第207話 撤退戦
残り2話です。
……あまりに短時間の出来事に現実感が全く無かった。
(まさかここまでとはな。シグ達の攻撃で無傷なら今の俺達じゃ勝ち目がないな。さてそうなると……)
今の惨状が嫌でも俺の頭を冷やす。
現実的には全く勝ち目がない。
そうなると撤退しかないのだが、それを易々と許してくれる相手でもない。
それに仮に撤退したとしてもあの【大爆発】でも放たれたらそれで終わる。
それでも俺達だけで戦うよりはよっぽどましな選択だろう。
そうなるとシグ達を回収させ撤退する奴と、ベリアル相手に殿を務める奴が必要になるのだが……
「お前等、他の皆を回収して逃げろ。今の俺達じゃ勝ち目が無い」
「……あの、先生?それを許してくれる相手じゃ無さそうですが……」
「ああ、だから俺が足止めする。時間は稼ぐから急げよ」
「お師様っ、無茶ですよ!!1人で足止めなんて……」
「勝とうってんならそうだろうけど、逃げるなら1人の方が楽なんだよ」
「……導師様、自分の命と引き換えに、何て思ってらっしゃらないですよね?」
「命懸けになるのは仕方ないだろ。でも、死ぬつもりはないから心配するな」
……まあ、最高の結果でも相打ちだろうな。
嘘ついて悪いが、逃げる事前提でどうにかなる相手じゃない。
命懸けで道連れを狙ってようやく時間が稼げるかってところだろう。
「さあ、さっさと逃げろ。絶対に戻ろうなんて考えるなよ」
そう言って自身の【反応速度強化】と【速度上昇】を5倍にまで引き上げた。
これでようやくベリアルの動きに対応できる。
しかし本来耐えうる限界まで引き上げた事で、身体と頭に痛みが走る。
だから【痛覚遮断】で誤魔化しながら戦うほか無い。
【自動治癒】も付与する事で何とか壊れずに動く事が出来るが、こんな無茶がそう長く続くはずも無い。
刻一刻と自分の寿命が削れていくのが解る。
なんとかあいつらの逃げる時間を稼いで、その後は一か八かの大勝負だな。
ベリアルに突っ込み相手の攻撃の瞬間【超加速】で【反発】を付けた魔力壁を出しベリアルの攻撃を弾く。
ダメージは一切無いし魔力壁もそのたび破壊されるが、凌ぐ事だけは出来る。
竜言語による魔術は俺には聞こえないので、師匠がやっていたように魔力の流れを感じて【魔力混乱】を付与して魔術を散らしていた。
体力切れ魔力切れが俺の死を意味するので、当然【体力回復】【魔力回復】も付与している。
読み間違えるか反応が遅れるかしたら、その瞬間に俺は死ぬだろう。
そのギリギリの綱渡りを5分続けた結果、カレン達は皆を連れて無事に逃げ出してここには俺とベリアルの2人だけだ。
だが無傷でいまだに金色の闘気に衰えが見えないベリアルと、満身創痍で自滅寸前の俺ではもう勝負の行方は決まったも同然だ。
(……さてあいつらも無事に逃げたし、最後の悪あがきをするか)
今の俺ではまともにいっては無駄死にするだけだ。
俺の手札で唯一あいつに通用する可能性があるのは【次元孔】だけだろう。
だがまともに当たる事はないだろうから、相打ち狙いで当ててみせる。
やる事はガープの時の焼き直しだ。
相手の攻撃を喰らいそのまま【固定】し、相手の背中に【次元孔】を出現させる。
そしてベリアルを押し込み【次元孔】に触れた瞬間発動し、異次元に引きずり込むといった算段だ。
ガープの時と違うのは擬似臓器を用意出来ない事、【次元孔】を使えば【復元】を使う魔力がなくなり結局俺は死ぬしかないってところだ。
(最後にあいつらに嘘を吐いてまともな別れ方が出来なかったのが心残りだけど、シグ達もいるから立ち止まる事は無いよな)
こういうところも師匠に似ているなと思うと、こんな状況なのに少し笑えてくる。
だけどここでベリアルを倒さないと何も始まらない。
覚悟を決めて最後の勝負に出ようとした瞬間
「……はあっ、はあっ、はあっ、先生っ!!!」
聞こえて良いはずの無い声が後ろから聞こえた。
後ろを振り返ると撤退したはずのカレンがそこに立っていた。
何故、どうして、逃げたんじゃないのかという疑問が頭に浮かぶ。
カレンは俺の姿を確認すると泣きそうな顔でこちらを見ていた。
頭が真っ白になってしまい、一瞬動きが止まった。
するとカレンが真顔に戻りこちらに向かってきた。
それで状況を察し振り向いたら、俺を手刀で貫こうとするベリアルの姿があった。
(……駄目だ、これはかわせない。戦いの最中に一瞬でも気を抜いた俺の負けだ)
カレンの姿に気を取られて、ベリアルの事を一瞬でも忘れていた自分の間抜けさに呆れ返る。
今からでは【固定】も【次元孔】も準備する事は出来ない。
ベリアルの手刀が俺に迫る様子がやたらとゆっくりに見える。
意識だけが加速した世界で身体は動かぬまま、俺はベリアルの手刀が届くのをただ見ていた。
しかし身体に衝撃を受けて地面を転がり、現実に引き戻される。
そして俺の目に映ったのは俺を突き飛ばして、代わりにベリアルの手刀に貫かれたカレンの姿だった。




