第79話 生きる理由
いきなり現れたその魔族にも、俺は反応する事が出来なかった。
まだ頭の中が真っ白で、自分がどんな状態なのか理解出来ていなかったのだ。
それでも、かろうじて理解出来た事があった。
……コイツらのせいで村はこうなってしまったのだ、という事だ。
俺はゆっくりと歩きながらその魔族に近づいてゆく。
その魔族は俺が近づくのを、立ったまま待っていた。
ある程度の距離に達した時、俺はダッシュを仕掛けて殴りかかった。
5歳児の素手での攻撃なんて、当然効く訳も無い。
それでも俺は
「……返せ。返せよ!……父さんを、母さんを、村の皆を返せよぉぉぉ!!」
泣きながら、その魔族を殴り続けた。
しばらく殴り続けた後、首の後ろに衝撃を受け俺は意識を失った。
遠くなる意識の中、悔しさと自分の無力さを噛み締めながら、これで自分も両親の下に行けるのだという安堵した思いもあった。
意識を失う寸前、どこか遠くで誰かが
「……すまない」
そう言っているのが聞こえた様な気がした。
次に俺が目を覚ますと、そこは見覚えの無い森の中だった。
起き上がり見渡せば、辺りは鬱蒼とした木々に覆われていた。
そこそこ開けた川原で寝かされていたようで、近くには小さな川が流れていた。
ここがあの世なのかと思っていたが、すぐに間違いだと解った。
茂みの中から、あの魔族が現れたからだ。
「……目が覚めたか。なかなか目を覚まさないからそのまま死ぬかと思ったぞ」
などと、まるで何も無かったかのように話しかけてきた。
一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、すぐに怒りがこみ上げてきた。
「……ふざけるなっ!!皆を殺しておいて何言ってやがるっ!!!」
俺は再び突進して、そのまま殴りかかった。
しかし今度は殴られてはくれず、ひらりと身をかわし避けられた。
勢いあまって顔面から地面に突っ込むが、すぐに立ち上がり魔族を睨みつける。
「お前の、お前らのせいでっ!!何もかも全部無くなったんだぞっ!!」
俺のその台詞にも、その魔族は表情を変えない。
それがまた腹立たしく、再度殴りかかろうと魔族に向かって行った。
しかし、今度は殴りにいった腕を掴まれそのまま川に放り込まれた。
それなりに水深のある所を狙ったのか、少し水を飲んだだけで怪我はしなかった。
立ち上がり、水を吐き出そうと咳き込む俺に
「……少しは頭が冷えたか?もう少し考えて行動しろ」
などと、説教めいた事を言ってきた。
それに対し俺は
「どの口が言ってやがるっ!……殺す、絶対に殺してやるからなっ!!」
と、叫び返していた。
しかしこの時の俺は、ある意味正反対の事を考えていた。
村を襲われた時に知った自分の臆病さや無力さ、何も無くなってしまったあの光景を見た時の絶望感、そして唯1人生き残ったという罪悪感が俺を支配していた。
俺は魔族に対して殺す、と言っていたが本心は逆なのだ。
俺を殺して欲しかった。
皆がいなくなったこの世界で生きていく事など想像も出来ないし、皆の犠牲の上で自分だけが、のうのうと生きているなど俺にはとても耐えられそうに無かった。
死にたかった。死ねばまた村の皆に、あの世で会えると思ったんだ。
しかしその魔族は、俺のそんな心を見抜いたのか
「甘えるな。死んで楽になろうだなんて百年早い。お前の命はそんなに軽くない」
なんて事を言ってきた。
「……お前に何が解るんだよっ!!全部、無くなったんだぞ……」
俺のそんな叫びにも
「私には解らんさ。しかしお前は誰かに守られたから、今生きているのだろう?」
と返してきた。
あの時の事を思い出す。
父はあの時きっと死を覚悟していたはずだ。
それでも母と俺を守る為、勝ち目の無い戦いに赴いたのだ。
母は戦う力など持ってはいなかった。
それでも扉の向こうの俺を守る為、魔族の注意を引き自らを犠牲にした。
……ただ我が身可愛さで、臆病にも震えていただけの俺なんかを守る為に。
その事を思い出したら、涙が溢れてきた。
自分の情けなさに、臆病さに、無力さに。
そして何より、命懸けで俺を守り愛してくれた両親にもう会えない事に。
「ひぐぅっ……うあっ、うあああああぁぁっ……!!!」
俺はあの光景を見た時から、ずっと止まっていたはずの自分の時間が動きだしたのを感じた。
かなりの時間が経ち、ようやく泣き止んだ俺に魔族が話しかけてきた。
「お前、強くなりたいか?」
「……どういう意味だよ。俺を強くする意味なんてアンタには無いだろ」
「意味なんてどうでもいいだろう?お前がこれから生きていくにしても、復讐するにしても強さは必要なんだ。今のお前には強くなる手段を選ぶ余裕は無いだろ?」
「……俺が強くなったら、アンタを殺すかも知れないぞ」
「ああ、そうなる日を楽しみにしてるよ」
そう言って楽しそうに笑った。
……臆病で、無力で、情けない自分を変えたかった。
たとえそれが、自分が復讐すべき相手に教えを請う事になっても。
こうして俺はこの魔族に鍛えられ、強くなる事を選んだのだった。




