佑樹は孝行息子
佑樹は異世界に転生した後も、度々実家を訪れていた様だ。
俺はつい先日まで、5年間も刑務所にいたから世間に疎くて当然なのだが、異世界だの転生だの、東京の人間には浸透している現象なのだろうか?
「初めて今の佑樹が家に来た時は、勿論疑っていたのよ。所謂オレオレ詐欺なんだろうなって。でも、見た目や身体の傷痕のそっくり具合に、想い出話や家の事情まで知り尽くしていて、昔と同じ家族の団欒が戻って来ると、これはもう、佑樹の生まれ変わりが新しい家族になったと考えるしかなかったの。もう少し、長く家にいて欲しいんだけど……」
母親は嬉しそうに笑う。
確かに、盆と正月にだけ帰ってくる大学生の佑樹だと考えれば、全く不自然さは無い。
異世界事情があるにせよ、2、3日泊まってやれば良いのだが。
父親は母親の様子に目を細めながら、理屈では証明出来ない安らぎを受け入れている様に見えた。
「松木さん、これからもし今の佑樹と会うことがあれば、前世のお詫びに優しくしてやって下さい。私達も、異世界や転生を信じるつもりはありませんが、佑樹にそっくりな若者が幸せでいられるならそれは素晴らしい事だと思うんです。話せるペットじゃありませんけど、そんな存在として、終わりの時が来るまで今の佑樹を受け入れたいと思っているんです」
家族の命を奪った男に対して、こんなに穏やかに接して貰えるとは思わなかった。
俺には生意気な印象ばかりが目立った佑樹だったが、彼の親孝行は本物だ。
俺を救いたいと言う気持ちにも、打算や思惑は無いのかも知れない。
争わずに話し合えたら良いのだが…。
殺されるのは嫌だよ。轢いておいて何だけどさ。
結局、当面の住居は、大学時代に住んでいた風呂無し四畳半アパートに決定した。
15年前から住み続けている貧乏ミュージシャンと再会した時は、お互いの人生のレベルに笑いが止まらなかったが、15年前から変わらない大家さんに再会した時は、温かさに涙が止まらなかった。
明日は初めての日雇い派遣の仕事も決まった。それだけで人生は上々に思えた。
だが、世の中そう上手くは行かない。
今日は朝から空の色がオレンジ色に変わってしまったからだ。
俺はオレンジ色の空を眺めながら、佑樹と女神がいつ現れるのかと緊張感を持って集中力を高めていたのだが、意外にも玄関のチャイムを鳴らして礼儀正しく襲撃してきた。
「お前ら、どうしてここが…」
昨日入居を決めたばかりのアパート、しかも昨日佑樹達が去ってから探した部屋だと言うのに……。
「この程度の捜索が出来ない様では、世界の次元の壁を越える事は出来ませんわ」
女神は口調こそ明るいものの、醒めた眼差しのまま緊張感を崩していない。
「今日は一応、理屈を説明しに来たんだ。戦うのはその後だね」
昨日、実家を経由してからの今日だけに、今の佑樹には余り敵意を感じない。普通の大学生と話をしている様な気分だ。
「まず、僕が貴方を殺して、女神様が貴方を転生させてくれれば、転生の動機ポイントのひとつである復讐案件によって、自動的に僕と同じ世界に転生出来るんだ。その時、女神様から希望する職業と能力を与えられるんだけど、僕は今、その世界で一番の剣士だから、僕の口利きでそれなりのポジションから始められる。要人専属の運転手ならかなり稼げるよ、松木さん」
運転手なんて二度とやらねえよ!バカ!
「……言いたい事は分かった。確かに魅力的な話ではあるな。だが断る。月並みな返事で悪いんだが、俺は死ぬのが怖い。剣が刺さって痛いのも嫌だ。俺はお前を殺してしまったから偉そうな事は言えないが、お前を殺したくて殺したんじゃない事は分かるだろ」
俺の返事を聞きながら、碧髪の女神はクスクスと微笑む。
「人間って、変な所に拘りを持っているのですよね……」
悔しいが、今までで一番美しい笑顔だった。
何て女だ。
「分かったよ松木さん、ここからは実力行使だね。行くよ!」
佑樹の表情は穏やかで、とても今から俺を殺しにかかる男のそれには見えない。だがしかし、彼の右手は既に剣にかかっていた。
「ちっ、あばよ!」
俺は悪党の様な捨て台詞を吐き、全速力でアパートを飛び出した。