復讐は幸せを呼ぶ (最終回)
女神が異世界へと戻った後、俺は決戦が間近に迫っているであろう事を確信していた。
恐らく全力でかかってくる佑樹に、果たして俺は勝てるのか、もし勝ったとしても、佑樹と女神が幸せになる為にはどんな選択が必要なのか、そもそも俺が死んだら、開き直ってどんな世界でどんな能力を貰えば良いのか……等、考えるとキリがない。
こんな時こそ仕事に集中して雑念を祓いたいのだが、季節外れの台風接近で日雇い派遣の肉体労働は延期になってしまった。
真由美とは、顔を合わせる事は無くとも電話やメールで交流は続いており、どうやら先日は久し振りに外出して髪を切ってきたらしい。
女神からは守銭奴疑惑をかけられてしまった真由美だが、それならそれで良いのだ。
外に出て、人間不振を解消して、やがて働いたり恋をしたりしてくれればそれで良い。
ビュオオオッ
叩き付ける様な強風が、ランダムにオンボロアパートに押し寄せる。
流石にここが倒壊するとは思えないが、自然の脅威は話し合いが通用しないだけに、ある意味佑樹達より恐ろしかった。
オンボロアパート住人が強風に怯えているまさにその時、空がオレンジ色に染まり始める。
まさか、このタイミングで来るのか?
瞬く間に、空はいつもより鮮やかなオレンジ色一色に染まって行く。
その光を浴びたアパートの住人達は、俺を除いて一瞬にして石の様に固まってしまった。
そして白い光の中から、佑樹と女神が降りてくる。
恐る恐る外に出てみた俺は、オレンジ色の空の下では強風が全く吹いていない事に気が付いた。
そして馴染みの来訪者に目を向けると、いつになく闘志をギラつかせた表情の佑樹が剣を二本持っていた。
最終決戦、一騎討ちだ。
佑樹は俺にゆっくりと近付き、剣を一本地面に突き刺して俺の顔色を伺い、やがて後退りする。
「松木さん、貴方の剣だ。僕も全く同じ剣で戦う。今日で終わり。どちらかが死ぬまでやるよ」
怖じ気づいた訳ではないが、今更戦う意味があるのだろうか?
俺は佑樹に呼び掛けた。
「佑樹!俺は異世界にも転生にも興味はないと言ったはずだ!もしお前が、本当に俺を救いたいと思っているなら、もう戦う必要は無いんだ!」
そんな俺の訴えが終わる前から、佑樹は全力でこちらに突進してくる。
俺は慌てて目の前の剣を拾い、取りあえず防御の構えをとった。
ガキィッ!
耳をつんざく金属音とともに、佑樹の剣が俺の剣の上に襲いかかった。
体格だけなら俺の方が身長も体重も上だ。
だが、長年剣に特化した鍛練を積んでいる佑樹の力は並ではなかった。
「僕は異世界では敵無しの剣士だったよ。でもそれは異世界だけで使える魔法や、女神様のサポートがあったからだったんだ。少しずつ慢心して、実力で強くなれたと思っていた自分が恥ずかしいよ。松木さん、貴方の転生なんて、もうどうでもいい。これは剣士としての意地をかけた勝負なんだ」
鬼の形相で俺を睨みあげる佑樹は、独白しながらも全く力が衰えていない。前回の戦いとはまるで別人だった。
俺は防戦一方になり、剣を支える両手にも踏ん張りが効かなくなってきた。
「くおおぉっ!」
俺は一旦膝を曲げ、その反動で立ち上がり佑樹の剣を押し返す。
佑樹が一瞬よたつく間に俺は間合いを詰め、佑樹の見よう見まねで剣を取りあえず振ってみたものの、フォームを読み切っていた佑樹にいとも容易く防御され、突き出された剣で胸骨の辺りを刺されてしまった。
「くうぅっ……」
痛みとともに流れ出る鮮血、だがしかし、思った程の痛みや恐怖は感じない。
興奮しているからなのか、それとも、目には見えない何かに助けられているのか?
「とどめだ!松木さん!」
佑樹は全力で俺の首を狙いに来る。
まともに喰らったら死ぬ。
左右に避ける時間は無い。
俺はわざと両足を踏み外す様に力を抜き、間一髪で佑樹の剣を頭上にかわした。
佑樹の首から下はがら空きだ!
その瞬間、俺を見下ろして微笑んだ佑樹は、わざと防御の手を広げて俺の剣を胸で受け止めた。
「……………!!」
俺の剣は佑樹の左胸を貫き、佑樹は細やかに痙攣しながらもどうにか笑顔を作り、ゆっくりと倒れながら語りかけた。
「……ありがとう松木さん……最初からこれが狙いだったんだ……僕はこの世界に戻って来るから……貴方に復讐しに来るからね……」
佑樹は地面に崩れ落ちる。
俺は激しく動揺し、剣の刺さり所と出血量を改めて確認して泣き叫んでいた。
「うわあああぁぁ!うわあああぁぁ!」
俺は……俺は佑樹を二度も殺してしまった。
気が狂いそうだ。
転生出来るとか、そんな事は関係ない。
これ以上、俺に悪夢を見させないでくれ!
「おい!何とかしろ!女神なら傷くらい治せるんだろ!頼むよ!」
俺は跪き、泣きながら女神に哀願していた。
女神は俺と佑樹から顔を背け、震える声を絞り出してこう言った。
「……これが……佑樹様の願いです……もう少しだけ待てば、松木さんへの復讐案件で……佑樹様のこの世界への転生が承認されます……」
「バカ野郎!今までずっと一緒にいた相棒が死にそうなのに……何とも思わねえのかよ!」
俺は女神に八つ当たりを続けた。
最低の行為だとは分かっていたが、黙って耐えていれば、俺だけが二度の殺人を背負う苦しみに押し潰されそうだったのだ。
「……もう……人間の死は……見飽きましたよ……」
女神はすすり泣きながらうつむき、佑樹がひっそりと息を引き取った事を気配で察知すると、彼の亡骸に近付いてそっと瞼をその白い指で閉じた。
「悔しい……早く……早く一級神になりたい……」
女神は瞳を大粒の涙で濡らし、オレンジ色の空が明けるとともに、佑樹の亡骸を抱いて大空へと消えて行った。
俺は結局、オレンジ色の空が消えて強風に晒されても暫くの間泣き叫んでいたが、ふと足元に残された手紙の存在に気付き、その手紙が佑樹からのメッセージだと分かった。
(親愛なる松木さん、僕の我儘でこんな事になってしまって、本当にごめんなさい。お詫びに、僕と女神様が貴方の為に最後の魔法をかけました。貴方が住むアパートの近くに、もうすぐパチンコ屋さんが建ちます。そこの新規スタッフに応募して働いて下さい。絶対上手く行きます。僕と女神様も、少し時間がかかるけど絶対この世界に転生して戻ります。それではまた)
何を今更就職斡旋……と、その場で破り捨てそうになったが、残念ながら前科者のパチンコ屋からの再起は現実でもよくある事だ。
俺は一応、頭の隅に留めておき、一日も早い佑樹の転生を待つ事にした。
それから二ヶ月、ダメ元で佑樹の指示したパチンコ屋の面接を受け、即採用。やがてバイトリーダー、正社員、副店長となり、僅か2年で俺は店長にまでのし上がってしまった。
バイトから正社員になった辺りまでは、後がない人生の俺が死ぬ気で働いたからこその結果だと思っていたが、流石に店長にまで出世すると、何らかの力が働いたのではと思ってしまう。
とかくブラック待遇が多い業界にも関わらず、俺が店長になった店舗では対偶改善が実現し、求人でも人気の店舗となっていた。
これにはやはり理由がある。
そして多分、裏もある。
真由美と俺は、あれからも交流を続け、遂に真由美もパートで社会復帰を果たした。
俺との仲はまだ、友達以上恋人未満と言った所だが、俺はもう、生きる目的のひとつとして彼女が必要であるだけで、結婚など眼中には無かった。
結婚出来たら素晴らしいとは思うが……。
ピピピピッ……
秋も深まったある日、店長会議を終えた俺の携帯電話に副店長の山下から連絡が入った。
何やらバイトの面接に来た男がイカれているという。
「山下お前、副店長のくせに面接ひとつこなせないのか?……?何?履歴書に異世界?剣士職?」
これは嫌な予感がした。
また、ある意味嬉しい予感もした。
俺は山下に待機を命じて、店舗へと急いだ。
「あっ、松木店長!お疲れさまです!」
そこにはやはり、佑樹と女神が待っていた。
今は吉田佑樹ではなく吉岡雄司と名乗っている様だが、間違いなく佑樹であった。
履歴書に書かれている、16歳で高校中退、異世界で5年間剣士職経験、再転生まで二年間留年という経歴は、副店長の山下から見れば確かにイカれているが、俺から見れば間違いの無い経歴なのだから。
「あの時、女神様のキャリアが98年目だったから、彼女が一級神に昇進するまで、二年待ったんです!心配させて申し訳ありませんでした」
「アマネです。この度は弟がイカれた態度を見せてしまい、姉として責任を痛感しております」
碧髪の女神は一級神となり、アマネという名前を得て、佑樹の臨時の保護者に収まっていた。
勿論、あの美しさは微塵も変わる事は無いが、かつての毅然とした冷たさが恋しい様な気もしてしまうのは、男の我儘なのだろう。
アマネは今、とても幸せそうに見えるから……。
「ところで、わざわざ俺の店に面接に来たって事は、この業界で使える能力を貰ったんだろ?何だ?釘読みか?」
俺は店長として当然、仕事のスキル系の能力を貰っていると思っていた。
だが、佑樹の口から出た言葉は、俺を驚愕させるものだった。
「僕が貰った能力は、松木さんが仕事の上司でいる限り、僕を解雇出来ないブロック能力です!松木さん、これが僕の、貴方への復讐だよ!」
佑樹は高らかに宣言した。
「……マジ?おいー、勘弁してくれよー!」
「店長ぉー、マジでこいつ雇うんですかぁ?お姉さん雇いましょうよ!俺、大歓迎!」
くっ……俺達の戦いはこれからダァァッ!!
(終わり)
いかがでしたか?
異世界転生ものの影のレギュラーである、主人公を轢いちゃうトラック運転手にスポットを当ててみました。
本作は、一話完結に拘って一話が終わるまでは何万字でもいってしまう私の創作の幅を広げる為に、一回2000字くらいのスマホ向きの長さを意識しました。
って言うか、ネットの小説って普通そんな感じですもんね。
プロット制作から執筆、投稿まで二日で終わりましたが、短期集中連載ゆえか途中から女神様がカッコよくなりすぎて、タイトルも「この女神がスゴい!」とか言うやつに変えた方がいいのかも知れませんね。
今回この作品で、読みやすく区切りつつ話を崩さない分け方など、色々な事を学べました。
私のもうひとつの作品「バンドー」でこれらを活かすかと言われると、今更遅いので活かせないと思いますが、更に創作が楽しくなりました!
勿論、日本全国約6名の「バンドー」ファンの皆様とともに、「バンドー」も何とか盛り上げたいと思っています。
最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました!感想、評価、批判、色々寄せて下さい!




