18
「貴方ならすぐに目が覚めると信じていたわ」
起きてまっさきに目に入ったのは、美しい姫君の倨傲な笑みだった。
「だってミカルは、わたくしとの約束を破ったことがないんですもの」
少女は勝ち誇るようにそう言って、厳かに右手を差し伸べる。
「――ただいま帰還いたしました、お嬢様」
だからミカルはその手を取って、微笑とともに口づけをした。
* * *
ユールチェスカは馬車に揺られながら窓の外を見ていた。豪奢なドレスの背中は大きく開いている。焦げ茶の髪はまとめられていたし、いつも背中に塗り込んでいた練り白粉も今日は使っていない。背中に刻まれた小さな紋章を隠すものは何もなかった。
それは、グレイムの王家が管理する植物の一つを染料に用いた特別な刺青だ。強すぎるその染料の色素は肌に沈着し、一生消えないしるしになる。物心つく前に祖母に刻まれたというグレイム王家の紋章は、自分が王家の末裔であることを示していた。
「失礼しますよ、殿下。そろそろ馬車が使えなくなる。つーわけで、こっちに乗ってくださいますかね」
馬車が止まった。扉が開くと同時に、蒼い目の軍人が現れる。彼が指し示しているのは、乗り手のいないいかつい軍馬だった。
「……わたし、馬は乗れないよ」
「ご安心を。走らせるのは俺ですから。殿下はただ、後ろでちょこんと座っていてくださればいいんですよ」
軍人はやる気なさげに後頭部を掻いていた。それなら、と馬車から降りる。後続の、皇帝が乗っていた馬車からも皇帝が降りたのが見えた。
アルスロイトの皇。食事に少し混ぜた毒も、皇宮からしばらく離れていたうえに処方した毒消しも素直に飲んだ―目の前でユールチェスカが飲んで見せたので疑うのはやめたらしい―せいか、臥せっていた面影はない。悪路を馬車で無理に走ったせいか多少酔ってはいるようだが、さほど深刻そうなものでもなかった。
その男は、ユールチェスカからすべてを奪った男の息子で、ユールチェスカがすべてを奪おうとした男の父親だ。けれど彼は、アルスロイトが皇帝ユストゥスは、ユールチェスカに一瞥もくれなかった。だからユールチェスカも彼から目をそらし、蒼い目の軍人の手を借りて馬の背に腰掛けた。
「なぁ、殿下。今、宮廷はあんたのおかげでめちゃくちゃですよ。やれ検査だ療養だって言って、どこもかしこも人手が足りないんでさぁ」
「……」
「おかげで管轄違いの仕事まで回ってくる。ったく、華の帝都勤めだってのにこんな辺鄙な場所に行かされるとは思わなかったぜ」
ユールチェスカは何も答えなかった。そんなユールチェスカの様子にも構わず、蒼い目の軍人はぺらぺらと喋っていた。ユールチェスカの相槌など、最初から求めていないのだろう。
「あと、一ヶ月の減棒と一週間の謹慎食らったのも解せねぇな。一斉蜂起して、皇太子サマもいた場所に押しかけたのがまずかったって。そりゃ建前だけの形式的なもんだってのはわかってますし、減棒を埋めてもおつりが出るだけの報奨は出ましたよ? おかげで部下達もほくほくだ。それでも、経歴に傷がついたって事実は変わらねぇ。あーあ、本部の将軍様方に呼び出し食らって怒鳴られたときはさすがの俺も終わったと思ったね。なんで軍部のお偉方は、揃いも揃ってあんなにおっかないんだか。武功で身を立てようとすると、誰でもああなるのかねぇ」
腕を回した背中は、ミカルのそれよりずっとたくましい。けれどその後ろ姿にはミカルほど警戒している様子などなく、本当の意味で自然体であることがうかがえた――――毒針で刺すのは、とてもたやすい。
「俺たちゃ国を救った英雄だっつーの。建前だのなんだの言わず、もっと讃えられてほしいもんですよ。そうすりゃローディルの絡み酒に付き合わされなくても済んだんだ。ま、俺としちゃじみーに書類仕事して、たまに新人しごいて、それから飲みに行ってバカ騒ぎができりゃ満足なんですけどね」
ユールチェスカはそっと目を伏せた。毒針なんてもう持っていなかったし、あったとしても刺す気なんてなかった。そんなことをしても意味がないからだ。
「だってのに、謹慎明けて最初の仕事があんたの護衛ですよ。一体何の因果なんやら」
名前も知らない軍人は、それからもずっと好き勝手に喋っていた。愚痴や雑談といった、たわいのない話だ。ユールチェスカはちっとも返事をしないせいで周囲の他の護衛の軍人が怪訝そうに彼を見ていたが、彼は一向に気にしていないのか口を閉じる気配もなかった。
「おっと。着きましたよ、殿下。ここがグレイム領――あんたの故郷になるはずだった場所だ」
蒼い目の軍人の手を借りて馬から降りる。初めて踏んだ祖国の土は、少し湿っていた。
*
こけた頬に落ちくぼんだ瞳。生きた屍と形容するにふさわしい者達が、広場に造られた物見台の上に立つユールチェスカとユストゥスをじっと見上げていた。
「みなさん、はじめまして。わたしの名前は、ユールチェスカ。ユールチェスカ・グレイム。グレイム国の、正統なる王位継承者……に、なるはずだった者です」
おじぎをするかわりに、ユールチェスカは後ろを向いた。群衆が嘆息が漏らす。グレイムの民なら、王家の紋章のことはみな知っていた。
「今から四十年と少し前、グレイム国はアルスロイト帝国に攻め落とされました。王妃メリベーテと王子フローグリスが亡命先に選んだのは、アルスロイト国内でした。グレイムの叡智を守り、アルスロイトを内側から蝕む根を張るため、グレイムの王族はすべてを捨てて生き延びなければいけませんでした。それは、みなさんもご承知のことだったのだと思います」
向き直ったユールチェスカを見る民の目はやはり昏い。けれどそこには、先ほどまではなかった期待と焦燥が宿っていた。王女になれなかった王女が、突然皇帝に連れられてきたのだ。ユールチェスカが何を言うか、彼らは不安で仕方ないのだろう。
グレイムは、薬とともに生きた国だ。その原料となる数々の植物を管理する王家に、民はみな崇拝の域に入った忠誠を捧げていた。
それは純粋な忠誠心からだったのかもしれないし、その血に脈々と受け継がれ続けた麻薬の成分がそうさせていたのかもしれない。いずれにせよ、戴く王を失った民は帝国に服従を誓わなかった。生き残った王族が逃げる手助けを進んでし、いつかどこかで王の花が再び咲くことを夢見ていた。そんな彼らにとって、最後の王女の言葉は神の託宣にも等しい。
「祖国の悲願を背負った王妃と王子は、帝国を滅ぼすための劇薬を作り上げました。その劇薬には名前がついていました。ユールチェスカという名前です。グレイム国が独立を果たし、アルスロイト帝国に一矢報いるために、わたしは生まれました。わたしが今まで生きていた十六年間は、すべてそのためにありました。……あなた達はグレイムの誇りを忘れなかった。そしてグレイムの王家も、あなた達を見捨てなかった」
老婆が跪いた。その頬には一筋の涙が伝っている。
老爺が跪いた。額ずいたため、しわだらけの顔はすぐに見えなくなった。
女が跪いた。呆けたように両手を胸の前で組んでいる。
男が跪いた。ひび割れた唇から繰り返されるのは感謝の言葉だった。
そして、子供が跪いた。
「父と祖母は、わたしにアルスロイトへの憎悪を謳いました。わたしは二人から、グレイムの王族としてふさわしい教育を施されました。志半ばで散った二人の遺志を継ぐため、わたしは戦い続けました。わたしがグレイムの地に足を踏み入れたのは、今日が初めてです。ですが心は常に民のみなさんと共に在るつもりでした。この地こそがわたしの故郷であると、わたしは胸を張って言えるでしょう」
ユールチェスカは微笑んだ。ルーナのように愛らしく、ルーナのように自信にあふれ、ルーナのように生き生きと。それが仮面でしかないことに、やはり誰も気づいていないようだった。
「わたしは復讐に生きたグレイムの王女。復讐こそがわたしのすべてです。だからこそ、ここに宣言しましょう――今日この時より、グレイムはアルスロイトに臣従を誓います。グレイムはもう国ではなく、アルスロイトの領土なのだと」
誰も、何も言わなかった。物見台の周囲に立つ険しい顔の軍人達が手にするマスケットが吼えることはない。
けれど彼らはぴりぴりとした空気をまとったままだ。反乱の頻発するグレイムの地において、小娘一人の言葉で民が素直に皇帝の威光を認めると信じていないからだろう。
「わたしは戦争を知らない、最初の世代です。そのわたしがすべきは、憎しみのままに剣を取ることではありませんでした。父は、祖母は、間違っていたんです。……ここにいるあなたに伝えます。どうかあなたは、同じ過ちを犯さないで。あなたの子に、業を背負わせないで」
まなじりに浮ぶ涙をそっとぬぐう。嘘の涙は、けれど王家を盲信する民に対しては効果が絶大だった。
「わたしは大きな罪を犯しました。これからわたしは、寛大なる皇帝陛下のもとでその罪を償わなければいけません。たとえ王がいなくても、愛しき祖国にはあなた達がいる。もう王の花が咲くことはないでしょう。それでもあなたは、生きていけるはずです。……今はただ、この愚かな王女に続く者が現れないことを、心の底から願うばかりです」
ユールチェスカは深く頭を下げた。それに続くように皇帝の演説が始まる。それに聞き入る群衆は、反乱を繰り返していた民だとは思えないほど従順だった。
* * *
「意外。あなたがわたしに会いたいなんて」
「あら、そうかしら。当然の権利だと思うのだけれど。わたくし、貴方に言いたいことがたくさんありますのよ?」
ロザレインの前に座ったルーナ……否、ユールチェスカは、まるで人形のようだった。息をして、喋り、そして動くお人形。それはユールチェスカであり、ロザレインでもあった。
二人の他にサロンに控えるのは侍女達だけではない。いつでもロザレインとユールチェスカの間に割って入れるように、軍人達が立っていた。彼らの顔は険しく、監視の視線はユールチェスカにのみ注がれている。ユールチェスカは気にも留めていないようだったが。
「貴方のせいでとても痛くて、つらかった。なにもかもをめちゃめちゃにした貴方のことが大嫌い。わたくしのすべてを悠々と踏み躙って奪っていった貴方のことを、わたくしは決して赦さないでしょう。……けれど一つだけ、感謝はしています」
「感謝?」
「ええ。貴方のおかげで、愚かなわたくしの目は覚めましたもの。……それに、わたくしの大切な男性と一緒に茨の道を進む覚悟もできました。一人だった時は、わたくしの前で口を開けた茨の刺に怯えていたけれど……彼が手を握ってくれたから、もう怖くはなかったわ」
ロザレインは微笑んだ。ユールチェスカは目を見張る。一瞬の沈黙ののち、ユールチェスカは小さなため息をついた。
「そう。じゃあ、その大切な人とやらに伝えておいて。あなたに急き立てられてる間、とっても怖かったって。なにあれ、完全に別人じゃん」
「ふふ。優しいだけの殿方に魅力などないでしょう?」
「……そう言われても、わたしにはわからないよ」
つまらないわね、と呟いてロザレインは扇子を開いた。ユールチェスカは顔色を変えず、じっとロザレインを見つめる。
「もしも、やり直せるのなら……わたしは、ルーナになりたい。誰からも愛された、馬鹿で能天気なもう一人のわたし。何も知らないで、へらへら笑うお姫様。“わたし”が初めから“あたし”だったなら、多分、貴方が望む通りの答えを言えた。コーリスは最悪の馬鹿で最低の変態だけど本当は誰より優しくて、あたしはそれだけで十分だったって。……まあ、ルーナのほうが本物だったら、こんなことにはならなかっただろうけど」
「……でも、たとえ貴方があの子でなくっても、わたくし達はもう少し仲良くなれたかもしれないわ。貴方がわたくしを陥れなかったら、ですけれど」
時間だと侍女に耳打ちをされてロザレインは立ち上がった。ユールチェスカと会話できた時間はとても短い。とはいえ無理を言って作らせたのだから、文句などはなかった。
「ごきげんよう、ユールチェスカ様。サンリアノ宮殿に行ってもお元気で。……ルーナ・ミフェスのことも、ユールチェスカ・グレイムのことも、わたくしは決して忘れないでしょう」
「ありがとう、ロザレイン様。もう二度と会うことはないと思うけど、だからこそ謝っておく。それから、セレンデンさんにも」
ユールチェスカは深く頭を下げた。会釈を返し、ロザレインはその部屋から退出する。そのままロザレインはまっすぐ皇宮の外に出た。
パドリア宮殿が崩壊した日から一週間と経たずして、陰謀に関与した者達への裁きが与えられた。
薬物乱用罪、内乱罪、そして弑逆未遂で、首謀者のクトールは死刑、実行犯のユールチェスカとコーリスは終身刑という判決が下された。ユールチェスカとコーリスについては、皇帝から直々に恩赦が下りた。どちらも実父に幼少期から虐待を受けて洗脳状態にあったことから、情状酌量の余地がある、と。
それは皇帝の温情などではない。いまだ反乱の勃発する領地を治める妥協案であり、他の属国に対する見せしめであり、そして薬学に造詣の深いユールチェスカを利用するための判断だ。
帝国に対して大きな罪を犯したグレイムの王女ユールチェスカ、彼女は今帝国の監視下に置かれている。元王族であれど重い罰は免れない。しかしすべては彼女の独断であり、その責が領民に及ぶことはなかった。慈悲深く寛大な皇帝にわざわざ逆らうよりも、従っていたほうが楽に決まっている。
コーリスは監獄城塞であるディンベス塔に、ユールチェスカは僻地にあるサンリアノ宮殿に。ロザレインのために改装されるはずだった離宮は、もうその必要もなくなったことから急きょユールチェスカに与えられることになった。
宮殿と言っても、二階建てのこじんまりした邸宅のようだ。女主人となるのが曲がりなりにも皇太子妃だったことから改装には時間がかかるとされていたが、新しい女主人は王女とはいえ罪人だ。改装と言っても鉄格子を嵌めたり錠をつけたりすることで、地元住民を人足とした工事が至急進められていた。終わり次第、ユールチェスカの身柄はそちらに移ることになる。
「ロザレイン!」
背後からロザレインを呼び留める声があった。聞き覚えのあるその声に、ロザレインはやれやれと振り返る。思った通り、声の主はサージウスだった。
「どこに行くというのだ!? そなたは余の妃、そなたまで余の前から去ることは許さんぞ!」
「あら、殿下。何をおっしゃっていらっしゃいますの? わたくし達の離縁は、三日前に成立したばかりでしょう。わたくし達は他人でしてよ」
「何を……! 何があっても自分こそが皇太子妃だと言い放ったのはそなただろう!?」
「確かに、わたくしは皇太子にそう宣言いたしました。ですがわたくしが固執したのは、皇太子妃の立場です――皇太子でなくなった貴方の妻でいる筋合いはございません」
その誓約はあくまでも貴方に対して行ったものですから、新しい“皇太子”にも適応されませんの。微笑を浮かべてそう付け加えるロザレインに、サージウスは目を見開いた。
「それにしても、殿下がそこまでわたくしのことを大切に思ってくださっているだなんて存じ上げませんでしたわ。……あら、ごめんあそばせ、“わたくし”ではなく“ディエル家の娘”を、でしたわね。どちらにせよ、ディエル家は貴方の後ろ盾になどなりませんけれど。ディエル家は皇家の忠実な臣下。皇帝陛下の決定に異議を唱えるような真似はいたしません」
クトール、コーリス、そしてユールチェスカ。三人の罪は暴かれ、裁かれた。けれどもう一人、裁かれるべきではないかと議論された人物がいる。それが皇子サージウスだ。
皇妃モニラがサージウスを庇いだてたため、結局その罪は不問になった。すべてはユールチェスカの媚薬のせいであり、サージウスに非はなかったと。
しかし彼の目に余るルーナの寵愛ぶりを知る者達はサージウスに不信感を抱いていたし、サージウスの振る舞いが薬に影響されたものではないと囁かれ出すとたちまち彼は孤立していった。寵姫にへつらう必要がなくなり、サージウスに代わって公務を取り仕切っていた側近すらいなくなった今、誰もサージウスの味方をしなくなったのだ。
「今後殿下とわたくしの関係がどういうものになろうとも、ディエル公爵家は一切の抗議をいたしません……そう申し上げたはずですが? 陛下の名において成立した離縁を、覆すわけにはまいりませんわ」
その現状に、頭を抱えたのは皇帝ユストゥスだった。サージウスの罪を含めてコーリスに押しつけようとしていた彼は、自分の息子の人気が側近風情に奪われたことを知ってそれが不可能だと悟ったのだ。
片や異性にうつつを抜かして公務を投げ出していた青年と、片やそれに文句も言わず誠実に公務をまとめてみなに頼られていた青年。たとえ後者の青年が罪人であり、すべて仕組まれていたことだったとしても、実際に働いていた者達の心情がどちらに傾くかなど目に見えていた。実際、皇子の忖度や伯爵家の暗躍を抜きにしても、コーリスの仕事ぶりは優秀だったのだから。
だからユストゥスは、本来与えるつもりのなかった恩赦をコーリスに与えたのだ。これ以上皇室に対する反感を集めないように、無能な皇太子に代わって実務をこなしていた側近を庇う。それが、宮廷の変遷に口を挟めなかった皇帝夫妻にできた最善策だった。
「かつての貴方は、皇太子……この国で陛下に次いで尊いお方でした。ですが今はそうではございません。ご自分の立場をご理解していらっしゃるのかしら、第三皇子殿下?」
けれど、それで不満は収まらなかった。サージウスの評価はすっかり地に落ち、今では誰も彼もが手のひらを返していたのだ。
第二第三のルーナが現れれば、この色ボケ皇子はまた同じことをするのではないか。もし彼が皇位を継いでいたら、一体誰が彼を止められるのか。誰が代わりに国を治めてくれるのか。そのときこそ、本当に国家が転覆してしまうのではないか。
本当にサージウスが皇太子でいいのか……次から次へと不安が湧き出てくる。宰相までも声高らかに皇帝に諫言した。もう我々はサージウス殿下を信用できない、と。
そのためユストゥスは、かつて自分の寵姫が産んだ男児を皇室の養子として迎え入れた。サージウスの継承権が下がり、養子の長男と次男が第一皇子と第二皇子と呼ばれることに対して皇妃モニラは連日顔を真っ赤にしてわめき散らしているらしいが。
「ごめんあそばせ。わたくし、そろそろ帰らないと。先約がありますの」
「ま、待ってくれ! 余はルーナに騙されていただけだ、すでに余の目は覚めている! 余はすでに理解した、自分がどれだけ愚かだったのか! すべてをやり直そうロザレイン! 心を入れ替えた余を、そなたはきっと愛してくれるはずだ! そなたの口から余を――」
やけに殊勝なのは、某からそう言い含められているからだろう。世間知らずの小娘をうまく丸め込めば、返り咲けると。
後方から何やら縋る声が聞こえてきたが、踵を返したロザレインはまったく意に介さずに進んだ。だって、ロザレインの王子様が待っているのだから。
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