第99話 《森の王》
それから森に入り、エルフの町を目指した。
エルフの町は世界樹の近くにあるのだから、辿り着くのは難しくないと思っている人間も多いだろう。
しかし実際に森に入れば、頭上は枝葉に覆われて遠くを見通す事が出来ない。
そして森の中の視界の悪さも重なり、目印になるものを見つけられず森をさまよう人間がほとんどだ。
この森を抜け町に辿り着く為には、単純にエルフに案内してもらうのが1番だ。
エルフは森の精霊に導いてもらい、迷うことなく町に辿り着く事が出来る。
しかしエルフはかなり排他的な種族で、そう簡単に他種族を案内する事はない。
警戒心も強く、以前町に帰るエルフの後をつけようとした人間がいたが、あっさりと気づかれ逆に森の中を延々とさまようはめになったという話もある。
今回俺達を案内してくれるエルフが、都合よく見つかるはずもない。
一応、空を飛んで行く事も考えたが止めておいた。
理由は飛行魔術を使うのは、まず魔族以外にいないから間違えられる可能性があるからだ。
こちらが魔族でない事の証明など、面倒くさくてやってられない。
そしてもう1つ、エルフという種族が総じて弓の名手だからだ。
警戒心の強いエルフなら万が一にも【認識阻害】を見破るかもしれない。
その時に2人で飛行中なら、そんな不審人物は問答無用で撃ってくるだろう。
そしてこちらがエルフを傷つけようものなら、種族間の問題に発展しかねない。
だったらまだ、地道に森の中を進んだ方がはるかにマシというものだ。
それに俺達は、迷う事無く世界樹に向かっている。
その理由は、いつもの俺の付与魔術だ。
俺は森に入る直前、適当な大きさの石を矢印の形に加工して、それに【浮遊】と【先導】と【条件式】《世界樹の方向を指し続ける》を付与しておいた。
これにより常に世界樹の方向が解るという訳だ。
ただしあくまで世界樹の方向が解るだけなので、進んだ先が崖だったり、明らかに道から外れた方を示したりしたので【探査】も使って近づいていった。
もうすぐ日も暮れようかという時間帯に差し掛かる頃、周囲に人の気配を感じた。
かなり上手く気配を消しているし、いきなり攻撃してくる様子も無い。
多分エルフの町の見張り役なのだろう。
足を止めフィリアを見ると、無言で頷いたので俺は気配を感じた方に
「なあ、《森の王》に会いに来たんだけど取り次いで貰えないか?」
と、話し掛けてみた。
何の反応も無いまましばらく待っていると、
「……何者だ、お前達は。《森の王》に何の用だ?」
と、警戒心ありありだが1人のエルフが姿を現した。
これでようやく話が進む。
「俺達は北にある王国の者だ。《森の王》に頼み事があってここまで来た」
そう言いながら、敵意が無い事を示す為に両手を上に上げておいた。
訝しげにこちらを見るエルフに、断った上で1通の手紙を取り出す。
ヒュージに書いてもらった親書なので、身分証明にはなるだろう。
「この手紙を《森の王》に見て貰ってくれ。それまではここで待機している」
そう言って、手紙を地面に置いてフィリアと共に十分な距離を置く。
手紙を回収したエルフが開けて、一通り目を通し、そして
「……私ではこれが本物かどうかの判断がつかない。確認が取れるまでお前達にはこの場で待って貰う事になるが構わないか?」
「ああ、それで良い。出来れば日が暮れる前に判断してくれればありがたいな」
こうしてしばらくの間、この場で待機する事となった。
当然見張りが1人だけの訳も無く、姿を隠したままいまだに見張られている。
まあ、妙な行動でもしなければ問題ないだろう。
「……導師様。これで《森の王》と会えるのですか?」
「多分な。流石に親書を無視する訳にもいかないだろうしな」
「……でも、あのまま進めば町に辿り着いたのではないですか?」
「それだと向こうに余計な警戒心を抱かせる事になるからな。本来は案内無しでは絶対に辿り着けない場所だしな」
フィリアと会話をしつつ、軽い休憩をとる。
どうせ向こうの返答を待つしかないのだから、焦っても仕方ない。
俺はのんびりとその時が来るのを待った。
……あれからおよそ40分ほどが経っただろうか。
世界樹のある方角から、覚えのある気配を感じた。
まるで森全体がざわめいている様な雰囲気の中、急に周りの木々から無数の太い針の様な葉が俺に向かって飛んできた。
「……っ!!導師様っ!!」
フィリアが焦った声を出すが、仕掛けた奴からすれば軽い挨拶程度のものだ。
針の様な葉はかなりの速さで飛んで来る上、相当硬く変質しているのか俺が避けた場所に深々と刺さっていた。
魔弾で迎撃も出来なくもないが、こちらの方が簡単だろう。
俺はフィリアを抱き寄せ、【反射】を付けた結界を張った。
結界で攻撃を防ぎつつ、気配のする方へ【高速】の魔弾を撃った。
【誘導】も付けたので、木の陰に隠れた相手目掛けて魔弾が飛んでいく。
しかし魔弾は、強烈な風に阻まれむなしく散っていった。
「……もういいだろ。いい加減姿を見せろよ」
俺がそう声をかけると、木の陰から1人のエルフが姿を現した。
「……相も変わらず無礼な奴だな、貴様は……」
エルフという種族は、男女問わず総じて美形揃いだ。
しかし目の前のエルフの男性は、そのエルフの中でも更に飛び抜けた美形だ。
その上他に類を見ない程の、精霊魔術の使い手でもある。
そんなエルフに俺は話しかける。
「よう、久しぶりだな。《森の王》オーベロン」




