第23話 未来を示す
…ようやく泣き止んだカレンは目を腫らしたまま
「…お恥ずかしいところをお見せしました…」
と言ってきた。
「…少しは落ち着いたか?」
「はい、もう平気です。…あの子に会いに行きましょう」
そういうカレンだが、まだ少し不安げでかすかに震えていた。
…俺はそんなカレンの手を強引に引き
「…ほら、行くぞ。早くしないと日が暮れるからな」
「っ、カイン様?ちょ、ちょっと待って下さい~~!!」
少しでも不安が紛れる様に、カレンを引っ張って行った。
孤児院の前に着いた時、カレンに話しかけた。
「なあ、カレン。その子の名前や特徴を覚えているか?」
「…名前はアルト君です。身長は私の胸ぐらいで少し痩せていました。
髪は茶色で、…そして、とても苦しげで寂しそうな目をしていました」
「…だいたい解った。少し待ってろ」
そう言いながら俺は、【認識阻害】【拡散】【透過】【探査】を付与した魔弾に、アルトの特徴に反応する【条件式】を加え孤児院に向けて放った。
「…っ、カイン様っ!!今、何をされたんですか!!」
「…大きな声をだすな。アルトを探してるんだ。正面から行くと騒がれるだろ?」
反応は…あった。…だいぶ離れたところに1人で居るようだ。
俺とカレンに【認識阻害】をかけてアルトの元は向かう。
アルトは、孤児院のはずれの壁の近くに居た。
周囲には他の人間はいないようだ。
俺は【認識阻害】【結界】【防音】を付与した魔弾をアルトの近くに放った。
そうしてアルトに近づき、話しかけた。
「よう、坊主。少しいいか?」
「なっ…、なんなんだよアンタ!何処から出てきたっ!!」
「…あー、まあ気にするな。それよりお前に話があるんだけど…」
「ふざけてんのかっ!誰が…っ、なんでっ!なんであんたがいるんだよっ!!!」
俺の後ろのカレンに気づき、アルトは声を荒げた。
カレンは一瞬表情を歪め、躊躇いながらも声をかけた。
「…ア、アルト君、あのね…」
「~っ!ふざけんなっ!!あんたはまだこんな所にいるのかよっ!!
さっさと魔族を、魔王を倒せよっ!!勇者だろっ!!!」
「ッ……!」
アルトにそう言われて泣きそうな顔で黙ってしまう。
…しょうがない、助け舟をだすか…
「…おい、坊主。そのぐらいにしといてやれよ」
「…なんだよさっきから、誰だよアンタ?」
「俺か?…まあ、コイツの先生みたいなもんだよ」
「…先生?…じゃあ、勇者がこんな奴なのはアンタの責任かよっ!!」
「…いや、コイツがこんなのは本人の責任だけどな…」
「~っカイン様ッ!?」
いきなり裏切られたカレンが泣きそうな声をあげる。
「~っ!!なんなんだよっ!!さっきからオレをからかってんのかよ!!」
「いや、話があるって言ったろ?…坊主、コイツに八つ当たりするのはやめろ。
みっともないぞ」
「…八つ当たりって何だよっ!!アンタに何が解るんだよ!!」
「…坊主が村を魔物に襲われ、生き残った事は知ってる。でもその怒りをコイツにぶつけるのは間違ってる。村を襲った魔物にぶつけるべきだろう?」
俺がそう言うと、強い怒りを込めて叫んだ。
「~っ知ったような事言うんじゃねえよっ!!…アンタに解るのかよっ!!
…村が襲われて、みんな居なくなって、全部無くしたオレの気持ちがアンタに解るのかよっ!!」
「…解るぞ、お前の気持ちは…」
「っ!!ふざけるな…、そんな簡単に解る訳ねえだろっ!!!」
「…俺の場合は魔族だったからな。…目を覚ましたら何も残って無かったよ。
…村も、人も、その痕跡すら残ってなかった…」
…本当に何も残らなかったんだ。昨日まであった俺の世界が何一つ…
…一面の荒野に、ただ俺だけが取り残されたんだ。
「…アンタは…」
「だから解るんだよ…全て無くした絶望も、何も出来なかった無力さも、
かたきに対する憎しみも、生き残ってしまった心苦しさも…」
「…カイン、様っ、あなたは…」
「だから解るんだ。お前が何より許せないのは、その時の無力な自分なんだろ?」
俺がそう言うと、アルトは大粒の涙を流し始めた。
「~~っ!どうすれば良かったんだよっ!!いきなり魔物が村を襲ってきて、
みんな死んでいく中、父さんと母さんがオレを地下室に入れて、絶対に出てくるなって、そう言って、怖くて、動けなくて、じっとしてたら、静かになって、それでも動けなくて、…やっと動けた時には…全部、無くなってて…」
…ずっと、誰にも言えず気持ちを溜め込んでいたのだろう。
それは嘆きであり、叫びであり、後悔であり、懺悔であった。
…そんなアルトを見てカレンに目を向ける。
カレンはまだ恐怖を抱えたまま、それでも勇気をもって一歩踏み出した。
「…アルト君、あなたのご両親は魔物と戦う力を持っていたの?…」
「…違う。父さんも母さんも農民で…戦う力なんて無かったのに…」
「…あなたのご両親は、とても強い人だったんだね…」
「~っ!何が強いんだよ!!魔物に…殺されたんだぞ…」
「…ううん、強いよ。…私は戦う力があっても戦うことが怖いもの。その力が無いのに魔物に向かって行くのはとても勇気の要ることだもの」
「…勇気…」
「うん、あなたのご両親は、とても強くて、とても勇気がある人だったんだよ。
あなたを守る為に、勇気を振り絞れる人だったんだよ…」
そう言いながら、カレンはアルトを優しく抱きしめた。
「…私には昔のあなたを救う事はできないけど、今のあなたを救う事はできるかもしれない…」
「…救うって、なんだよ…」
「私、頑張るから。あなたみたいな思いをする人が1人でも減らせるように…
頑張るから…あなたの村のような悲しいことが起こらないように頑張るから…
…だから、アルト君、もう自分を責めないで。自分自身を傷つけないで…
…あなたのご両親も、そんな事望むはずがないもの…」
「~~~~っ!」
「…だからもう、自分を許してあげて…あなたは幸せになっていいんだよ…」
「っぐうっ、ふっ、うあっ、うあぁぁぁぁぁ~~~~っっっ!!!」
「…大丈夫だよ。辛いのも、苦しいのも、今日で終わりにしようね…」
大声をあげ泣くアルトを抱きしめたまま、カレンも涙を零す。
…きっとこれでアルトは前を向いて生きていけるのだろう…
そう思いながら2人が泣き止むのを待つのだった。




