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第170話 《邪王》アスモデウス


アスモデウスはこれまで見た魔族の中で、最も魔族らしからぬ魔族だった。

身長は高いが痩せていて、とても荒事が得意そうには見えない。

かなりの美形ではあるものの、纏った雰囲気はどこか不気味なものを感じさせる。

そもそもこの部屋の中にいて、あんな風に笑える奴が正気だとは到底思えない。


「しかし人間の身でここまで辿り着くとは驚きですね。正直僕が戦う必要は無いと思っていたのですが……」


にこにこと笑いながら俺達に話しかけてくる。

確かに理知的だし会話も成り立つのだが、はっきりとは言えないがどこかおかしい。

一見まともそうに見える分、余計にその違和感が感じ取れる。

出来るのなら会話などせずにさっさと倒してしまいたいのだが、引き出せる情報は引き出すべきだろう。

皆を代表して俺がアスモデウスと会話を行った。


「……あんたがアスモデウスか。大魔族って呼ばれてるくらいだからどんな奴かと思ってたけど、結構優男なんだな」


「ええ、昔から魔族らしくないとは言われてましたね。見ての通り身体は強くないですし、周りの明らかに強そうな魔族達からはよく苛められていましたよ」


「……意外だな。魔族ってのは強さが絶対なんだろ?そんなあんたが大魔族とまで呼ばれるようになるとはな……」


「幸いにも、ある特殊な魔術に適性がありましてね。それ以来は多くの魔族が一目置いてくれるようになりました。いや運命なんてどう転ぶか解らないものですね」


ここまでずっとにこにこと笑いながら話している。

それがどうにも薄気味悪い。

顔は確かに笑顔なのに、そこにあるべき感情が感じられないからだ。

まるで笑顔の仮面を被った人形と話しているみたいだ。


「それじゃ手のひら返してくる奴も多かっただろうな。そういうのは人間でも魔族でも変わらないだろうしな」


「はい、昔苛めてくれた魔族もいましたね。当時はゴミだのクズだの言われましたが、今となっては懐かしいですね。……ああ、実の所両親もそうだったんですよ。極潰しだとか恥さらしだとか言われていましたが、自慢の息子だとか私達の誇りだなんて恥ずかしげも無く言っていましたね」


「……それは、なんと言うか、なかなか凄い両親だな」


「いえ、とても良い両親でしたよ。僕が『研究の手伝いをして欲しい』と言ったら喜んで協力してくれましたから。昔苛めていた魔族もそうでしたね。昔の事を謝罪して『何でもするから許してくれ』と言うものですから、両親と同じ様に僕の研究の協力をお願いしたら2つ返事で引き受けてくれましたよ」


相変わらず笑ったままだったが、その瞳の奥には隠しきれない暗い喜びが見えた。

まるで自分の悪戯をばらしたくて仕方が無い子供のようだ。

……ただ子供と違うのは、多分こいつの研究とやらが碌でもない代物だろうと言うところだ。


「……一応確認したいんだが、あんたの研究って一体なんなんだ?」


俺の言葉を聞き、アスモデウスは満面の笑みを浮かべる。


「よくぞ聞いてくれました。僕の研究は《不死》の研究です」


「《不死》って……。だからあんたの手下は皆死霊(アンデット)だったのか?」


「失礼ですね、あんなものを手下だなんて。あれはただの失敗作ですよ」


「失敗作だと?……ッ!!お前、あれは元々死体を死霊(アンデット)にした訳じゃないのか?」


「当然でしょう?《不死》の研究の一環として死霊(アンデット)の研究もしましたが、僕の理想はあくまでも生きたまま不死になる《不老不死》です。あんなものはその失敗作を有効利用しているだけに過ぎませんよ」


「……お前、一体どれほどの命を犠牲にしてきたんだ。答えろっ!!」


「……何を怒ってるんですか?まあ、はっきりと覚えていませんが、精々10万てところじゃないですかね?仕方ないですよ、研究に犠牲はつきものです」


……ああ、こいつの異常さの原因が解った。

こいつは命に対しての敬意が全く無いんだ。

他の命なんて、駄目になったら代わりを使えば良いぐらいにしか考えていない。

更に厄介な事に、正気のまま狂ってやがる。


こいつが理路整然としているのは当然だ。

だってこいつは自分のやってる事が、間違ってるかもなんて微塵も考えていない。

自分の研究は素晴らしいもので、その研究の為なら他者の命を踏みにじる事だって当然の権利だ、くらいにしか考えていないだろう。

他の皆もそれを理解したようで


「……ちっ、胸糞悪いな。ここまで頭がいっちまった奴がいるとはな……」


「吐き気がする程の下種だな。こやつに殺されたものがあまりにも浮かばれん」


「……貴方は、貴方という魔族(ひと)は命をなんだと思っているのですかっ!!」


皆の様子を見ても、何故そんな風に怒っているのか理解出来ていないようだ。


「……もういい。お前が絶対にこのままにしておいちゃいけない奴だってのは十分過ぎるほど解った。これ以上話す事はねーよ」


「……そっか、やっぱり僕の理想は誰にも理解されないんですね。それじゃあ君達には僕の実験体の相手をしてもらいましょう。その結果、もし有望そうなら君達も実験体にしてあげますから……」


こうしてアスモデウスとの戦いの火蓋が切られたのだった。

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