第一章8 『リリア・カルナイト』
衛兵から逃げて5分ほど経過しただろうか。既に背後には衛兵の姿はなかった。女の子を抱えて全力で走ったにも関わらず全然息が切れたりしない。もっと本気が出せるのだろうか?
「いい加減下ろしてください! 訴えますよ!」
リリアが暴れ始めたのでそっと足を地面に下ろす。
リリアはキッとこちらを睨む。
「なんで逃げるんですか! 説明さえすれば全部丸く収まったのに!」
「いや、ほら。理不尽に捕まったりしたら色々まずいんだよ俺は」
あまりに帰るのが遅れて契約違反扱いされたら本当にどうなるか分からないからな。
「あなたは外国人だから知らないかもしれませんけどね。私のカルナイト家は政治に明るい人なら誰でも知ってるような名家なんですよ! だから話せばすぐに解放されたんです!」
この国の事情は知らないが口ぶりからして相当有名なんだろう。無駄なことをしたかもしれない。
それにしても──
「お嬢様って感じはしないな」
髪は短く切り揃えられていて服装も庶民的な格好だ。メルナの方が圧倒的にイメージに近いと言える。
「私は兄妹の一番下ですからね。特に家に縛られることもなく好き勝手できるんですよ」
この世界でも上の兄妹が跡継ぎみたいになるのか。案外この辺りは俺の常識が通用しそうだな。
「それで? そんなお嬢様があんな通りに一体何の用だったんだ?」
あの場所はほとんどホテルと庶民向けの飲食店しかなかったから女の子が一人でくる場所ではないだろう。
「私の目的地にはあのルートが最短だったんです。たまに絡まれることもありましたがカルナイト家の名前を出せば大体引いてくれるのにあの頭の弱い方々は理解されなかったようで」
あの状況はそういうことか。
「ま、私がかわいすぎるのがいけないんで許してやってもいいんですけどね!」
相当甘やかされて育ったなこれは……
「それより! あなたにお礼ができていませんのでついてきてください!」
強引に俺の手を引き歩き出すリリア。
「ちょっと待てよ! いらないよお礼なんて!」
「あなたは良くても私がダメなんです! それにまた私が悪漢に絡まれたらどうするんですか!」
後者は俺に関係ないだろ!
「いいから大人しくついてくるんです! あなたに拒否権はありません!」
「分かったって。ついていくから手を引っ張るのはやめてくれ」
リリアは足を止めて手を離してくれる。
「色々と強引なんだよリリアは。こっちの事情もあるだろ」
「事情があろうとも私のお礼を受けたくない殿方がいるのでしょうか?」
「とんでもないことを口走りやがったな」
どこの女王様だよ。
「どこに向かうのかくらいは教えてくれよ。俺も時間ある訳じゃないし」
どうせ早く帰ってもメルナに殺されるだけなのであまり気にしないが。
「私の目的地でもあるギルド、レジャンダに行きます。そこでご馳走しようかと」
「ギルド!?」
そんなものがあるのか!
「早急に案内しろ。そのレジャンダとやらに」
「途端に態度が変わりましたね……」
いよいよ本当にファンタジーだな。いや、ギルドは現実にもあったのか? どうでもいいが。
こっちです、とリリアは進路を示す。足並みを揃えてリリアに質問する。
「それにしてもギルドなんかに何の用があるんだ? お前が依頼を受けるわけじゃないんだろ?」
「そのギルドは私の叔父さんが経営してるんです。最近体調が悪くなったらしくてお見舞いも兼ねてって感じですね」
そういう事情か。
「ケイさんは怪我とかしませんでしたか? 顔殴られてましたが」
「いや、別に……」
強く殴られたのは間違いないが怪我は全くない。腕が即座に再生するんだからこの程度当たり前とも言えるが。
「お強いんですね! 変わった技を使ってましたけど外国の技ですか?」
「ははは、まあそんな感じ……」
適当に言ったがジャーマンスープレックスってどこの技だ? ジャーマンって名前だしドイツなのか?
「あっ! もしかしてエルガレシアレビドの参加者ですか!」
きらきらと目を輝かせる。
「んなわけねえだろ」
「……ですよね」
あ、がっかりしてる。そんなに好きなのかあの大会。
「今まで開催された分の映像石はほとんど持ってるんですけどね。 ついに今回はお父様におねだりして直接見に行けることになったんですよ」
映像石ってのはメルナに教えてもらったな。使い捨てのビデオカメラみたいなものだったはず。
「ケイさんなら絶対にエルガレシアに出場できるくらいには強いと思いますよ。歴史とかの試験で落とされると思いますけど」
「マジで? そんなに強いか?」
チビに半殺しにされメルナにボコボコにされてここに来てから完全に自信を失っていたが。
「ちょびっとエルガレシアレビド参加してくるわ! 受付どこだ!」
リリアにあきれた顔をされる。
「予選はとっくの昔に終わりましたよ。それに優勝はおそらく無理ですね。せいぜい三回戦出場がいいところでしょう」
「まあそうだよな。魔法使いなんかいたら勝てる気がしないし」
「魔法使い?」
怪訝な表情を浮かべるリリア。なんかまずいこと言ったか?
「魔法使いはもうこの国にはいませんよ」
私事により次回の更新を火曜日とさせていただきます。どこかで埋め合わせは予定しております