第61話 ヤタローの問題
翌日も、昨日行けなかった場所を見て回った。
3人は特に、内陸部に存在する王国では見れない海に興味津々だった。
「先生っ、先生っ!!凄いですっ!見渡す限り全部青いですっ!!」
「……書物では知っていましたが、実際にみると圧倒されますね」
「綺麗な光景ですね。旅に出た甲斐があったというものです」
王国にも大きな湖はあったが、流石にスケールが違う。
遥か地平線の向こうまで一面真っ青で、ずっと遠くには船が見える。
波音が一定のリズムを奏で、潮の香りが他国へ来た事を強く感じさせた。
丁度昼食時だったので、浜辺の近くにあった食事処に寄ってみた。
昨日行った料亭と違い、庶民向けの店だったが構わず入る。
昼食時という事もあり、かなり混雑していたが何とか席に着く事が出来た。
お薦めを聞くと、新鮮な魚介類を使った料理だというのでお任せしてみた。
しばらく待つと、まずは刺身の盛り合わせが出てきた。
海のすぐ傍なだけあって、どれも絶品だった。
続いて秋刀魚の塩焼きと各種天ぷら、そしてご飯が出てきた。
焼きたての秋刀魚を口に入れれば……とてつもなく美味かった。
聞けば大衆魚で高い魚ではないとの事だが、今が旬で脂ものっている。
これに醤油を垂らし、ご飯と一緒に食べると箸が止まらない。
3人の方を見ると、揚げたての天ぷらに舌鼓を打っていた。
烏賊や海老、白身魚や帆立がカラッと揚げられ実に美味そうだ。
少しだけ塩をつけ食べると、中の具材の旨みが口に広がる。
そして、料理の美味しさを倍増させているのがご飯だ。
王国でも稀に食べられる食材だが、ここまで美味しくは無い。
多分品種そのものが違うのだろうが、口に入れた時の旨みが全く違う。
このご飯と皇国の料理の相性が、抜群に良いのだ。
どの料理も特別な調理法では無いのに、本当に美味かった。
素材の良さをシンプルに引き出す、だからこそごまかしがきかない。
以前ミュシャに言われたが、確かにその通りの味だった。
(……こういう店にミュシャを連れてくれば、喜ぶんだろうな)
そんな事を考えながら、大満足の食事を終えた。
その後は皇国の刀を扱っている店に行ってみた。
皇国独自の技法で作られた刀は、細身でありながらとても強靭だ。
カレンやルミラが興味深そうに見ていたが、流石に買わなかった。
カレンには聖剣があるし、ルミラは戦闘スタイルに合わないからだ。
日が暮れる前に宿に戻れば、そこにはヤタローが待っていた。
出発が決まったのかと思いきや、
「カインはんっ!一生のお願いやっ!ワイを助けたってくれっ!!」
といきなり土下座し始めた。
このままだと流石に宿に迷惑が掛かるので、俺達の部屋へ移動した。
そこで話を聞いてみると
「……実はワイが働いとる桔梗屋ゆう店には、1人娘がおってな。名をヤヨイはん言うんや。これがミヤコでも評判の美人でな、結婚の申し込みも殺到しとるんや。せやけど、旦那様が出した条件を満たした者だけが婿になれるいう話なんや」
その条件というのがまず、婿入りできる者であること。
1人娘だったら当然の条件だろう。
もう1つが腕の立つ武芸者を代理に、勝ち抜き戦を行い優勝すること。
その上で、旦那様が用意した武芸者に勝つこと、だそうだ。
何故その条件が、商人の婿選びに関係があるのか聞いたら
腕の立つ武芸者を雇える財力と、人脈を量る為だそうだ。
それを聞いたヤタローは武芸者を雇おうと動いたが、叶わなかった。
ミヤコの名のある武芸者はすでに抑えられ、それを超える金額も出せなかった。
それでもヤタローは地方にいる武芸者を探し、雇う約束までこぎつけた。
サカイに寄ったのは、その武芸者を連れて行く為だったのだが断られたそうだ。
話を聞くと、どうやら旦那様は《剣聖》を雇ったらしいとの事だった。
代わりの武芸者を急遽探したが見つからず、それで俺達を思い出したらしい。
そこまで話を聞いて俺は
「……なあ、その旦那様って本当に婿を取る気あるのか?」
と疑問をヤタローにぶつけた。
名のある武芸者でも、連戦を勝ちあがったあと《剣聖》と戦うって無理だろ。
幾らなんでも条件が厳し過ぎるし、旦那様の本心が読めない。
娘可愛さで判断を誤っているのか、他に理由があるのか……
「そこはワイにも解らん。せやけどワイにはもうアンタしか居らんのや!!」
そう言って、再び土下座をしてくる。
「……1つ聞かせてくれ。アンタはどうして婿入りしたいんだ?」
俺の問いに頭を上げ、真っ直ぐに俺の目をみて話す。
「……もちろん店を持ちたい気持ちはあるし、ヤヨイはんが美人やいうのもある。せやけど一番の理由はヤヨイはんに惚れとるからや。見た目だけやなく心も綺麗な人なんや。ワイはっ、ワイはっ、他の誰にもヤヨイはんを渡したないっ!!!」
ヤタローの熱い告白に3人がキャーキャーと色めき立つ。
……お前ら、本っ当にこういう話題好きだよな……
それでもヤタローの言葉に嘘は感じなかった。
ずっと目を逸らさないヤタローの本気に対して、俺は
「……解った。引き受けるよ」
と、そう返すのだった。




