俺は犯罪者
居眠りした訳じゃない。
信号も確認した。
歩行者の飛び出しにも対処出来る想定だった。
だが、俺は少年を轢いてしまった。
「ここで、交通事故のニュースです。今日の午後4時頃、東京秋葉原の路上で、16歳の少年がトラックに跳ねられ死亡しました。現場は見通しの良い直線でしたが、目撃者によると、少年は読書に気を取られて赤信号を渡っていたとの情報です」
「続報です。警察は少年を跳ねた東大日本交通の運転手・松木修治容疑者28歳を、業務上過失致死の疑いで現行犯逮捕しました」
今だからまだこうして冷静に話せるが、俺が少年を轢き殺してしまった時の事は、思い出すだけで目の前が真っ赤になる程の消せない過去だ。
無理矢理にでも眼を閉じて、これが夢であってくれと毎日泣きながら願っていた。
少年側の信号無視と、過労死基準オーバーの会社の労働環境が認められ、俺は模範囚として5年で出所する事が出来たが、殺人犯に世間がそう簡単に手を差し伸べてくれるはずもない。
俺の人生は、ほぼ終了した。
33歳になっていた俺が向かったのは、当然実家だ。そこしか行く所がない。
幸い、事故を起こす前まで、うちの家族関係は悪くなかった。長居はさせて貰えないだろうが、何とか仕事を探すまでなら居候出来るはずだった。
実家がない。
一家離散や引っ越しではなく、両親の心労による急病死が原因の解体だった。
役所から遺言状と僅かな土地の売却益を受け取った俺は、親族に頼れる立場でもなく、この金からどうにかして生き延びなくてはならなくなってしまった。
土地の売却益が俺名義の口座に入っていた事だけが救いだが、所詮は田舎の土地。今の額面だけを見て迂闊に都会の賃貸には入れない。
かと言って外泊続きでは金はすぐに底を尽く。
これから冬に向かう季節である。住居の目処が立つまで野宿というのもキツい。
今日の所は取りあえず、ネットカフェで暖を取ろう。日雇い派遣の仕事くらいは見つかるかも知れないしな。
だが結局、ネットカフェでは何もする気が起きなかった。
客層の多くは、俺が轢いたあの子が今、生きていたらという年代の子だ。
暇潰しのマンガやオンラインゲーム…キャラクターはみんな、俺が轢いたあの子くらいの年齢ばかりだ。
罪の意識が頭を離れない。
朝方、殆ど眠れないままネットカフェを飛び出した俺には、どんな景色も沈んで見える。
美しい日本の四季は、死んだ。
美しい日本の空はオレンジ色……んん?
空がオレンジ色?
おかしい。頬をつねってみたが、これは夢じゃない。
周りの人は空に目もくれず歩いている。
オレンジ色の空は、俺にしか見えないのだろうか?
俺が呆然とその場に立ち尽くしていると、オレンジ色の空から白い光が降り注ぎ、更にその中から二人の人影らしき物が降りてきた。
どうやら、若い男女の様だ。
見慣れない格好をしているものの、オカルト宇宙人の様な見た目ではなく、普通の人間に見える。
彼等の足下にある白い霧が晴れ、若い二人の男女が俺の前に姿を現した。
「松木修治さんだよね?会いたかったよ!」