第69話 《剣聖》との顔合わせ
「……なんだ、てめえか小僧。相変わらず訳のわかんねえ事しやがって」
「……いきなり【浮舟】撃ってくる人間に言われる筋合いは無いと思うぞ」
しかめ面で言うおっさんに対し、笑顔でそう返す俺。
いかにジュウベエといえど、この状況ではおっさんの味方にはならなかった。
「つーか、ジュウベエ以外の気配も感じてただろう?万が一にでも怪我させてたらどうするつもりだったんだよ、おっさん?」
「はあっ?そんなのかわせねー奴と守れない馬鹿弟子が悪いに決まってんだろ」
うわー、このおっさん、本当に変わって無いな。
何が凄いってこれが演技ではなく、本当にそう思ってる事だ。
それなりの付き合いだが、俺はこのおっさんが反省したところを見た事が無い。
そんなおっさんを見て3人は
「あの、先生?そちらの方が《剣聖》様なのですか?」
「……想像はしていましたが、なかなか破天荒な方ですね」
「導師様とお知り合いというのも、納得のいく方ですね」
という、感想を漏らした。
ただ、フィリア。俺とおっさんを同類扱いするのは止めろ。
俺は間違ってもこんな人格破綻者ではない。不本意だ。
「……おい小僧、そこの3人は何だ?お前の女か?」
「……馬鹿言うな。俺の弟子だよ。ちなみに金髪のが《勇者》だ」
「ふーん、小僧に弟子、ねえ。しかも《勇者》ときたか……」
「ああ、あんたに顔合わせと、鍛錬を頼みに来たんだ」
俺は、今回の訪問の目的をおっさんに話した。
「……鍛錬、ねえ。お前の弟子だろ?何でワシが面倒を見なきゃならん?」
「俺じゃ武術面で、これ以上鍛えるのは難しいからだよ。俺の知る限り、おっさん以上の武術の使い手は世界にはいないからな」
「……まあいい。しかしワシが受けてやる義理も無い訳だしな」
「無料でなんて言ってないだろ?受けて貰えるんならこれを出そう」
そう言って、俺は袋から1本の瓶を取り出す。
それを見たおっさんは
「そっ、それは!!幻の銘酒《春風》じゃねーかっ!!」
「ああ、職人が一切の妥協を許さず、材料から製法までこだわり抜いて造り上げた幻の逸品だ。あんた程の酒好きでも、そうそう口にした事は無いだろう」
「絶対かっ!受けたらそれを寄越すんだなっ!!」
「あんたとの取引で騙すつもりはない。更に成功報酬でこれも追加しよう」
おれは更に、皇国の銘酒や王国の高級酒など、様々な酒を出して見せた。
このおっさん相手には、誠意だの情熱だのは必要ない。
こちらの望みを叶えるに相応しい酒を出せばいい。
なにしろ上位魔族を討伐した理由が、とある銘酒の酒蔵を襲い、全て持っていったからという、常人には理解しがたい理由だったからな。
俺の出した報酬を見ておっさんは言った。
「他ならぬお前の頼みだ。ここは、快く引き受けようじゃないか」
「……そういう良い台詞は、酒瓶じゃなく俺の方を見て言おうな」
俺の後ろで、3人とジュウベエが微妙な顔をしていることだろう。
しかしこれが、俺がこのおっさんとの付き合いの中で得た真理だ。
そして人格的には残念極まりないけど、それでも《剣聖》なのだ。
「さて、それじゃ早速《春風》を……」
「そんな訳にいくか。まずは3人と手合わせして実力を見てくれ」
「おいっ!待て、話が違うじゃねーかっ!!」
「……手合わせすれば渡すよ。その後好きなだけ飲んでくれ」
「絶対だぞっ!絶対だからなっ!!]
そう言って3人と向き合い言った。
「ワシはノブツナ。世間では《剣聖》と呼ばれている。さあ、掛かって来い」
「……えーと、カレンです。王国では《勇者》をやっています」
「……ルミラです。《守護騎士》と呼ばれています。お願いします」
「フィリアと申します。2人ほど強くないので、お手柔らかに……」
お互いに自己紹介を終えたので、俺は声をかける。
「3人とも、本気で行けよ。そうじゃなきゃあっという間に終わるぞ」
その忠告を聞き、3人は気を引き締めた。
俺がこういう時、決して冗談を言わないと知っているからだ。
《剣聖》と向き合う3人だが、油断した様子は無いのに、【縮地】によって一瞬で間合いを詰められた。
「「「……っ!!!」」」
俺とは比べ物にならない位、滑らかな【縮地】だ。
更に3人の前に1人づつ【分身】している。
超高速で動く事で残像を見せる【分身】だが、本来複雑な動きは出来ない。
しかし《剣聖》は、まるで別々に分かれたかの様な動きで襲い掛かっていた。
3人はその猛攻をかろうじて防御するが、一方的に攻め続けられる。
それでもカレンは持ち前の速さで、ルミラは相手の行動を妨げる動きで、フィリアは防御壁を張ってなんとかしのいでいた。
そこにルミラが足下に幾つもの小さい【シールド】を出し、移動を阻害する。
「うおっ!なんだこりゃ、邪魔くせえなっ!!」
足下の【シールド】を踏み砕いてゆく《剣聖》。
しかしそれにより、【分身】が途切れ3人が集う隙が出来た。
そこから先は、どちらも決め手を欠いていた。
3人集うことで連携が使える様になったが、それでも《剣聖》に一太刀浴びせる事は出来なかった。
カレンを速さで上回り、ルミラの妨害を容易く破り、フィリアの魔術すら斬り裂く《剣聖》に攻撃を届かせる事がどうしても出来なかった。
対して《剣聖》の方は3人の攻撃の合間に攻撃を挟むが、どうしても隙は少ないが威力に劣る攻撃か、無理な体勢から出した半端な攻撃しかなく決め手を欠いた。
(こりゃ、時間が掛かりそうだな……)
そう踏んでた俺だが、その予想は覆された。
《剣聖》が3人から大きく距離を取ったからだ。
穏やかな笑みをうかべる《剣聖》に、その場の全員がヤバイ空気を感じ取った。
「全員、全力で防御っ!!気を抜くと死ぬぞっ!!」
俺はとっさに指示を出し、《剣聖》以外の全員に【斬撃無効】【衝撃吸収】を付与した防御壁を張った。
その一瞬後、《剣聖》以外の全員が滅多斬りにされたのだった。




