第40話 かつてない危機
拝命式の2日後、冒険者ギルドにきた俺達に周囲がざわめいた。
「…おい、見てみろよ。3人ともすげえ上玉だぜ」
「馬鹿か、お前。あれ勇者だぞ…」
「くそっ!カインの奴、上手いことやりやがって!!」
俺達を見る連中には、興味を持つ者、勇者に憧れを抱く者、実力に疑念をもつ者、
3人の容姿に羨望や劣情を抱く者、そして俺に対し嫉妬する者と様々だった。
まあ、いちいち相手にしてもしょうがない。
とっととミュシャの所に行って依頼を受けよう。
「…ミュシャ、頼んでた依頼を受けに、来たん、だけど…」
何故どもったかと言うと、ミュシャからかつてない怒りのオーラを感じたからだ。
それは周りの連中にも伝わり、さっきまでの喧騒が嘘のように静まった。
周囲の職員達は、青い顔をして泣きそうになっている。
(…理由は解らんがヤバイ。対応を間違えると終わるぞ、これ…)
「……ああ、カインさん。いらっしゃったんですね」
凄くいい笑顔なのに、その目と声色が怒りを伝えてくる。
…正直逃げ出したいが、先送りはもっとヤバイと、本能が訴える。
とりあえず、この場を何とかしないと周りが迷惑だろう。
「あの、ミュシャさん。とりあえず場所を移して話し合いたいんですが…」
「あははっ、何言ってるんですかカインさん。私は今、仕事中ですよ?」
「…いや、どうしてもミュシャと話がしたいんだ!頼む、この通りだ!」
俺は生涯で最高と言い切れる土下座を行った。
周りの連中からの侮蔑は一切なく、むしろ尊敬の眼差しを感じた。
……凄く長いような、とても短いような時間が経ち、
「……はあっ、しょうがないですね。…すいません、少し出てきますね?」
ミュシャは怒りのオーラを消しながら、周りの職員達にそう告げた。
職員達は頭が取れそうな勢いで、首を縦に振っていた。
俺は後ろの3人に
「すまん、お前らが知ってる限りで一番美味いカフェって何処だ?」
「…カフェ、ですか?…この辺りだと、グレースですかね?」
「ああ、確かにあそこのは美味しかったな」
「そうですね。雰囲気も良いですし、オススメですよ」
3人も空気を読んで、助け舟を出してくれた。
「よしっ!ミュシャ、そこに行こう!今日は俺が奢るっ!!」
「…そんなに気を遣わなくてもいいんですよ、カインさん?」
「いやっ!いつもミュシャには迷惑をかけてるんだ!このぐらいはさせてくれ!」
「…解りました。ではお言葉に甘えますねっ」
そう言うと笑顔で外に向かっていった。
かつてない危機を脱し、ミュシャを追って外に向かう俺たちに
「……勇者だ。正に勇者だっ!」
と、誰が言ったか知らないが、心からの賞賛が浴びせられたのだった。
そうして訪れたグレースというカフェだが、なかなか雰囲気の良い店だった。
落ち着いた感じの店構えで、店員達の動きも丁寧かつ機敏だ。
こんな店に冒険者の格好で来る俺達は、相当場違いだったのだが、3人を見つけた店員が事情を察したのか個室へと案内してくれた。
「さあ、ミュシャ。好きなものを頼んでくれ。…3人も頼め。今日は俺が奢る」
「ありがとうございます、カインさん。ここ、一度来てみたかったんですよね」
「…ご馳走になりますね、先生。…私達はいつものでいいよね?」
「ああ、もちろんだ。ありがとうございます、お師様」
「ふふっ、導師様のご好意に甘えさせて頂きますね」
俺も注文を済ましたところで、慎重にミュシャに話しかける。
「…それでミュシャ。さっきは凄く機嫌が悪そうだったけど、何かあったのか?」
「……カインさんは、何か心当たりがありませんか?」
…多分、ここでの返答を間違えると、これまでの事が台無しになる。
慎重に考え、出した答えは
「……勇者指南役代理人の事、黙ってたからか…」
「…それでは50点ですね。…他には?」
…ギリギリ落第は避けたが、追試が待っていた。
他の答えが思い浮かばない俺に、思わぬ助け舟が出された。
「…あの、先生。多分私達の事ではないかと…」
「ほら、幻術で姿を変えていましたから…」
「名前も偽名でしたし、こちらの事情の説明もありませんでしたから…」
いわれて、ミュシャの顔を見ると
「…事情が話せなかったのは理解してますけど、それでも寂しかったです…」
その言葉通り、少し寂しげであり不満げな表情だった。
「…私だけ仲間はずれみたいで…せめて皆から話して欲しかったなって…」
「…すまない。…ミュシャの気持ちを軽んじてた。本当にすまない。」
心を込めて頭を下げる。これはどう考えても俺が悪い。
ミュシャに最初に報告するのが、最低限の筋を通すという事だ。
それを怠ったのだから、あそこまで怒るのも当然だ。
「すまない。心のどこかで、ミュシャなら解ってくれるという甘えがあった」
「…私達もです。普段あんなにお世話になっていながら…」
「申し訳ありません。大変失礼な振る舞いでした」
「ミュシャさんのお怒りはもっともです。どうかお許しください」
4人揃って頭を下げる。
…しばらくするとミュシャが
「もういいですよ。…でも、もう隠し事は無しですからね?」
そう言って、いつもの笑顔をみせてくれた。
その後、本当に4人は好きなものを食べた。
非常に美味だったが、値段もそれに見合うものだった。
今回の事の戒めとなるなら、必要なものだったと思いたい。
そして、俺を含めた冒険者一同は深く心に刻んだだろう。
……ミュシャを決して怒らせてはならない、と……




