第12話 依頼の結末
王妃様に来てもらったのは、むしろこの為と言っていい。
説教を終えた王妃様に、俺は話しかけた。
「申し訳ありません、王妃様。
無礼を承知で申し上げれば、この場で済ませておきたい事があるのですが…」
「…それは一体どういった事ですか?カイン殿」
「はい、クローディア殿の事なのですが…」
「…私、ですか?」
「ええ、クローディア殿、約束していた報酬についてです」
俺がそう言うと、周りの人間が顔をしかめる。
王妃様も居るこの場で、話すような事では無いと思っているのだろう。
だが、この場で無ければならない、ここが唯一の糾弾の場なのだから。
「…カイン殿、それはこの場で無くとも良いのでは…」
「いえ、クローディア殿には、私の願いを叶えて頂く約束をしています。
この場でなら保証となる方も居られますし、私の願いが無茶な物なら止めて頂けるでしょう。」
そういうと、俺は王妃様に視線を向ける。
信じて欲しい、視線にその意思を乗せ瞳を合わせると、意図を酌んで下さったのか
「…クローディア、良いではありませんか」
「王妃様?」
「カイン殿の申される通り、この場でなら間違いも無いでしょう?」
「……解りました。カイン殿、貴方の願いを仰って下さい」
「はい、私の願いは…クローディア殿とフィリップ殿の約束の破棄です」
俺がそういうと周囲がざわめく。
殆どの人間には何を言っているのか解らないだろう。
ただ二人、クローディアと団長様だけが愕然とした顔をしていた。
クローディアは動揺しながらもおれに話しかけてきた。
「…カイン、殿、それは、どういう意味でしょう…」
「いえ、どうもこの依頼、相当無理矢理にねじ込んだ様なので、かなり無茶な要求を受け入れたのでは無いかと思いまして…」
「…いえ、カイン殿の勘違いです。そのような要求はありませんでした。」
「そうですか?…フィリップ殿、クローディア殿はこう仰っているのですが…」
「あ、当たり前だっ!!そ、そのような要求などあるはずがないっ!!」
…全く、律儀に約束を守るクローディアはともかく、団長様の往生際の悪いこと。
まあそれなら、決定的証拠でも出してみようか。
俺は懐から例のものを取り出しつつ話を再開した。
「そうなのですか、…ところでギルドマスター、これに見覚えはありますか?」
「あぁん?…なんだ映像石じゃねーか」
「どういったものか説明頂けますか?」
「ああ、そりゃ任意の映像と音声を記録、再生する魔術道具だ」
「ありがとうございます。この様に、これには映像と音声を記録、再生する機能があるのですが…」
そういって俺は、意味ありげに団長様に視線を向ける。
…その可能性に至ったのか、急に慌て始めた。
「ま、待てっ!そ、その映像石とやらをこちらに渡せっ!」
「…何故でしょうか?これは、私の私物なのですが…」
「どうでもいいだろう!そんな事よりさっさと渡せっ!」
「…困りましたね、理由も無く渡せと言われましても…そうですね、
でしたらこの場で映像を確認しましょう、その後ならお渡ししても構いません」
「ふっ、ふざけるなぁぁぁ!!」
「…どうされたのですか?見られて困るようなものでも映っているとでも?」
そんな化かしあいの中、王妃様が声をかけられた。
「…カイン殿、その映像を確認させてください」
「おっ、王妃様、しかしっ…」
「…フィリップ殿、やましいことが無ければ堂々とされていれば良いのです。
それとも何か心当たりでも?」
「いっ、いえ、その様な事は決して…」
「では、映像を流しますね、私も何が入っているのか覚えてなくて…」
白々しいセリフと共に映像石を起動する。これで詰みだ。
「…これはっ、なんという事を、まさか…」
「…クローディア姉様、なんで…」
「………すまない、カレン…」
「…いや、びっくりしました。まさかこんな物が入っていたとは…」
誰が聞いても嘘だと解る俺のセリフも、今はどうでもいいだろう。
そのくらい、映像は衝撃的だった。
そこに映っていたのは、先日の騎士団の詰め所の一室でのやり取りだった。
俺を訓練に参加させるため、団長様と交渉に来たクローディア。
そんな彼女に対し自分の妻になれば認めるという団長様。
更にこのままでは勇者達が危険な事も匂わせた。
この件への口止めまで約束させられ、不承不承ながら彼女はそれを受け入れた。
当然俺が先日、幻術と【認識阻害】で忍び込み撮影した物だ。
今見ても本当に腹が立つ。
あの時、よく自分でも手を出さなかったと感心する。
しかし、俺など比べ物にならないほど、怒り心頭な方がいらっしゃった。
先ほど大激怒と言ったが、怒りが振り切れるとここまで表情が無くなるのかと
空恐ろしかった。
「…フィリップ…」
「…はい」
「追って沙汰を申し付けます、それまで屋敷で謹慎しなさい」
「…王妃様…」
「…理解したのなら、直ぐに私の前から消えなさい。
これでもまだ抑えているのですよ」
「…失礼致します」
そういって団長様は去っていった。
職権乱用による公爵令嬢への結婚の強要、更に勇者達の危険性の意図的な見逃しとくれば、もう終わりだろう。
そんな中、クローディアの元へ王妃様と3人が向かっていた。
「…クローディア…」
「…王妃様、この度は大変申し訳ありませんでした。
どの様な処罰も覚悟しています」
「…クローディアッ…」
王妃様は彼女を優しく抱きしめ涙を流していた。
「…王妃様?」
「…ごめんなさいっ、クローディアッ、貴女がこんなに悩み、苦しんでいたのに、私は何の力にもなってあげられなかった、本当にごめんなさい…」
「…王妃様、私は…」
「…今だけは王妃ではなく、ただの貴女の叔母です。
…クローディア、よく頑張りましたね。
貴女のような心優しい立派な姪を持てて、私は本当に幸せです…」
「…ユースティア、叔母、様…」
張り詰めたものがようやく緩んだのだろう。
クローディアも大粒の涙を流していた。
そこにカレン、ルミラ、フィリアの3人が加わった。
「…クローディア姉様っ、ごめんなさいっ、私達のせいで、姉様が…」
「…申し訳っ、ありませんっ、私達が未熟なために…」
「…クローディア様、もっとご自愛下さい。貴女様に何かあれば、私達がどれほど悲しむかご理解下さい。」
「…カレン、ルミラ、フィリア…勝手な真似をして、ごめんなさい。
…でもね、貴女達の為に頑張ろうって思ったの。
…貴女達の為なら頑張れるってそう思えたの…」
「~~~っ、ばかっ、姉様のばかっ。そんなの嬉しくない、そんなの、ぜんぜん、うれしくないよ…」
「~~~っ、嫌ですっ、いやですっ、もうこんなこと、しないで、ください…」
「~~~っ、もうっ、ほんとうにっ、しかたのないっ、かた、ですね…」
「…ごめんね…ほんとうに…ごめんね…」
互いを思い合い涙を流す。
そんな人達を守れた事に安堵しながら、ようやく終わりを迎えるのだった。




