第37話 フィリアへの贈り物
俺は、少し暗い顔をしたフィリアに話しかけた。
「…フィリア。少し前から2人が、お前の事を心配してたのには気づいてたか?」
「…はい。ずっと気を遣わせていたのは解っていました」
気まずそうに、視線を外しながら答えた。
「あいつらは、お前に違和感があるって言ってた。心当たりはあるか?」
「…いえ、自分では解りません。特に変わった事はないのですが…」
表情を見る限り、嘘は言ってないだろう。
…はあ、誤魔化してた訳じゃなく、本当に自覚してなかっただけかよ…
「お前自身に自覚は無いだろうけど、かなり精神的にまいってるぞ」
「…いえ、ですから特別変わった事など何も…」
「だから、普段の生活で少しずつ溜まったものが溢れてるんだよ」
本当に意外な事だったのか、きょとんとした顔をしている。
「…多分原因は、いつも人前で完璧であろうとしたせいだろう」
「…!!そんな事は…」
「求められなかったと言い切れるか?貴族として、聖女として周囲の人間から?」
「………それ、は……」
流石にそこは自覚があったのだろう。
随分と難しい顔で、言葉に詰まっていた。
「結局、周囲の期待に応えようと、自覚せずに無理をし続けたのが今のお前だ」
「…私は貴族として、聖女としてそれが求められる立場です。無理だなんて…」
「…なあフィリア、お前、子供の頃は相当お転婆だったらしいな」
「…!!なっ、だっ、なっ、……」
まさかの暴露に思いっきり動揺している。
(…何で知ってるんですか、誰から聞いたんですか、何の関係があるんですか、
ってとこかな)
そんなことを考えていると
「何で知ってるんですか!誰から聞いたんですか!何の関係があるんですか!」
「…まんまかよ。…まあいい。聞いたのは2人からだ。予想してただろ?」
「……2人は後で説教ですね。…で、それが何か関係あるんですか?」
「関係ある。これはお前の本質に関わる問題だからだ」
まだよく解ってないのだろう、訝しげな目をこちらに向ける。
そんなフィリアに説明を続ける。
「お前が子供の時のまま成長したら、もっと活動的で活発になっていたはずだ」
「それは、まあ、そうでしょうね…」
「なら、それがお前の本質だ。本当の性質だから変わる事はまず無い」
「…いえ、ですが子供の頃のまま、大人になるなんてありえないでしょう?」
「でもそれは本質を理解した上でだ。例えるならよそ行きの服を着る様なものだ。
お前の場合ずっと着続けてる上に、本質を否定しているんだ」
「…本質を否定、ですか?」
「ああ、理解してやるには問題ないんだ。でもお前は今の貴族として、聖女としてのお前が本当の自分だと思ってる。だから本質とのズレが負担になってるんだ」
コイツが意識して、今の自分を演じているなら何の問題もなかった。
そのよそ行きの服を脱いで、楽になれる時間を作ればいいんだから。
でも自覚しないまま、四六時中よそ行きの自分でい続けたら息も詰まるだろう。
「要するに、もっと楽に生きろって話だ。ちゃんと自覚して息抜きしろ」
「…そのお話が本当だとしても、どうすればいいのか解りません…」
「俺の知り合いに、お前とそっくりな人がいた。その人の場合こうしたよ」
そう言って俺は、ポケットからペンダントを取り出した。
透明度が低い赤い石を真銀で囲っただけのシンプルなデザインだ。
「カイン様?それは…」
「魔道具だよ。今、お前にかけてる俺の幻術が使えるようになる。お前にやる」
「!!…あの、それって貰っていい物なのでしょうか?」
「…本来はまずい。知り合い曰く、国宝級のシロモノらしい」
「そんなもの頂けません!誰かに悪用でもされたら…」
「だから、お前にしか使えない様に【条件式】で使用者制限を作るんだ」
コイツしか知らない言葉で、発動するようにすれば悪用はできない。
しかしフィリアは、それでも受け取るのを渋った。
「で、ですがっ、これをどう使えば息抜きになるのか…」
「俺の知り合いは、姿を変えて街に出たりしてたな。普段の自分じゃ出来ない事をしたり、上手く息抜きしてたぞ」
まあ、当時は俺が直接幻術をかけていたし、強引に息抜きにも付き合わされた。
散々振り回されたが、師匠以外で一番世話になった人でもある。
…俺がパーティーを抜ける時、一番反対したのもあの人だった。
「その人は、『…期待されるのは解るんだけど、ずっと完璧を求められるのはね…
段々と、本当の自分ってものが解らなくなってしまうのよ…』って言ってた。
…お前も、年相応の少女として振舞ってみてもいいんじゃないか?」
「……!年相応って、もしかして…」
どうやら、先日の礼拝の時の事に思い至ったようだ。
何処か不満げな表情で俺を見ていたが、やがて観念したように
「…解りました。ありがたく頂きます。…全く、私の為にここまでしなくても…」
そういいながらもペンダントを受け取った。
「…文句の多いところもそっくりだよ。お前は…」
「…カイン様。女性との会話では、あまり他の女性の話題は避けるべきですよ?」
などと少し怖い笑顔で言ってくるのだった。




