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彼は異世界大英雄


 オレンジ色の空から降りてきた若者は、何故か俺の名前を知っていた。

 

 にわかには現実と思えないオレンジ色の空をCGやホログラフだと仮定すると、この二人組は俳優さんで、ドラマか映画の撮影をしているとも考えられる。

 何やら中世の剣士みたいなコスプレしてるしな。

 

 もう、俺には失くすものはない。芸能界の斬られ役にでもなれたら最高じゃないか。


 「ああ、俺は確かに松木修治だ。だが、あんたと会ったり、話をした記憶は無いんだが……何故俺の名前を知っている?」


 「それじゃあ、僕をトラックで跳ねた事は覚えてる?」


 若者の突然の一言に、俺は脳天が破裂するかの様な衝撃を受けた。

 

 交通事故をマニアックに追う時事オタク、或いは俺が轢いてしまった少年の家族や友人なら、俺の名前は忘れないだろう。

 だが、この若者は自分が俺に跳ねられたと言っている。


 そんな事はあり得ない。万が一あり得たら、俺の殺人罪は冤罪になるのだから。


 「おいお前、いくら俺が犯罪者でも冗談が過ぎるぞ。俺が轢いた少年がお前だと言うのなら、お前は傷害を殺人にすり替えた犯罪者だろ」


 ただでさえ気分の重い今、こんなおかしな奴に時間を取られたくない。

 第一、俳優ならば全然イケメンじゃないし、歳上の人間への礼儀もなっちゃいない。

 俺は語気を強め、この若者が白けてこの場を離れてくれる事を祈っていた。


 「この方は、確かにこの世では命を失っておられますわ」


 ふと若い女性の声がする。

 今まで若者の陰に隠れていたが、彼と俺との会話が噛み合わない事を案じたのか、彼をフォローしている様子だ。

 スラリとした長身だが女性的なスタイル、白い肌に青い瞳、現実世界ではまずお目にかかれない、不自然さの無い碧髪と、息を呑む美しさに惹かれる女性である。


 「僕の名前は吉田佑樹だよ、松木さん」


 吉田佑樹……忘れもしない、俺がトラックで轢いた少年の名前だ。

 だが、この言葉に衝撃は受けない。

 名前なら幾らでも嘘はつける。仮に事実でも同姓同名の人間だって幾らでもいるはずだ。


 「佑樹様は5年前、貴方の運転するトラックに跳ねられ、右腕の肘から下、左の足首を失い、最終的に首の骨を折った事で亡くなりました。覚えていますか?」


 若い女性は、聞いている俺が記憶で吐きそうになる程正確に、当時の少年の様子を語りだした。

 

 おかしい、こんな詳細な状況を知るのは、執刀医についた看護師くらいしかいない。

 そして女性は、信じられない様な話を更に続けるのであった。


 「私は女神として、佑樹様の一生を不憫に思い、神の力で身体の傷を治療し、この地球とは違う異世界に彼を転生させたのです」


 女性はその話が終わらない内に、若者の衣装の袖と裾を捲り、傷痕こそ残るものの見事に回復した彼の右腕と左足を俺に見せつけた。


 流石にここまで来ると、悪い冗談レベルは超えている。

 これは真実か、それとも国家絡みの隠謀かのどちらかだ。


 俺が愕然としているのを察知したのだろう、若者は柔和な笑みを浮かべて俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


 「僕は貴方のトラックに跳ねられて死んだけど、そこにいる女神様のお陰で異世界に転生して、その世界の英雄になったんだ。剣では無敵、賞金も沢山稼げて、女の子にもモテモテ。幸せだよ。だから松木さん、寧ろ貴方には感謝してる。今の貴方を異世界に連れて行って、今の貴方の不幸な人生を救いたいんだ!」


 ……俺を救いたい、だと……?

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