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雨と虹と  作者: 青枝沙苗
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2話 誤解を招く言葉

 数日後の数学の授業で、窓際の席の優子はぼーっと校庭を見ていた。外で体育をしているクラスがあったのだ。どうやら隣の二組らしい。サッカーをしている。無意識のうちに優也がいるか探している。


「――この公式を使って、雨内、解いてみて」


 今忙しいのに。そう思った優子は不満そうな顔をしている。


「何でアタシが」


「いいから解きなさい」


 面倒くさく思いながらも、黒板へ足を運んであっさり問題を解いた。数学は得意科目の一つなのだ。正解を叩き出した優子は、席に戻るなり優也を探した。――いた。


(体育休んで絵描いているし)


 休んでいるのは病院に行っている事に関係しているのだろうか。隣のクラスの病弱な奴っていうのも、優也の事に間違いなさそうだ。

 人を描くのは苦手だと言っていたが、それでも描いているのだろうか。校庭の風景だけ、とは思えない。放課後に聞きに行くのも考えたが、教師にもクラスからも嫌われているのだから、迷惑をかけるだろう。


 そんな事を考えていると、優子の視界に胸を押さえている優也が入った。三組の男子が気付き、体育教師に支えられて校舎へ入っていく。ガタン、と立ち上がった優子は、教室を飛び出していった。


「雨内! どこ行くの! ちょっと!」


 数学教師のそんな声さえ無視して保健室へ駆けつけると、ちょうど彼らも保健室に着いたようだった。優也のスケッチブックは、体育教師が持っている。


「虹ヶ丘、あんた大丈夫!?」


「おい雨内、授業中だろ。さっさと戻れ戻れ」


「もう大丈夫だよ。ちょっと苦しくなっただけだから、大したことないよ」


 それでも暫く横になった方がいい、と保健室の先生が言う。言われるがままに優也はベッドに入る。授業が終わるまで休んで、早退するかは様子を見てから、という事になった。


「あんた、心臓とか肺とかが悪いの?」


「雨内、虹ヶ丘は安静にしないといけないんだ。お前もいちゃ休めないだろ。ほら出ていくぞ」


 体育教師に顎でくいくいと保健室の扉を指される。授業なんて出なくてもいいと思っていた優子だが、目を閉じて寝始めた優也を見ると、大人しく指示に従った。保健室から出ると、体育教師が一つだけ彼女に教えた。


「持病なんだとさ」


「何の?」


「……髪を染めてピアスあけてる生徒を見ると苦しくなる病気」


 優子の事を指され、彼女は不機嫌になる。体育教師は授業に戻らないといけないため、優子にも教室へ戻るよう告げると、その場を去っていった。


 ***


 放課後、優子は生徒玄関の扉に寄りかかっていた。他の生徒は彼女を見るなり、なぜまだいるのか、早く帰ればいいのに、なんで停学にならないの? など、ひそひそ囁いている。不愉快だ。


「言いたいことあるなら面と向かってはっきり言えよ!」


 ひそひそ言っていた女生徒に向かって、優子は大声で怒鳴りつけた。陰口を言われるぐらいなら、直接言われたほうがまだマシである。


(アタシが誰か待ってちゃ悪いっての?)


 その様子を後ろで見ていた生徒の中には優也がいた。周りも優子の怒声に驚いていたが、優也も目を点にしていた。優子は若干おびえている彼のところへ歩き、目の前で立ち止まる。待っていた誰かというのは――


「一応付き合ってあげる」


 体育の時に保健室へ行った優也である。


 ***


「あんたの家、どこ?」


 学校から少し離れた所で優子が聞いた。優也はまだおびえた様子だ。彼のような態度をする人は何人か見たことがある。こいつもかと思う優子だが、優也の態度より体調が気になっていたのだ。


「送ってあげるっての。家教えて」


 ぶっきらぼうに言う優子に、優也はそんなに悪い人じゃないのかもしれない気がした。教えてもいいかもしれない。


「大丈夫だよ。そんなに離れてないし」


「学校には徒歩で?」


「うん。十五分ぐらいかな」


 と、優也は家の方向を指さす。優子の通学時間は、バスで三十分、そこから徒歩で二十分の合計五十分かかる。優也の家は優子の家と逆方向だった。


「……いいよ、行こう。付き合ってあげるから」


「それなんだけど、俺は女の子と付き合った事なくて――」


「何言ってんの? 帰りに倒れたら大変だから、家まで送ってってあげるって事だよ」


「あ……そう」


 とはいえ、優子が「一応付き合ってあげる」と言った時、周りが騒めいた事は確かだ。その場にいた誰もが、彼女になってあげるという意味で捉えていただろう。翌日の学校で、クラスの男子から何か言われてもおかしくない。


「アタシと付き合いたかったの?」


「いや、そうじゃなくて」


「だよねー、分ってるよ。アタシなんかを好きになる人なんていやしないんだから」


 優子の絵を描いたとき、影がある気がしたのはこういう事だろうか。絵に描いた時の影と今目の前にいる影が重なって優也には見えた。


「そんな事――」


「それよりさ、今日は何を描いてたの?」


「体育で?」


 優子は頷いた。優也はスケッチブックを開き、これだと彼女に見せた。サッカーをしている同級生を描いている。確かに、周りの風景に比べると人は何となく描くのが苦手そうな印象だ。それでも普通の人よりは上手である。


「校庭からの風景ってさ、いつも見てるから描き飽きてさ。体育の時間は人を描く練習みたいなもんなんだ。これでも昔よりマシになったんだよ」


「へぇー、そうなんだ。体育、いつも休んでるの?」


 聞きながら優子はスケッチブックを優也に返した。


「うん。走ったりするからすぐ疲れちゃうし、心臓に負担がかかるから。医者からも体育は控えるようにって言われてるんだ」


「そっか、心臓か……」


 体育教師から持病があると聞いていて、まさか心臓ではないだろうと思っていたがその通りだったとは。優子は何とも言えない気分になり、黙ってしまった。早く良くなるといいとも、治る見通しはあるのかも聞く気になれない。もし返事が、一生病気と共にしていくというものなら、お大事に、としか言えないのだから。


「雨内さんが気にする事じゃないよ。歩くだけなら問題ないし、薬があれば大丈夫だから」


「べ、別に気にしてないよ! 一応、明日からも一緒に登校しようかなって思って……違う! そんなんじゃない! そのつもりないから!」


 そんな事は考えていないのに、何を言ってしまったのか。優子は慌てて否定した。


「あはは、分かってるよ。今日は雨内さんの気まぐれだったんでしょ?」


「そうだよ。だから、気まぐれで明日の朝も一緒に登校するかもしれない。そのつもりないって言ったけど、ほら、……し」


 心配だから、と恥ずかしくて言えない。優子にとって、好意があると思われても嫌なのだ。単に、優也がどういう絵を描いていくのかが気になっているだけなのだから。


「死なないと思うけどなあ」


「そうじゃなくて、心配なの! ……あっ」


 言ってしまった。顔が赤くなった優子に優也が笑って言う。


「雨内さんて性格悪いとか意地悪とかって噂あるけど、本当は優しいんだね」


 初めて言われた言葉だった。


「名前の通り、優しい子なんだね。あ、ここだよ。俺の家」


「優しさなんて……ないし。明日、迎えになんて来ないから。学校一人で行って」


 優子自身、どんな顔をしているのか分らないが、長い髪で顔を隠すようにして踵を返した。歩いてきた道を戻るために。優也は彼女の姿が見えなくなるまで見送った後、ぼそっと呟いた。


「きっと雨内さんは来るよ」



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