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第92話 突然の別れ



「……ああ~~、疲れた。もう魔力が残ってないな、これは」


急激に来た精神的な疲労にふらついた俺を、師匠が手を取り支えた。


「……なんだ、お前だってふらついてるじゃないか?」


悪戯っぽく笑ってそんなことを言ってくる。


「……俺は純粋に疲れただけだっての。師匠と違ってまだ若いんだぞ?」

「……そんな事を言うのはこの口か?この口が悪いのか?」

「っ痛いっ!痛いって、師匠っ!ごめんなさいっ!!俺が悪かったですっ!!」

「……解ればいいんだ。二度とその話題は口にしないように……」

「……はい、肝に銘じておきます」


……何だろうな、俺が勝ったはずなのに師匠に一生頭が上がらないこの感じは。

まあ実際、今回はルールのおかげで勝った様なものだしな。

師匠も俺に対して、全ての手札を見せた訳でもない。

もしも実戦で戦ったなら、いまだに俺に勝ち目は無いだろう。


それでも俺が、師匠から得た初めての勝利だ。

後はこれから、その回数を上げていくよう努力し続けるしかない。

……まあ1度見せた手はほとんど通じなくなるから、先が思いやられるけどな。


俺がそんな事を考えていると、師匠が俺の手を引き家の方に向かって行った。

まだ日も高く、1戦しか模擬戦を行っていないにも関わらずだ。


「ちょっ、師匠?何してんだよ、まだ1戦しかしてないだろう?」

「今日はもう終わりだ。今のお前じゃ連勝するのは難しいだろう?」

「……いや、まあそうなんだけどさ。それと何の関係があるんだよ?」

「大有りだ。お前の記念すべき初勝利だぞ。この後お前が負けて嫌な気分でお祝いしたくないじゃないか?」


そう言って本当に嬉しそうな笑顔を向けてくる。

俺に負けたというのに師匠は、俺の勝利を心から祝福してくれていた。

そんな風に俺の事を思ってくれる師匠には、本当に感謝している。

……うん。だから、次戦の俺の負けが確定しているという事実を笑顔で突きつけ、心を(えぐ)りにくるのは本当に勘弁して貰えないでしょうか、師匠……



こうして家へと帰ってきたが……


「それじゃ、お前は部屋で休んでいろ。準備が出来たら呼ぶからな」

「……いや、俺も手伝うよ。部屋に居ても退屈だし……」

「駄目だっ!!今日のお前は主賓なんだぞっ、手伝わせる訳にいくかっ!!」


……あ、駄目だ。これは師匠が絶対に譲らないやつだ。

下手に食い下がると機嫌が悪くなるのは、ここでの生活で嫌になるほど学んだ。

これは師匠の気の済むようにやらせるしかないな、と素直に引き下がる。


「……解った、部屋で楽しみに待ってるよ」

「ああっ、期待していろよ。驚かせてやるからな」


目を輝かせる師匠を残し、俺は部屋へと帰っていった。



しばらくして師匠が呼んだので、リビングに行くと


「……凄いな。これ全部師匠が作ったのか?」

「当然だろ?私が本気を出せばこんな物だ」


テーブルの上には、今まで見た事もない様な豪華な料理が並んでいた。

肉に魚、野菜に果物。調理方法も様々で彩りも美しかった。

席に着いて食事を始める前に、師匠がグラスにワインを注いだ。


「……師匠?これは……」

「私のとっておきだ。こういう時の為にとっておいたんだ」


優しく笑う師匠と乾杯して、ワインを口に含んだ。


「……ああ、美味いな。……どうだ、初めてのワインは?」

「……正直、よく解らん。なんか渋いというか、複雑な味なのは解った」

「まあ、お前も飲みなれていけば解るさ。酒は奥が深いぞ」

「まあ、飲みやすそうなのがあれば教えてくれよ。次に勝てるのが何時になるかは不明だけどな」

「……そうだな。次の機会ではそうするとしようか」


そして料理に手をつけたが、どれも絶品だった。

感想を言いながら食事を進めて、楽しい時間を過ごした。

後片付けから風呂の用意まで師匠が行い、正に至れり尽くせりだった。


風呂に入ったら、酒の影響かやたらと眠くなって先に寝る事にした。


「それじゃ悪いけど先に寝るな。おやすみ、師匠。また明日な」

「……ああ、おやすみ。寝坊するなよ?」


そう言って部屋に入るとすぐに横になった。

あっという間に眠気がきて、俺はそのまま目を閉じた。




「……じゃあな、カイン」




……そんな声が聞こえた気がした。



朝になり意識が覚醒してゆく中で


(……そういえば、師匠の名前を聞くのを忘れてたな……)


その事を思い出し、会ったら聞いてやろうとリビングに行くと師匠は居なかった。

昨日はずいぶんと上機嫌だったから、まだ寝ているのだろうと思っていたが


(……何だこれ。昨夜寝る前には無かったよな?)


テーブルの上に袋があり、一緒に手紙も添えてあった。

封を開け手紙を読むと、それにはこの様な事が書かれていた。


『これを呼んでいる頃には、私はもうそこには居ないのだろう。何も言わずに突然居なくなってすまない。とある事情でもうお前と一緒に居る事は出来なくなった。


……お前に事情を話せば、私に協力すると言ってくれたと思う。しかし私はお前を巻き込みたくなかった。解ってくれとも許して欲しいとも、そんな事を言う資格は私には無いのだろう。……だけどお前を大事に思っている事だけは信じて欲しい。


……ここでの生活は、私が生きてきた中できっと最良の時間だった。最初はどこかぎこちなかったお前との関係も、お前が師匠と呼んでくれたあの頃からだんだんと大切な物になり、今ではこんな形で終わらせなくてはならない事が本当に残念だ。


……きっと今のお前なら冒険者としてやっていけるはずだ。近くの町までは地図を見れば行けるだろう。袋の中には当面必要なものを入れておいたので使ってくれ。……そしてもし可能ならば、お前には人間の世界で穏やかな人生を送って欲しい。……村を襲った魔族の事も、私の事も忘れて幸せになって欲しい。


……たぶん、お前と会う事はもう無いのだろう。私の名前を教えるという約束も、次にお前が勝った時に飲みやすい酒を教えるという約束も守る事が出来なかった。……お前に名前を呼ばれたら、きっと私はお前と別れる事が出来なかったと思う。……これはお前と出会って生まれた私の弱さであり、お前がくれた宝物でもある。


お前が同じ空の下で生きていると思えば、私もこれからきっと頑張る事が出来る。

……だからさよならだ、カイン。お前の幸せを心から願っているよ』


……手紙を読み終え、俺は外へ駆け出した。

周囲に【探査】を放つが、師匠の気配は残っていなかった。


「……ふざけるなよっ!!こんな、こんな形でお別れなんて……」


……俺は地面に膝をつき、ただ泣いた。

これが俺が師匠と別れた日の出来事だった。


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