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第145話 呪いに打ち勝つ


翌日、俺達はヤヨイさんの待つ部屋へと案内された。


「それじゃ始めよう。ヤヨイさんこっちへ来て座って下さい」


俺の言葉に従い移動する。

俺は座ったヤヨイさんの背中側に回り、その中心あたりに手を置く。


「ヤタローさん、ヤヨイさんの手を握ってやってくれ。きっとそれがヤヨイさんの心の支えになるはずだ」


「……解った。ヤヨイはん、ワイも一緒におる。せやから2人で乗り越えような」


「……はい、旦那様。絶対にやり遂げてみせます。ですから終わったら一杯褒めて下さいね」


「ああ、なんぼでも褒めたる。せやから勝とう、こんな理不尽な呪いに。無慈悲な運命に。ワイらにはこんなに力を貸してくれる人達がおる。……ワイらの未来を、子供達の未来をその手に掴み取るんや」


準備が出来たのを確認して術式を始める。

目を閉じ、背中に触れた右手に全神経を集中させる。

ここまで複雑な術式だと、【分割思考】の多くを割り振らなければ制御が難しい。

まずはヤヨイさんの魂を感じ取り、原因となる虫の存在を見つけ出す為【精査】を使う。


以前では見つけられなかったが、今回は虫が存在するのを知っている。

漠然とした原因ではなく、虫にのみ集中させるとそれは見つかった。

本当に小さく、存在もかなり薄くて感じ取るのは極めて難しい。

この呪いを作った奴の性格の悪さが滲み出ているようだ。


俺は虫を逃がさないように、ゆっくりと【捕縛】を付けた網を想像して周囲を取り囲んだ。

虫は網の存在に気づいたようだがもう遅い。

一気に網を狭め、虫を捕獲した。

その際虫が暴れないように、【停止】を付与しておいた。

これで第1段階は完了だ。


続けて虫に【解析】を付けて情報を引き出す。

……思ったとおり、これは例の禁呪によるもので間違いない。

そう確信した俺は更に【性質反転】を付与し、【時間操作】も付けた。

ヤヨイさんの年齢から逆算すると、元に戻すまでの時間は約22万時間だ。


時間を早めるほど治療時間は短くなるが、その分痛みも大きくなる。

ざっと計算して10万倍なら2時間ちょっとで済むが、どんなに元の痛みが小さいとはいえ、10万倍ともなれば耐えられるはずも無い。

まずは10倍、100倍と試してヤヨイさんが耐え得るぎりぎりの倍率を探し出す事が先決だ。


「ヤヨイさん、まず時間を10倍速にしてみます。苦しいようなら言って下さい」


「解りました。遠慮せずにやって下さい」


その言葉を受け、まずは10倍速を試してみる。

この程度ならまだ大丈夫だろうが、遅すぎると完治までの時間が長引いてしまう。


「……カイン様、全く問題ないのでもっと上げて下さい」


言葉どおり100倍、1000倍と上げていくと徐々にだが表情が歪み始めた。

そして1万倍にした時、小さな呻きと歯を食いしばる音が聞こえた。


「……っ!……大丈夫です。もっと速くして下さい」


「……ヤヨイさん、無理しちゃ駄目だ。今の速さでも20時間以上は掛かるんだ。その痛みがそんなに続くようならヤヨイさんが耐え切れない」


「そうや、ヤヨイはん。そないに焦る事ない。少しぐらい時間が掛かってもええやないか?」


ヤタローもヤヨイさんを気遣い、そう言葉をかける。

しかしヤヨイさんは頑として聞き入れなかった。


「……カイン様、1度4万倍まで上げて頂けませんか?お願いします」


「駄目だ。今でも相当辛いんだろ?その様子じゃ4万倍は無謀すぎる」


「……お願いします。確かに今でもかなりの痛みがあります。ですが無理をしない速さとなれば5000倍が精々でしょう。それでは時間が掛かり過ぎます」


「それはそうだが……」


「それにカイン様、仮に5000倍にしたとしても約2日かかりますよね。その間カイン様はどうされるのですか?」


「……適当に時間潰して、終わる頃にまた来るよ」


「ですが、今度は5000倍の速度の虫を捕らえるのでしょう?そんなに容易い事とは思えません」


……結構鋭いな。確かに簡単じゃないので別の手段をとってるんだが……


「……白状すれば虫との繋がりは残しておくんだ。だから心配は無いよ」


「やっぱりそうなのですね。それではカイン様はずっと魔術を使い続けるという事ではないですか。あまりにもカイン様の負担が大きすぎます」


「このくらいは問題ないって。だからそんなに心配しなくても……」


「いくら私が魔術に疎くても、それが大変な負担である事は理解出来ます。ならば4万倍で5時間耐えて残りを5000倍にして頂ければ全部で9時間ほどで終わるはずです」


痛みに耐えながら強い眼差しで訴えかけてくる。

すると


「……なあ、カインはん。ヤヨイはんの言う通りにしてくれへんか?」


「ヤタロー、お前もかよ。俺なら大丈夫って言ってるだろ」


「解っとる。せやけど、ヤヨイはんの気持ちも解るんや。頼むっ!!絶対に無理はさせへんからヤヨイはんの思うようにやらせたってくれっ!!」


「……はあ~、2人揃って頑固だな。解ったよ、でも絶対に無理だけはするなよ」


こうして4万倍に速度を上げる。

先程までを大きく超える痛みに襲われ、ヤヨイさんが悲鳴を上げる。


「……っ!!うっ、うあああああぁぁぁぁっ!!!」


「っ、ヤヨイはんっ!頑張るんやっ!!ワイがっ、ワイがついとるからなっ!!」


「……っ!はい、頑張ります。……だから、ずっと手を、握っていて下さいねっ」


額に脂汗を流し部屋中に悲鳴が木霊する中、ヤヨイさんはひたすら耐え続けた。

それはきっと地獄のような苦しみであっただろうが、それでも耐えた。

進まない時間に全員がやきもきしながら、ようやくその瞬間を迎えた。


「……5時間経ったっ!!5000倍に戻すぞっ!!」


戻した瞬間、ヤヨイさんの表情が一気に穏やかになる。

後はこの状態で4時間経過した後、虫を取り出せば治療完了だ。


「ヤヨイはんっ!……よう頑張ったっ!!ほんまに、よう頑張ったで……」


「……旦那様、泣かないで下さい。私が頑張れたのは皆さんのおかげです。そして何よりずっと励まし続けて下さった、旦那様のおかげなのですから……」


「……良かった、ほんまに良かった。ヤヨイはんが無事で、ワイは、わいはっ……うっ、うわああああぁぁぁぁっ!!」


我慢しきれず号泣し始めるヤタローと、それを穏やかに見つめるヤヨイさん。

そしてそんな2人の様子に涙ぐむカレン達。

気を抜いていい訳ではないが、それでも山場は越えただろう。



そして4時間後、無事に治療は終わったのであった。

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