第70話 《剣聖》との手合わせ
斬った手ごたえがおかしい、と気づいたのだろう。
もう一度【転】を放とうとする《剣聖》に、俺は本気の魔術を放った。
《剣聖》の周りに、瞬時に半球状の水の壁を作りそこに雷を流しておく。
流石にそこに突っ込むつもりは無いらしく、俺に声をかけてきた。
「どういうつもりだ、小僧。せっかく面白くなってきたってのに……」
「そりゃこっちの台詞だっ!!いきなり奥義なんか出してんじゃねーよ、この剣術馬鹿っ!!手合わせだっつーたろうがっ!!!」
……危なかった。もし【斬撃軽減】や【衝撃緩和】程度なら防げなかっただろう。
まさか【斬撃無効】や【衝撃吸収】といった概念さえ斬り裂くとは……
今、おっさんが使った【転】はおっさんの奥義だ。
なんでも、無念無想の境地に至りどうとか言っていたが、俺には理解不能だった。
要するに、斬ると思った瞬間には斬っている、という意味不明の技だ。
以前出された時は、まさか本人以外は無差別に攻撃とは知らず酷い目にあった。
他の皆も俺の防御壁が間に合い、なんとか無傷だ。
3人は何が起こったのか解らないようで、きょとんとしている。
あの様子だと、ジュウベエも【転】を見たのは初めてっぽいな。
……まあ、上位魔族を倒した技をほいほい出されても困るんだが。
「まず実力を見てくれって言っただろっ!!何やってんだよ、あんたはっ!!」
「……いや、そいつら思ったより手強くって、面白くなってきてつい、な」
「つい、なじゃねーよっ!!あんなの防げるのが世界に何人もいるかよっ!!」
「いや、お前防いだじゃねーか。全員無事だったし何が問題だったんだ?」
これを本気で言ってるあたりが、このおっさんの恐ろしいところだ。
自分がとった行動に、なんら疑いを持っていない。
もしこれで死人が出ていても、まあしょうがないで済ませていただろう。
……他にも何人か似たような知り合いがいるんだが、泣けてくるな……
「……はあ、あんたに常識を期待した俺が馬鹿だったよ」
「そんな事より、手合わせ終わったんだから早く《春風》寄こせよっ!」
「……ほらよ。まあ、飲みながらで良いから3人の評価を聞かせてくれ」
「まあ、待て。まずは一献っと.……っかぁーー、美味いっ!!」
相変わらず、実に幸せそうに酒を飲むな、このおっさん。
今話しかけても不機嫌になるだけだから、しばらく放っておこう。
そうなると、3人の様子を見ておいた方がいいな。
「3人とも、どうだった?とんでもないおっさんだっただろう?」
「はい、全然攻撃が当たりませんでした。本当に速いですね。ただ動きが速いというんじゃなくて、時間を奪われると言った方がしっくりきますね」
「……全く主導権が取れませんでした。もっと先読みの精度を上げないと、何度戦ってもこちらに勝ち目は無いでしょう」
「私の苦手なタイプです。まず最初に動きを制限出来ないと、戦いにすらなりませんね。……導師様だったらどう立ち回るのか、教えて頂けますか?」
3人とも《剣聖》との実力差は感じながらも、その対策を考えている。
これなら心配しなくても、大丈夫だろう。
視線を感じたので目を向けると、ジュウベエがこちらを見ていた。
丁度良い。ジュウベエの意見も聞きたかったところだ。
「ジュウベエ、3人の戦いぶりはおまえにはどう映った?」
「……凄かったです。まさか3人掛かりとはいえ、あそこまで戦えるなんて……」
「そうか、ありがとな。でもまだまだ足りない部分も多いからな」
「いえ、拙者より若い3人があれほど出来たのは、とても刺激になりました」
言葉通り、3人を見て刺激を受けたのだろう。
そう言って、ジュウベエは気合に満ちた表情を見せていた。
さて、そろそろおっさんの方も一段落しただろう。
そう思い、おっさんの方を見てみると
「……美味えー、本当に美味いな、《春風》……」
と、良い感じに出来上がっていた。
うん、美味いのはよく解ったから、そろそろ仕事しようか?
「……おっさん、もう十分に堪能しただろ?いい加減働こうぜ」
「……ちっ、しゃーねーか。まだ美味そうな酒も残ってるしな」
姿勢は正すが酒瓶は離さないあたり、本当にブレないな。
おっさんが3人に向き合い話し始める。
「金髪と赤毛は見込みがある。銀髪は小僧程度が精々だな。鍛え方としたら金髪と赤毛は攻守共にワシが、銀髪は防御に限定して後は小僧に立ち回りを教われ」
おっさんはそう評価したが、妥当なところだろう。
どうしてもおっさんの鍛え方は、武術の才能が求められる。
フィリアはその点、どうしても2人に劣る。
その分をカバーする様な立ち回りは、俺の方が上手いだろうしな。
「それじゃ、明日からしっかり鍛えてやろう。ワシは小僧ほど甘くないぞ」
おっさんは不敵に笑いながら、そんな台詞を言い放つのであった。




