第一章7 『初仕事』
「着きました。ここが宿になります。今日は付き合っていただきありがとうございました」
広場から歩いて10分ほどの比較的大きい通りにその宿はあった。もっと色々なところを巡りたかったがメルナの機嫌を考慮し早めの宿入りとなった。
「これからはどうするおつもりなんですか?」
一仕事終えたような爽やかな笑顔で聞いてくる。
「用事が済むまで滞在する予定だ。観光する予定なんかなかったのにこの馬鹿が」
「はっはっは。また機会があれば案内させてくださいね」
グリアさんは右手を差し出して握手を求めてくる。その手を握り返すと俺の顔を見て微笑んだ。
「エンフォルト大佐~」
間の抜けた声の衛兵がこちらに駆けてくる。その足取りはふらふらとおぼつかない様子だった。
「探しましたよ~……すぐいなくなるのやめてくださいよ~」
エンフォルトってグリアさんのことだよな……大佐?
「いや~別に僕がいなくても大丈夫かなって……ははは」
特に悪びれる様子もなく笑うグリアさん。
「ただでさえエルガレシアレビド前でトラブルも多いのに監督役がいなくなってこっちはてんやわんやですよ。今すぐ戻ってきてください」
暇してたって言ってたの完全に嘘じゃねえか。
「ごめんって。そういうことだから僕は仕事に戻るね。エルガレシアレビドには僕もいるから是非来てね~」
そんなことを言いながらグリアさんは衛兵に引きずられて人混みに消えていった。
「……気持ちの悪い男であったな」
ぽつりとメルナがつぶやく。
「強引に観光させられたからってそこまで言うことはないだろ。結構イケメンだったじゃん」
「そうではないが……まあいい。宿に入るぞ下僕」
「はいはい。そろそろ下僕呼びやめてくれないかな」
宿に入っていきメルナは受付と話す。グリアさんのことを話したらすぐに話はつき鍵を渡された。
「早く行くぞ」
急ぐメルナの後を追い部屋に入る。部屋は綺麗に清掃されていて特に不自由もなく生活できそうだ。
メルナは俺に持たせていた荷物を下ろさせると中から水晶のようなものと地図を取り出し机の上に広げる。
「ワタシは今から魔法で指輪の捜索を始めるがおそらく時間がかかる。そこでお前に初仕事を与えようと思う」
ついに来たか……一体どんなことをやらされるのか検討もつかない。魔法の手伝いとかやらされるんだろうか。
「心配せずとも貴様でもできる簡単な仕事だ。説明するからよく聞いておけよ──」
覚悟を決めてメルナの話に耳を傾ける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お使いかよ」
買い物を終えてお菓子屋から出る。メルナから頼まれたクッキーはなんとか買うことができたので後は帰るだけだが──
「文字が読めねえんだよなあ」
異世界に来るにあたって最大の問題にぶち当たる。言葉は通じるためどうにかなると思っていたが思っていた以上に辛い。
「……どこだここ」
地図を渡されたからなんとなく大丈夫かと思って記憶を頼りに帰ろうとしたが今いる場所がわからなくなってしまった。
「誰かに聞くしかねえのかな……」
衛兵などがいないが辺りを見渡すがなかなか見当たらない。
「ん?」
道の少し先で3人ほどの粗野な男たちが女の子を取り囲んでいる。
「邪魔です! どいてください! あまりに私がかわいいからって私の道をふさいでいい理由にはならないんですよ!」
変な女の子だった。
「そんなこと言わないでさ。俺たちと遊ぼうよ。いい店知ってるからさ」
漫画から飛び出してきたようなナンパだな。
俺は駆け足で彼女のもとへと駆けつける。
「彼女いやがってるだろう。やめてやりな」
かっこつけたポーズを決めて台詞を吐く。このまま放っておきたい気持ちもあったが俺の正義感がそれを許さなかった。決して女の子がかわいかったからではない。
「なんだお前? 変な格好しやがって。道案内なら他のやつに頼め」
「聞こえなかったか? やめろと言ったんだ」
正面の男の肩を掴むが振り払われ顔に強いパンチを入れられる。
顔への打撃は不思議なくらい痛みを感じなかったが手に持っていたクッキーの袋が後方に飛んでいってしまう。
「ああああああああああああ!」
袋はそのまま何度も通行人に踏まれ見るも無惨な姿になっていた。
「なんだこいつ。大声だしやがって」
「それよりさー。俺たちと遊ぼうぜ。きっと楽しいって」
男たちは俺を無視してナンパを続ける。
俺の心に怒りの焔が宿る。憎い。この世界が憎い。今なら世界を10回くらい滅ぼせそうだ。堕落した人類を滅ぼすために大洪水を起こした神の気持ちが分かった気がする。
野郎共め……
「後でメルナにぶち殺されるじゃねえかあっ!」
俺は本気の回し蹴りをさっきの男にお見舞いする。男は俺の予想を遥かに超え10メートルほどふっ飛んで壁にぶつかりそのまま動かなくなった。
周りは騒然とし始める。
「てめぇ!」
もう一人の男が俺に掴みかかってくるがあっさりとかわし背後に回り込む。そのまま背後から腹を抱きかかえ──
「くたばれええええええええ! 異世界ジャーマンスープレックス!」
体を反り後ろの地面に叩きつける。地面に少しめり込んだがおそらく死んではいないだろう。死んでいたとしてもこれから俺の身に起こる不幸を考えたら安いものだろう。
「ひいいっ! 化けもんだ!」
最後の一人が恐怖におののき逃げ出そうとするが転んでしまう。
「たっ助けてくれぇ!」
近づいてくる俺に男は情けを請う。もちろん今の俺は情けなどかけない。男の足を掴み全力でぐるぐると回転し最初に蹴り飛ばした男めがけて力の限り投げる。最初の男がクッションになったが投げ飛ばした男も気絶していた。
「すげえなこの力……」
全力で動いたので少し息が切れる。
ナンパ男を全員倒したことによって気持ちも少し落ち着いてきた。
「これを俺がやったのか」
そんじょそこらの雑魚には負けないと言っていたのにも納得する。
「あのー……外国人さん?」
ナンパに絡まれていた女の子が話しかけてくる。
「まだいたのか。何の用だ?」
「助けていただいてありがとうございました。なかなか爽快な戦いぶりでしたよ」
そりゃどうも。
「よければお礼をさせてください。私の名前はリリア・カルナイトです。素晴らしい名前でしょう?」
やっぱり変な子だな。
「俺は樋口ケイだ。ケイって呼んでくれ。将来紙幣に印刷されるから今のうちに覚えておいた方がいいぞ」
「この国には紙幣はありませんよ」
さいですか。
「こっちです衛兵さん!」
誰かが衛兵を呼んできたようだ。
「まずい! 逃げるぞリリア!」
「あっ! ちょっと!」
リリアの手を掴み駆け出そうとするが拒まれる。衛兵に説明する気か?
「そこの二人! 動くな!」
衛兵はこちらに向かってくる。まずいな。
「悪い!」
リリアを無理やり抱き上げ、ちょうどお姫様だっこの形になる。
「ちょっと! レディーに対して失礼ですよ! 下ろしてください!」
「俺は捕まるわけにはいかないんだよ!」
「逃げるぞ! 追え!」
そのまま本気で走りその場から逃げる。一人をかかえた状態でもとんでもないスピードで走ることができた。
「きゃあああああ! 速いです速いです!」
リリアの悲鳴が聞こえるがここは心を鬼にして無視する。思い返せばとても落ち着かない日常になってしまったがそれに少し楽しさを覚えている自分がいた。
次回更新は火曜日予定です