですね…。ってなるはずないじゃないですか!」

少し変わっている人だな、とは思っていたが度が過ぎる。

「ゆうくん。暖かくて抱き心地も最高だったよ!」

抱き心地って抱き枕にでもされていたのか僕は。なんて人だ。常識ってもんがないのか。そして何故その時目覚められなかったんだ僕は。

すると部屋のドアが開く音がする。

「葉雪くん。雨上くんは目覚めたか…い……。ごめん、邪魔したかな。どうぞ続けて」

影浦さんは何も見なかったかのようにドアを閉める。

「ちょっと待ってください!誤解です!誤解ですから!」

私の悲痛の叫びが部屋中に響き渡った。



「それにしても生きててよかったよ。死んだのかと思ったからね」

「私も生きてるのが不思議です」

あのあと影浦さんが二人きりで話したいとのことだったので葉雪さんは部屋を出ていき影浦さんと二人きりで話していた。

ちなみに前半は誤解を解くために十分くらい話していただけでこちらは割愛させていただく。


「それでその…なんというか。理解できない事ばかりで…すみませんが説明して頂けませんか」

「うん。いいよ。じゃあ順を追って説明していくね」

影浦さんはゆっくりと話し始めた。

「君はたまたまチラシを見つけてウチに面接に来てくれたようだけれど、正確には違う。私たちがそうなるよう仕向けさせてもらった」

どういう事だ。仕向けさせてもらったと言ったのか。それに「私たち」だと。

「きっかけは君が前にバイトしていた店だよ」

前にバイトをしていた店。それはとある喫茶店である。店の名前はまごころ。たしか術師探偵事務所と同じビルの一階にあり、私はそこで一ヶ月間に満たない期間バイトをしていた。

もちろん面接に来たのは、チラシが最大のきっかけではあるのだが、その店のマスターが「探偵事務所の人達はいい人たちだ」とよく言っていたからというのもあった。もしかしたら私のことを受け入れてくれるのでは、という淡い期待をしていたのである。

「君がバイトをしていたその店のマスターはね、私たちの仲間なんだよ。だから君のことは前から知っていた。もちろん君のお父さんのこともね」

「尚更分かりません。何故私なんかをそんなに…」

「それはね。君が術師の子供だからだよ」

術師って一体なんだ。この人はさっきから何を言っているんだ。

「いきなり術師とか言われても困るよね。まずは術師について簡単に説明するとしよう」

術師(じゅつし)とは(じゅつ)を使いこなす者のことをそう呼ぶんだ。(じゅつ)とは(すべ)である。生きる(すべ)、理想を叶える(すべ)、世界を変える(すべ)。それが(じゅつ)って言っても分からないよね。簡単に言うと(じゅつ)って言うのは、君たちが言うところの魔法や特殊能力のことだよ。火を操ったり、水を凍らせたり、物を浮かせたり、そういう力を私たちは術と呼び、それを使うものを術師と呼んでいるんだ」

「…よく分かりませんが、つまりファンタジーやメルヘンのようなことが実際に存在するってことですか」

「そうだね。ファンタジーやメルヘンは実際に存在する」

「信じ難いですね。その話」

魔法や特殊能力がある、ファンタジーやメルヘンは現実だと言われ「はいそうですか」と言えるほど私は愚かではない。この人たちは新手の信仰宗教なのだろう。生憎だが、ウチは仏教だけで十分である。

「信じられないのもわかるよ。でもさ、君だって実際に術を見ただろう。写真を燃やしたら銃になる術とか」

そうだ、私は実際にそれを見たのである。写真を燃やしたところから銃が出るという、まるで魔法のような現象を。

「まだ信じられないよね。だから私が実際に術を見せてあげるよ」

「実際に見せてあげるよ」という事は影浦さんもその術師と言うやつなのか。

「私の術は『影踏(えいとう)』って言って影を踏まれてる者の動きを止める術なんだ。それじゃあ実際にやってみるよ」

そう言うと影浦さんは僕の影を踏んだ。

身体が突如として動かなくなった。手も足も頭も目も口も全て動かない。

「心臓や肺、脳などは動いているけどね。それでも使い勝手の良い術だと私は思っているよ。…おっとそろそろいいかな」

影浦さんが僕の影から足を避けた途端、動けるようになった。

「信じてくれたかな」

「まあ、こんなことをされたら信じるしかないですね」

信じるしかない。あんなものを体験させられては。

「ちなみに君も術師の血縁である以上、術が使えるよ。まあ使えるようにしたんだけどね」

「『使えるようにした』とはどういうことですか」

「術は誰にでも使える訳ではないんだ。術は基本的には術師の家系しか使えない。だから普通の人間は術は使えない。しかし、君の父親は術師だ。だから君も術が使えるわけ。本来、君の歳くらいならすでに術が使えるはずなんだけど、君の場合は術が眠っていた。だから君に特殊な弾丸を撃ち込んで目覚めさせたってわけ」

「…ということは」

「察しがいいね。君に与えた試験、あれは最初から最後まですべて私たちの演技だよ。ちなみに葉雪くんも君を撃ったあの男も私の仲間だ。護衛という試験の中で君の人間性や運動神経、判断力を分析して私たちの仲間にふさわしいか評価していたのだよ。そのついでに君の術を覚醒させて貰ったってわけ」

「ちなみにその試験は…」

「文句無しの合格。君が良ければ私たちと一緒に働いて欲しい。どうだい?」

魔法や特殊能力なんて非科学的な物など存在しないと思っていた。しかし今日、私は術というものを知りいつの間にか術を使うことが出来る術師にさせられていた。

そうなってしまった以上、後戻りはできない。後戻り出来ない所まで私は来てしまったのだ。後悔はない。

また悪いことだけでもない。

彼は私の父のことについて知っているようだ。もしかしたら、あの日のことについてより詳しく知っているかもしれない。あの日の真実にたどり着けるかもしれない。ならば答えは一つ。


「はい!是非お願いします!」



最後まで見ていただき有難うございます!

苦情、罵倒はいつでも受け付けておりますので気軽にご連絡ください。

ノリで書いたものですので続くかは分かりませんが1人でも見てくださる人がいるなら続きを書きたいと思います。いなくてもノリで書きます。

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