女神は氷の女
俺は佑樹から逃げる為、全速力でアパートを飛び出した。
どうするかって?逃げるんだよ。
相手は剣を持っていて、こっちは丸腰。
相手は俺を殺しても女神と一緒に異世界にトンズラ出来るが、俺が佑樹を二回殺せば100%人生終了だ。
せめて、防具のひとつでも手に入れないと……。
幸い、この地域の土地勘だけは俺に分がある。
俺はわざとアップダウンの激しいコースや脇道を選び、無我夢中で奴等の目を眩ませた。
オレンジ色の空の下では、俺以外の人間の時間は止まっている様だ。
これは女神の力だな。助けを呼ぶ事も出来ない。
「はあ……はあ……」
体力を消耗し、俺はどこかのコインパーキングで崩れ落ちる。
複雑なコースだけではなく、上空からも見えにくい道を選んだんだ。そう簡単に追い付かれる事は……ああぁ!?
そこには既に、駐車していた車にもたれる佑樹と女神の姿があった。
「松木さん、お疲れさま。どこに逃げても無駄だよ。いい加減観念してよ」
佑樹は出来るだけ嫌味に聞こえない様に言葉を選んでいたが、どうやっても嫌味だよ、これは。
「佑樹様、貴方の魔法はこの世界では使えませんわ。相手が弱っている内に早く」
女神は佑樹に余計なアドバイスを送る。
何だ、佑樹の奴、異世界じゃ魔法なんてものも使えたのか……そりゃ最強だろうよ。
俺は疲労の余りに脱力してしまっていたが、倒れ込んでしまっては一撃死を免れない。
立って、抵抗しなくては。
「たあぁっ!」
佑樹は流石に有言実行、最初のひと突きから俺の左胸を狙ってきた。取りあえずかわす事は出来る。だが、その後どうすれば……?
ビシッ!
「わっ!痛てててっ!」
判断が遅れた俺の右頬を佑樹の剣が掠め、僅かな出血とともに俺は地面に転げ落ちた。
「ゴメンよ!松木さん!」
佑樹は地面に転がる俺の心臓を目掛けて全力で剣を振り降ろす。俺は咄嗟に手元の小石を佑樹の眼の近くへ放り投げた。
「わっ!」
佑樹は小石が眼に直撃する事を恐れて眼を瞑り、剣の軌道は俺の左腕に移った。
ジャキッ!
佑樹の剣は俺の左腕をかすったものの、服が破れただけで大した出血は無い。俺は隙を突いて両足で思いっきり佑樹の股間を蹴り上げた。
「あぐぐっ……!」
佑樹は激痛の余りに地面に転げ回り、その様子を眺めていた女神は薄ら笑いを浮かべながら肩をすくめて見せた。
「……人間には、心も身体も余計なモノが多過ぎますわね……」
女神は痺れを切らしたのか、地面に転がる佑樹を足蹴にし、何やら魔法の様な、妖しい構えを見せている。
「佑樹様が貴方を殺すという事は、佑樹様が貴方にとどめを刺すだけで良いと言う事。死の直前までは、私がお相手させていただきますね……」
佑樹相手とは比べ物にならない恐怖を感じた俺だったが、何故だろう?目の前の光景が幻想的な迄に美しい……。
女神が魔力を使ったからなのか、オレンジ色の空が薄れてきた。
女神はやや悔しそうに舌打ちし、無様な姿を晒す佑樹の肩を抱いて立ち上がらせ、白い光の中をゆっくりと舞い上がり、やがて大空へと消えて行った。
どうにか今回も命拾いした。
異世界からここに来る迄に魔力を大量に消費しているのかどうかは分からないが、佑樹達はこの世界に30分くらいしかいられないらしい。
おい、ところでここ何処だよ?
午後から日雇い派遣の仕事が入ってるんだよ!初仕事に遅刻出来るかよ!
ある意味、最大のピンチが俺に迫っていた。