第127話 ヴィルさんの考察
「まず確認なんですけど【ピュリファイ】で浄化するのはまずいですよね?」
「うん、避けた方が賢明だろうね。もしも変質した部分が浄化されたら、魂が欠損する恐れがある。その結果どうなるか予想出来ない」
「やっぱりか……そうなると、変質した部分を元に戻す以外に無いのか」
「そうなるだろうね。でもそれは極めて難易度が高いよ。ただ変質させるだけでも禁呪クラスだけど、元に戻すとなればそれはもう比べ物にならないだろうね」
……解ってたけど、きっついなー。
元々魂に干渉する事自体危険な行為であり、成功する可能性も極めて低いから禁呪指定されているのだ。
原因ついては多少目処が立ったが、変質した部分を元に戻して後遺症が残らない様にするなど神業という他ない。
俺がいかに純魔力を使えるといっても、流石に無理難題過ぎる。
……まあ、だからといって諦めるつもりは毛頭ない。
その為に手掛かりを求めて、ハイエルフの最長老様に教えを乞うたのだ。
ただその知識もそれだけでは不十分だし、俺1人ではとても検証しきれない。
だからこそ俺の知る限り、世界一の魔術師であるヴィルさんに協力を仰いだのだ。
ヴィルさんの魔術に対する知識や技術は、俺の遥か上をいっている。
俺も師匠に考える事や技術の重要性を説かれ、その分野ではかなりの努力を積んだつもりだったが、この人には遠く及ばない。
知識の量や質も、その確かで繊細な技術も、そしてそれらを生かした発想も全て、他の追従を許さない素晴らしいもので、当時の俺は感動すら覚えたものだ。
だからこそヴィルさんの協力があれば、僅かでも可能性があるはずだ。
俺1人では気づけない事、見逃してしまう事でもこの人ならきっと、俺も至らない部分を補ってくれる。
「とりあえず原因についてはある程度目処が立っています。これを見てください」
「……この術式は古代魔術だね。言語はエルフのものだけど、これってもしかして魔族の術式かい?」
……流石ヴェルさんだな。しかし、よく見ただけでそこまで解るな。
俺は最初見たとき、エルフの術式だと思ったし、これを読み解くまでかなりの時間を要したんだけどな……
「そうです。俺がハイエルフの最長老様に教えて頂いた術式で、遥か大昔の魔族が使ったとされる魂を変質させる禁呪です」
「……よく教えて貰えたね。そもそもハイエルフが人間に会う事自体極めて稀だしその上こんなに危険な術式を教えて貰えるなんて、まずありえないよ」
ヴィルさんはとても感心した様子でそう言った。
それに関しては、最長老様とオーベロンには感謝してもし足りない。
ヴィルさんの言う通り、初対面の俺を信じてこの術式を授けて下さるなど、本来はありえない。
オーベロンの口添えがあったからこそ、その機会が得られ最長老様に認めて頂けたのだろう。
「俺だけでは無理だったと思います。友人の助けもありましたし、最長老様の人柄に依る部分も大きかったですから……」
本当に俺は人との出会いに恵まれたと思う。
出会った人の多くが、俺にとって学ぶ事の多い人や尊敬に値する人だった。
そんな人達と出会えた事は、俺にとってかけがえの無い財産だ。
……まあ、出会いを無かった事にしたい奴も数人いたりするんだけどな……
それはさておき、この術式だ。
この術式の効果を考えると、ヤヨイさんの症状と似通った部分が多い。
全く同じものでは無いかも知れないが、近い術式なのは間違いない。
ただ、この術式は原因ではあるかも知れないが、解決に直接繋がるものではない。
「うん、でも魂に干渉する方法を解明出来たら、きっと解決方法に繋がるだろうね」
「はい、だからまずはこの術式を詳細にして、病の原因と解決方法に応用出来そうなものを見極めたいと思います」
「ふふっ、大変そうだけどやりがいはあるね。頑張ろう、カイン君」
「はいっ!よろしくお願いします!!」
こうしてヴィルさんの協力を得て、俺は術式の解明に取り掛かるのだった。
とりあえず出来るところまで進めたが、本当にヴィルさんがいてくれて良かった。
確かに現代の術式に比べて、古代の術式は複雑だ。
というのも現代の術式は基となる部分は共通で、そこから各魔術に派生する仕組みになっている。
それに対し古代の術式は、魔術ごとに基になる部分から違っていたりする。
これは現代において魔術が研究され、体系として確立したからだ。
無駄な部分を削ぎ落とし、誰でも使いやすく改良されたのが現代の術式だ。
ところがこれが古代の術式だと、使いやすさよりも威力や効果に重きを置く。
その分強力な魔術は多いのだが、とにかく使いづらい。
そもそも魔術とは秘するもので、他者に使わせるなどありえなかった時代なのだ。
だから術式も複雑で読み取るだけでも一苦労だし、一見似たような術式でも中身は全く違っている事などざらにある。
その上癖も強く、解析する為には無関係に思える知識が必要だったりする。
これが禁呪クラスになると、作った奴の頭はどうなってるんだというレベルだ。
正直俺1人だったら、とっくの昔に行き詰っていただろう。
「……うん、これはこちらと繋がっていて、こっちは偽装だね。……あっちは以前見たものと似ているから、多分これでいいはずだ」
……いや、本当に凄いわ、この人。
各国にいる研究者が複数人で何年も掛けてやる事を、1人でどんどん進めてる。
俺は心の底から、この人が味方になってくれた事を感謝するのだった。




