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雨と虹と  作者: 青枝沙苗
9/11

8話 嬉しくない言葉

 二時間後、距離の縮まった二人は、優子のベッドの上でごろごろしながら思いのうちを語り合っていた。

 といっても、聞き手の優子は優也の話を聞いているだけなのだが。


「俺さ、絵描くのは好きだけど、画家とかイラストレーターになりたいとか思っていないんだ。趣味で好きなものを描いて、それがたまたま有名になったら考えるけど。それ以前に、それまで生きていられるかも怪しいからね」


「ドナー探してるんでしょ? 見つかるよ、きっと」


「見つからないよ。だって俺、AB型のRHマイナスだから。そうそういない型なんだよ」


 これに優子は言葉を失った。安易に見つかる等言わなければよかったと後悔する。その血液型が少ないことは、優子自身も知っていたからだ。


「大丈夫だよ、みんな同じ事言ってるから優子だけじゃない。父さんは分ってるけど、母さんは絶対見つかるって信じてるんだ。俺と父さんはとっくに覚悟が出来てるのにさ」


「……それでも優也が死んだら悲しい。ほんの一つまみの確立だとしても、ドナーが見つかるといいんだけど」


「心臓だからね。ドナーを見つけるって事は、誰かが死ぬのを待っていないといけないんだよ。事故とか病気とか……。誰かの命と引き換えに、俺は生かされるって事なんだ。見つからなければ、その人が生きるって事だけどね」


「じゃあ例えば、アタシとアンタの心臓を交換するのは? それなら優也は長生き出来るよね」


「そんな事したら優子が死んじゃうよ。それに、血液型が適合しないと――」


「アタシも同じだよ。AB型のRHマイナス」


 それを告白した優子は、布団から出るとすっかり冷めて伸びてしまったそうめんを食べ始めた。身近にドナーになりそうな相手がいると知った優也は、複雑な気持ちになる。これを母親が知ったら、優子に何をするか分からない。


「冗談。血液型は本当だけど、アタシはドナーになる気はない。移植する人の性格とか好みとかも移るっていうしね」


「優子の好みは知りたいけど、ドナーになる気がなくて良かったよ。俺は優子と一緒に――」


 その時、優也の携帯の音楽が鳴った。彼の父親からメールが届いたのだ。内容は、母親に嘘がバレたというもの。すぐに迎えに行くので、場所を教えてほしいというのだが、どうやら母親も一緒に付いてくるらしい。近くに文具屋や本屋はなく、あるとしたらコンビニぐらいだ。家まで来られたら面倒なので、優子は徒歩五分先にあるコンビニまで送って退散する事にした。


 ***


 雨はすかっかり上がり、空には虹が差し掛かっている。思わずスケッチブックにその絵を描きそうになった優也だが、親も来るだろうと思い、描きたい衝動をぐっと抑えていた。コンビニが見える場所まで来ると、すでに優也の家の車が到着していた。


(どんだけ近くにいたんだよ……)


 すでに面倒くさい状況が浮かんだ優子だが、彼の母親に対して少し腹が立ったので、優也の手を繋いでコンビニに向かった。というもの、文化祭の時に見た目で判断された事を根に持っていたのだ。


「駄目だよ、優子。こんな事したらまた母さんに――」


「いいの。あのババアに見せつけてやるんだから。それにアンタもいい加減文句の一つでも言ったら? でないと、やりたいこともやれないよ」


 ずかずかと歩いていく優子に手を引かれている優也は、からかうように笑った。優也の両親が手を繋いでいる二人に気づき、車から降りる。


「やりたい事の一つはさっきしたけどね」


「ば、馬鹿言わないでよ!」


 優也の方を向かずに赤面した優子に、走ってきた優也の母親の強烈な平手打ちが炸裂した。一瞬何があったのかと思った瞬間、母親は「優くん!」と彼を抱きしめる。父親は優子に声をかけようとしたが、優子の怒りは頂点に達した。


「何すんだよ! クソババア!」


「クソババア……!? こんのクソガキ! あんたが優くんを連れまわしたからでしょ! 気の弱い可愛い優くんを騙して、旦那も利用して、この子に何かあったらどうしてくれんの!」


「誰が騙してるって!? いつまでも優也にベタベタベタベタ……! 過保護過ぎんだよ!」


「優也ぁ? 生意気な小娘がアタシの子の名前を言わないで頂戴!」


 激しく言い合う女二人を前に優也の父親は目が点になっていたが、何事かと周りに人が集まってきたところで止めに入った。しかし、母親が「うるさい!」と手を跳ね除ける。そしてその手は優也の鼻に当たってしまった。


「ゆ、優くん! ごめんね、痛かったよねぇ」


 思いっきり手が鼻に当たったので、痛くないはずがない。鼻を押さえる優也を哀れに思った母親は、その責任を優子に転嫁した。


「あんたさえいなければ、こんな事にならなかったのよ! そういえばあんた、文化祭でも優くんにちょっかい出してたわね。この疫病神! あんたといる時ばかり、優くんが不幸になるのよ!」


「お前、そんな言い方しなくてもいいだろ!」


 これには父親も黙ってはいられない。優也の事情を知っている為、何を言っても無駄なこの母親の言い草に腹が立ったのだ。母親の矛先が父親に向かった瞬間、鼻血が出ている優也に優子がハンカチを差し出した。だが、これを見逃さなかった母親は、優子を力いっぱい引き離す。すると優子は水溜まりに尻もちをついてしまった。


「優子!」


「ふん、ざまあみなさい。さ、優くん。あんな女放っといて、おうちに帰――」


「いい加減にしろよ、母さん! 優子が何をしたってんだよ!」


「ゆ、優くん……?」


 優也が初めて母親に反発した――。興奮して怒鳴る優也が信じられない母親の頭が真っ白になる。父親は優子に手を差し伸べ、水溜まりから体を起こしていた。


「雨内さん……優子は家が離れているのにずっと一緒に登下校してくれてたし、絵だって一緒に描いていていたんだ! そりゃ見た目は優等生じゃないけど、俺にとっては成績上位の真面目な奴よりずっといいよ! 言葉だけで俺を心配する同級生より、一緒にいてくれたのは優子なんだ! なのに何なんだよ! 優子を疫病神って! 優子と一緒にいて不幸だなんて一度も思ったこ、と……」


「優也!」


 興奮して心臓に負担が掛かってしまった優也は、胸を押さえて苦しそうに蹲ってしまった。駆け寄った父親はすぐに救急車を呼ぶ。母親は初めて優也に反抗されたショックで茫然と立ち尽くしていた。優子はどんどん顔が青ざめていく優也のそばにゆっくり近づいていく。今までとは違う倒れ方のため、恐怖を感じている。


「アタシのせいで……。駄目だよ死んじゃ……。アタシの心臓あげるから、だから――!」


 泣きそうになる優子の脚をきゅっと掴む優也は、首を横に振った。言葉は出せないが、優也が何を言おうとしたかは分かる。――そんな事をしても、俺は嬉しくない。直後、優也は苦しそうにしながら目を閉じた。意識はあるが、動けない。


 その二分後に到着した救急車で優也は病院に運ばれ、優子は彼の無事を祈りながら帰宅した。



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