プロローグ
やけに重い瞼を無理やり開く。
不愉快なぬめりを帯びたような風が手をすり抜け、身震いした。手元に目をやると頑丈そうな手枷と太い鎖で寝台に縛り付けられているのが目に入る。力の入らない体で少しだけ引っ張ってみるが、それだけでどうやら抜け出すのは不可能そうだと察した。
霧の中で森を歩き回っているかのように意識がハッキリしない。壁に据え付けられた燭台の灯が揺れて眠りに誘ってくるのを、眉間に力を入れて振り払う。
蝋燭の明かりだけで心もとなかった視界が慣れてきて、ようやく周りの様子を少し確認できるようになった。恐らくここは地下室なのだろう――。等間隔で水滴が地に落ちる音と、妙に冷たく重い空気は昔行った鍾乳洞を思い起こさせる。
10メートル四方ほどの空間の真ん中に石製の寝台が置かれ、そこに自分が寝かされているのは分かる。問題はどうしてこうなってるのか……という一点に絞られた。
――――
考えを巡らせる時間は長くなかった。
いつの間にか現れた黒いローブで顔まで覆った数人に取り囲まれ、拘束されている手足をさらに力強く押さえつけられる。
抗議の声を上げようにも口はまだ思うように言うことを聞かず、自由を取り戻した瞳は横に立つ男に視線を注ぐ。
「君で百人目の魂になる……我々の目的の、そしてこの世界のために……」
枯れ木のような指、長く伸びた汚い爪、露出している部分だけでも異様さを隠しきれていない男は手にしたハードカバーの古ぼけた本を開き、こちらに差し出した。
「これでこのグリモワールは完成する……さあ! 食らうがいい!」
最後に見た光景は、紫色の閃光と見開かれた驚愕の瞳、そして紅蓮の炎に包まれていく自分の姿だった……。